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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT66 クーデター【菅 公隆】

 仕損じたと気付いた時は遅かった。回収した意識が伝えてきた、桜子の屋敷での出来事。

 なんだよ。麻生がYESと回答するまで、ほんとあと一歩だったじゃないか。大勢に銃口向けられて咄嗟に自身の命を優先した、それが詰みを誤ったんだ。冷静に考えれば急ぐ必要なんて無かった。政治家が何の交渉も無しに撃ってくる訳がない。(にしても皮肉さ。分身が麻生達に銃を向けていた頃、わたし自身はもっと大勢にそれを向けられてたんだからね!)


 ざっと室内を見回す。ここは参議院側の3F。西側に位置する第3委員会室。あの本会議場の6分の1くらいの広さの小ざっぱりとした会議室だ。本館だけあって内装はなかなか。ヒダ付きのカーテンで縁取られた天井まで届きそうな大窓からは、白いレース越しに陽光が差し込んでるし、一列に配置された四角い照明板の両脇からは、レトロな燭台を模した照明が点々と吊り下げられている。うちみたいな、伝統も何もない集団が使わせてもらうには、ほんと勿体ない部屋なのさ。

 立ちまわりに邪魔だと思ったんだろう。いつもなら部屋を占領してる楕円型の円卓は隅の方に寄せられている。ゆったり座れる臙脂の背もたれ椅子もね。

 ……にしても、鉄とガンオイルの匂いほど嫌なものはないね。この議事堂にどうやって持ち込んだんだか。


 さて。どうやって切り抜ける?


 副大臣の数は18名。(半数以上が出席とはありがたいね!)

 黒服がその倍。武器はすべてセミオートのハンドガン。ハンターの選考書類で見た顔がほとんど。

 今が満月の夜だったなら、捌けない数じゃない。怪我を負わせることなく銃を奪い、逃走する。わけもない。でも今は違う。まだ午前中で、新月期。短気は起こさない方がいいだろう。逃げるためには相手を殺さなければならない。

 え? 逃げずに皆殺しにすればって……冗談だろ? 相手はこの国の未来を背負しょって立つ若い代議士と、身体を張ってこの国を守ってくれてるハンター達だよ? だいたい歴史ある議事堂を血で汚したくないし、向こうは議論する気まんまんみたいだしね。


 天井を仰ぎ見つつ、両手を肩の高さに上げて見せる。さっき麻生がわたしの前でしたように。点灯している照明の光は、天然光より幾分柔らかい。


「手は頭の後ろで組んでもらえますか?」


 あくまで落ち着き払った態度で、じっとこちらを見据える若い男は、沢口防衛副大臣。協会内では副元帥の位置に立つNo.2。彼こそが日比谷麗子を送りこんだ本人だったりする。言うとおりにしたよ、白旗はあげて見せとかないとね。


「穏やかじゃないね。まるで在りし日のクーデターだ。実はどっきりのシミュレーションだったりしない?」

「しませんね。残念ながら」


 苦く笑った沢口が、後ろに立つ副大臣から何かを受け取る。角型2号の茶封筒だ。その中から出てきたのは一枚の紙切れ。ただしその辺のコピー用紙じゃない。


「ハンター協会代表、菅公隆どの。本日を以てその役を解任するものとする」


 読み上げる沢口の口調には一切の感情が籠もっていない。こちらに向けられた紙面には、「解任請求」の見出し以下、無数の……赤い指紋。


「へぇ。血判状なんて凄いね。その牛王宝印ごおうほういん誓紙せいしも本物?」

「ええ。我々の本気をお見せしたく思い大社から取り寄せました」

「本気、か。つまり君達は疑ってるわけだ。このわたしがヴァンパイアだと」

「えぇ。疑いではなく確信ですけどね」


 ゆっくりとハンター達が散開し始めた。壁を背にするわたしの両脇、前後に設けられたドア前へと。息をつめ、狙いをつける彼らが半円状に囲む。その半径2m。彼らとは反対に後方へと下がる副大臣たち。沢口だけが正面に立ったまま動かない。

 ……いい気分じゃないね。

 たかだか60畳ほどの室内に、50を超える人間の殺気が詰め込まれたんだ。彼らの身体から立ち昇るアドレナリンの匂いがこの脳を刺激する。


 神経細胞群が活動を開始する。

 闘争を司るホルモンや脳内物質分泌。それに伴う心拍の加速、体温の上昇。

 鮮明となる視界。クリアとなる音。僅かな空気の流れも感知する皮膚感覚。


 ヴァンパイアの肉体は人間の殺意に反応し、否応なしに戦闘態勢を取る。これは本能だ。感情を抑制するのは簡単だけど、本能を抑え込むのは至難の業だ。

 わたしは口を開いた。この身体が本能に従い動いてしまうのを止めるために。


「これさ、『凶器準備集合および結集』の罪に問われない?」

「はい?」

「刑法第208条の2さ。2人以上の者が他人の生命、身体又は財産に対し共同して害を加える目的で集合した場合において、凶器を準備して又はその準備があることを知って集合した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する」


 一瞬間眼を見開いた沢口が、フッと鼻で笑った。


「何か可笑しいこと言ったかな」

「いいえ。こんな時に刑法を持ち出すなんて貴方らしいと思いましてね」


 手にしていた血判状を懐に仕舞い込む、沢口の眼が笑ってる。


「私は一字一句間違えずに法律をそらんじるなんて真似は出来ません。ですがこれだけは言えますよ。『吸血鬼被害対策法』、いわゆる『吸対法』はあらゆる法に優先する」

「あははは! あったね、そんな法律」

「白々しい。貴方が作った法律じゃないですか。3年前、吸血鬼対策担当大臣となったあなたが最初にした仕事だ」

「……だね。両院、ともに満場一致で可決した時の、あの時の感慨は忘れないよ」


 いやいや、良くやったなあって自分でも思うよ。吸対法の目的、定義からその対策本部の権限・廃止関連に至るまでぜんぶ自分で考えて文書化したんだからさ。

 そういうの普通官僚の仕事だと思うでしょ? でもわたしみたいな特命担当大臣ってさ、行政事務分担が無いから官僚なんかつかないのさ。別にわたし1人でもキーボードは叩けるし……まあいいかって任命初日に内閣府に出勤したら、なんとわたしの席がどこにも無い。聞いたらさ、「ハンター協会に席があるだろ」と来たもんだ。

 いやいや、担当大臣イコール元帥だって事は内緒だからあっち(・・・)には顔出せない、こっち(・・・)で仕事させてくれって言っても取り合ってすらくれない。大部屋の片隅でもいいから、机とコピー取ってくれるバイトの女の子つけてくれって控えめに頼んでみても駄目さ。

 仕方なくそこの……ほら、近くにあるだろ? 国立国会図書館。あそこの持込み機器使用席にさ、総理がこっそり貸してくれた端末接続してさ。日中はほとんど居座ってたね。資料には困らないし。

 そうやって苦労して作成した吸対法だけど、もしかしてこれが今回使えるかもね。


「じゃあさ。この際だから、じっくりと聞いて置こうかな。何の根拠があってこのわたしに吸対法を適用させるのか」

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