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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT70 行くしかないわね【佐井 朝香】

「なんなの? 誰がこんなふざけたメール」


 そしたら、画面を眼で追っていた柏木さんが、自分のスマホ画面と見比べながら言ったの。「この番号は伯爵様ご本人のものです」って。


「はあ?! つまりあたしに会いに来いってこと!?」


 あたしはわざと大きなため息をついて見せてから、つかつかっと冷蔵庫に駆け寄った。目当てのブツをヨイショっと掴んで抱えて、バタンと扉を閉める。


「柏木さん、この腕返すわ」

「え……? しかし伯爵様が返すなと」

「いいえ! 返す必要が無いと言っただけで、返しちゃダメとは言ってないわ!」


 言いながらそれをイヤイヤしながら後ずさる柏木さんの胸に押し付ける。


「もういいの。遺伝子解析と電顕観察に必要な分は貰っちゃったから」


 あたしはブーンと小さく振動してる器械の扉からガラス容器を取り出した。


「今ね、走査型電顕(表面構造を立体的に観察可能な電子顕微鏡)の試料作ってる最中なのよね。議事堂に出かける余裕なんてない」


 カチャリとその容器の蓋を開けて。そこから漂う匂いに、柏木さんが顔をしかめて。


「いいえ、行って差し上げて下さい」

「え?」

「そのメッセージは伯爵様ご本人のものではありません」

「どうして解るの?」

「伯爵様は、『伯爵』という呼称を酷く嫌っておいでです。例え些細な一文であろうと、ご使用にはならないでしょう」

「そんなことで……断定?」


 眉をぐっと寄せてあたしを見た柏木さん。開きかけた口を何度かただ動かして……どうしたのかしら? 答えにくいことでも?

 柏木さんは視線を窓の方に向けた。お日様の光が綺麗な落ち葉を照らしてるお庭はすっごく綺麗。


「勿論それだけではありません。そろそろ協会上層部が動く頃だと思っていました。私が彼らに告発したのが3日前ですから」

「告発って……いったい何を告発したって言うの?」

「厚生労働大臣菅公隆はヴァンパイアであり、VPの頂点、つまり伯爵であると」

「……司令、あんた……」


 じっと座ってたカイトが腰を上げて、信じられないって顔して柏木さんを見た。

 柏木さん、少し肩をすくめて。思い出したように右腕を肩の断面に合わせたりして。そっちはすぐに戻ったわ。まるで瞬間接着剤みたいに。彼、すぐに手をわきわきさせて、反対の腕を掴んだりネクタイの曲がりを直したりして。


「局長、もしかしてご自分の事も?」

「ああ。すべてを打ち明けたよ。3年前に起こった事件を含めてね」

「3年前に、何があったの?」


 柏木さんはあたしの問いに答えてくれた。こと細かに。

 伯爵が、当初は人間側に立つと主張していたこと。ヴァンプの集会に紛れこんでいた自分がその伯爵と一戦交えたこと。その最中で――伯爵が自らを「伯爵」と認めた経緯。敗北し、ヴァンパイアにならざるを得なかった柏木さん。

 でも彼は伯爵に一矢報いていた。ヴァンパイアの唯一の弱点である銀弾を、伯爵の胸に残すことで。


 ちょっと泣いちゃった。柏木さんが、決して望んでそうなったんじゃないって分かったから。伯爵も……本当は人間側でいる事を望んでただなんて。


「にしても局長、良く上が解放してくれましたね? よほど信頼があるんでしょうね?」

「いや、これさ」


 柏木さんがぐっと袖をめくって見せて。そしたら銀色のブレスレットがギラっと光って。幅広くて頑丈そうな……見るからに男物って感じの。


「対ヴァンプ手錠!? 司令、ずっとそれ付けてたんすか!?」

「なに? 手錠?」

「えぇ、ヴァンプを拘束する純度の高い銀の枷です。それをつけたヴァンプは基本、動く事すら出来ません」



 しばらく誰も口を開かなかった。あたしも、麻生も、カイトも。そしてベットに横たわったままこっちを見てる麗子も。あたしはため息ついて、実験台の横の椅子に座りなおして。

 その時、近くで馬の嘶く声がしたの。咄嗟に立ち上がったカイトが、窓際に駆け寄って、少しだけ開いてたガラス窓をぐっと押し上げて――


「あっ!」


 思わず叫んだ。吹き込んだ冷たい風が、机に置いてあったルーズリーフを吹き飛ばしたから。柏木さんがあたしに顔を向けたまま、しかもさっきくっつけたばかりの右手でそれをキャッチ。

 いつもなら「柏木さんなら当然!」なんて普通に感心するとこだけど、でもあんな枷つけたままで……よね? 柏木さんってほんと、すごくない?

 あたしにそれを手渡そうと足を踏み出した柏木さん。そんな彼の前に、麻生がさっと割り込んだ。


「麻生君?」

「状況を確認させて下さい。上層部――つまり副大臣達が、議事堂内にて伯爵を拘束した。そういう事ですか?」


 柏木さんが頷いて、部屋に居るみんなを見回した。


「そうだ。伯爵様を囮とし、全国に散らばるヴァンパイアを招集させる。そこを叩く手筈になっていたからね」

「俺達ハンターへのお達しは? 」


 カイトがしきりに耳たぶのあたりをいじりながら柏木さんに問いかける。


「魁人くん?」

「その……俺の無線、壊れちまったみてぇで」

「君は麻生くんと共に現場に向かいたまえ。麻生は人間として無事生還、作戦に加えるよう上には言っておく」

「それはいいんですが、解らないのはメールの意図です。何故わざわざ佐井先生を呼び出す必要があるのか」

「そう言えばそうよね。どうして? 柏木さん」

「それは……伯爵様自ら先生を所望されたのではと。協会が先生を目標ターゲットにするとは考えにくい」


 さっき渡しそこなったルーズリーフを今度こそ差し出した柏木さんの手を、あたしは押し戻した。

 え? っていう顔してあたしを見る柏木さん。


「じゃあこの続き、やっといてくれる?」

「は?」


 あたしは手書きで書きなぐった部分を指差して見せる。


「いまグルタールアルデヒドで組織を固定した所。そう、その箇所。その続き任せたわ」


 柏木さんったら真面目&困惑顔。 


「何故わたくしが?」

「議事堂へ行けって言ったのはあなたよ。じゃあこっちの続きは誰がやるのって話よね」

「しかし生憎そういった類のものは」

「出来るわ! 有能な貴方なら出来る! ぜ~んぶこのマニュアルに書いてあるから!」


 って指差した電顕操作その他機器の使用説明書(たった5,6冊)を横眼で眺めた柏木さんが、口をパクつかせる。


「明日になってもあたしが帰らなかったら電顕写真もプリントしといて。あなた自身の組織写真よ、興味あるでしょ?」


 黙り込んで、ノートめくって。何事かブツブツ言い始めた柏木さん。その肩をポンっと叩いたあたしは、ドアに向かおうとしたけど、でも麗子に止められた。


「麗子! もう動けるの!?」

「おかげさまで。って言いたい所だけど、喜んでる場合じゃないわ」


 一度笑った口元を引き締めた麗子が、あたしの腕をぐっと掴む。


「解ってるの? あなたはVP。協会の敵なのよ? 行けば必ず殺される」

「え? ん……まあ……そうかもね」

「局長も局長だわ。それを知った上で浅香を向かわせるなんてどういうつもりですか?」


 結構な剣幕に柏木さんったら困った顔しちゃって。でもあたしには柏木さんの意図が解った気がしたの。


「それは、桜子さんの時と同じ理由。そうよね? 柏木さん?」


 麗子が眉をひそめてこっちを見る。


「柏木さんはヴァンパイア撲滅を望んでる。でもその一方で、彼らの人間性を尊重してる。でしょ?」


 あたしの言葉に柏木さん、やっぱり困った顔をして。


「貴方は言ったわ。桜子さんの魂を救ってくれてありがとうって。伯爵も……そうなんでしょ?」


 あたしは柏木さんの頷く顔が見たくて、しつこいくらい柏木さんを問い詰めて……


 でもついに柏木さん、首を縦に振らなかった。

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