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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT68 イチかバチかよ!【佐井 朝香】

 床に倒れて動かなくなった麗子を、あたしはしばらく見つめてた。パチッと眼を開けて、またあの怖い眼をして笑い出すんじゃないかって。

 柏木さんが麗子の身体に駆け寄って、その頬をピタピタして。そしたら白眼剥いてた彼女の眼がもとに戻って。でも呼びかけに反応しない。ただボーっと眼の前の空間を眺めてるだけ。これって、まるで舞台の上で見た秋子さん?

 彼女の耳下と手首を触る。

 やっぱり。

 麻生と同じ、低すぎるバイタル。あちこち身体を見て見れば、首の後ろにごくごく小さな噛み痕がひとつ。

 そう言えば伯爵は言ってたわ。ここの庭には血を吸うネズミやコウモリが居るって。


「麗子……なんてことなの」


 こうなってしまえばもう戻れない。正義感が強くて、ヴァンパイアの撲滅の為には死んでもいいなんて笑ってた、そんな麗子がヴァンパイア化を望むことも有り得ない。だから麗子の命はもう――


 あたしは眼を閉じて唇を噛みしめて。でもすぐに思いなおした。彼女はまだ発症していないって。だから麻生と同じく、治る見込みがあるって。

 それに思い悩む時間なんか無い。ここにはもう一人の患者がいる。そう、カイト。

 彼もかなりの重症だった。柏木さんが彼の手足を自由にする間もほとんど反応がない。急いで点滴をセットしてから傷の具合を診たんだけど……なんかもう色々と酷かった。脇腹の傷は胸腔に届いてるし、右腕も上腕骨が露出してる。左膝なんかもうグチャグチャ。もう! ハイヒールで踏んづけたりするから! そうこうするうち彼、ぐったり脱力しちゃって。

 意識の喪失。脈も弱過ぎて触知できない。


「先生……?」

「出血が多すぎる。いますぐ大きな病院に連れてかなきゃ」

「残念ですが、外の病院には大方伯爵様が手を回されました。ハンターはすべて確保するようにと」


 柏木さんがカイトの手をぎゅっと握ってる。眉間に深い皺を刻ませて。


「柏木さん? カイトはあなたに取っての敵よね? 何故そこでそんな顔するの?」


 そしたら後ろに居た麻生が手をついて立ちあがって、ゆっくりとあたし達の方に移動してきて、そして言ったの。


「あなたは本当は人間の味方なんだ。そうでしょう? 局長」

「え? そうなの?」


 柏木さんはやっぱり黙ったまま顔を背ける。


「僕はあの時から気付いてましたよ。舞台袖で僕を抑え込んたあの時、殺そうと思えば出来たんですから」


そしたら柏木さん、懐から何かを取り出して、あたしに差し出した。

 え? これって……


「私はヴァンパイアという種族をこの世から消してしまいたい。ただそれだけです」


 受け取ったのはゴム栓と金属キャップで密閉された小さなガラス瓶。ラベルには赤い字で「狂犬病ワクチン」って。


「柏木さん! これ……」

「さきほど先生が御所望されていた品です」

「もしかしてさっき出て行ったのって?」

「えぇ。知り合いから譲ってもらいました」


 あたしは思わず壁の時計を見た。いまはもうすぐ9時だけど、柏木さんが部屋を出た時……あの時計は8時半ちょうどをさしてた。麻生と伯爵とですったもんだしてる間に柏木さんが戻って来て……伯爵が麗子の身体から離れて……居なかったの、20分くらいよ? 

 その辺の病院はこんなワクチン常備してないだろうから……持ち合わせがあるとすれば動物病院。たまたま近くに動物病院があったとして、そこの院長と顔見知りで? そこから貰って来た?


「凄いわ柏木さん、仕事が早いのね」

「いいえ。この2人が助かる可能性があるのならと」


 そう言って、麻生と、倒れてる麗子を眼で差した。

 少し感動しちゃった。彼、あたしの仮説、「ヴァンパイアはウイルスによる伝染病」って言葉を信じて、仕事をしてくれたのよ。本当は伯爵のそばに付いていなきゃいけないあの状況で、たぶん多少の無理をして。


「ごめんなさい。あたし、あなたのこと、誤解してた」


 驚いたように見つめ返した柏木さんが、少し笑って。「それはお互い様です」って。

 あたし、思わずじぃんと来ちゃって、つい柏木さんの顔にうっとり魅入って……ってダメダメ! こんなだから怒られるんだって!


 早速注射の準備をしたわ。麻生が左腕の袖をめくった、その腕を取って。ふと思ったの。そう言えばこの手首、カイトの膝と同じくらい滅茶苦茶になったのよねって。


「先生?」

「……あ、うん。打つね。ちょっとだけチクっとするわよ~」

「子供じゃありません。さっさとやって下さい」

「後悔しない?」

「大丈夫です。先生を信じます」

「全身に毛が生えてワンワン吠えたり、尻尾振るようになっても?」

「あはは! イヌになるのは嫌だなあ」


 麗子にも同じ処置をして、麻生の経過を観察しながら……あたしは考えてた。その事(・・・)を柏木さんに頼むべきか。確証なんかないけど、でも何もしなかったら確実にカイトは死ぬ。


「柏木さん」


 麻生と向かい合わせになって話し込んでた柏木さんが、あたしの顔見てハッと構えた。……嫌ね。そんなにあたし、怖い顔してた?


「お願いがあるの。カイトの血を吸ってくれない?」

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