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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT65 麗子に何をしたの?【佐井 朝香】

「麗子? 麗子じゃない!」


 そう、入って来たのはあたしの古い友達、日比谷麗子。中学も高校も一緒で同じテニス部で。それが急にどうして!?

 あたしの上げた声に、ちょっとだけ意外そうな顔した麗子は……ううん、麗子じゃない。麗子はそんな真っ昏な……淀んだ沼の底みたいな眼なんかしていない。


「麗子? へぇ、そんな風に呼ぶんだ? 柏木! ハンター君をこっちに連れて来て。椅子にでも座らせといて!」


 腕組みしながらてきぱき指示する、その様子も仕草も麗子に似てて麗子じゃない。


「菅……伯爵なの?」


 柏木さんがぐったりしたカイトを引きずって来て。そんな様子を楽しげに眺めていた伯爵が振り向いて唇をなめた。


「当たり。解った?」

「どうして!? 麗子に何をしたの!?」

「たいした事じゃない。身体をちょっと借りただけさ」

「借りる? そんな事が出来るの?」

「まあね。視線さえ掴まえればね」


 ジリジリッとこっちに詰め寄って来て、あたしの顔を覗き込むその眼が笑ってる。


「そんなことより教えてよ。この女は先生の……何?」

「なにって、ただの友達よ」

「随分と仲良さそうだね?」

「訂正するわ。仲のいいお友達! たまにお茶したり。中学の時は一緒にお風呂に入ったりも……あ! お風呂っていってもね、あたし達は」

「知ってるよ。君達が同じ施設で育ったって事くらい」


 そう言って、彼はあたしから眼を逸らして。でもすぐに人を食ったみたいな笑顔に戻って。


「施設の部屋も一緒だったんだろ? 雰囲気とか似てるよね。見た目とか、イケイケな感じとか?」

「違うわ!」


 あたしの怒声に柏木さんが驚き顔して振り返る。


「麗子はあたしと全然違う! それこそ会うたびに言ってたわ! ヴァンプになりたいって意気込んでたあたしに、『それだけは駄目』って! 努力家で、あたしみたいに浮ついて無くて、正義感が人一倍強い。そんな自慢の友達よ!」

「ふーん? だから諜報役モグラを買って出たわけだ」

「モグラ?」

「防衛省がハンター協会に送りこむスパイさ。ああスパイなんて言い方は良くないか。ぶっちゃけ、ただの情報収集役。協会も承知のね」

「そう言えば彼女、ある場所に出向になったって。そこで大学の時にサークルで知り合った大好きな先輩と一緒になったって」

「喜んでた?」

「ええ、とても。まさかそれがハンター協会のことだったなんて」

「まあね。柏木! ハンターくんを起こしてくれる?」


 柏木さんが頷いて、カイトの肩を揺さぶって。でもなかなか起きないの。そうしてるうちにカイトが何かにうなされだして、様子が変。その頬や耳の下には刺したような引っ掻いたような傷。まるで何かに噛まれたような?


「先生も気になる?」

「え?」

「そこの庭、吸血ネズミや蝙蝠が居るからさ、ちょっと診てくれない?」

「噛まれたかもってこと?」

「だといいと思ってね」

「どうして? ハンターを仲間にしたいってこと?」

「そうだね。麻生結弦と、如月魁人。うち一人でも手駒に出来れば嬉しいね」


 思わずあたし、診療台で眠ったままの麻生を見た。彼が自分で自分を撃とうとした、あの光景が目に浮かんだから。

 カイトの方は何度も根気よく話しかける柏木さんの声でやっと眼が覚めたみたい。とりあえず手首を触ってみたら、体温はあるし、脈も強い。

 ホッとしたわ。頬や耳下の傷も噛み痕じゃない。棘のある何か(薔薇の枝とか?)に強く擦ったりぶつけたりして出来る深めのひっかき傷。良く洗って軟膏塗って、ちゃんと保護しとかないと痕が残っちゃう奴。


「焦ったわ、急にうなされだして。この傷も、てっきり咬まれたのかと」


 そう。あたし、良かった(・・・・)って思ったの。

 VPのメンバーで、伯爵側の人間のはずのあたしが、「咬まれてなくて良かった」って。あたし医者だもの。相手が人間だろうがヴァンパイアだろうが、患者は患者。贔屓したりなんかしないわ。

 だけどカイトの方はそんなあたしが気に入らなかったみたい。消毒液浸した脱脂綿をチョンチョンしただけで顔動かして抵抗して。柏木さんに無理やり押さえてもらってやっとサージカルテープを張り付けた。

 あたしを見返すその眼には明らかな敵意。初めてだったわ。今まで患者にそんな眼を向けられたことなんかなかった。

 どうして? あたしが……VPのメンバーだから?


 不意に眩暈がしてふらついて。眼と閉じたら何かが見えたの。白い闇の中に。なにこれ、2本の……鎖? それが何本もあたしの身体の周りを取り巻いてる。怖くなって眼を開けたら部屋全体が回ってた。天井も、床も、立っている人達も。

 たまらずペタンと座り込む。溶けていく景色。


 バタンと音がして我に返った。柏木さんがあたしの肩を抱いてくれてる。麗子の姿をした伯爵が倒れてるカイトに銃を向けてる。

 発砲音が2度。

 ツンとした火薬の匂い。

 尖ったヒールでカイトの膝を踏みつける伯爵。カイトの絶叫。

 柏木さんの手にぐっと力が籠る。


「残り、1発だよハンターくん?」


 伯爵の眼が金色に輝いている。

 シリンダーを回す、その動作に鼓動が高鳴る。だって……1発しか残ってない銃で何をするのか……だいたい予想がつくじゃない。


 とても見て居られなくて、あたしは柏木さんに視線を送ったわ。そんなあたしの視線を受け止めて、でも柏木さんは首を横に振って立ち上がって……さっと部屋から出て行っちゃったの。


 音高く閉じられたドア。その上には丸い時計。カチン、と長針が8時30分ちょうどを指す。


「行っちゃったよ。お楽しみはこれからだってのにさ」


 心から残念そうに呟く伯爵。なんて……なんて人なの? ほんとうに、心の底からこの状況を楽しんでるの? 。あたしたち医者とは真逆の行為。人を脅かし、殺傷するという行為を?

 カチン! と軽い音だけをさせたリボルバー。「運がいいね」なんてにんまり笑う伯爵。悔し気に顔を歪めるカイト。撃たれた膝が痙攣してる。


 酷いわ。ただ痛めつけるにしたって限度ってものがあるじゃない。しかもこんなネチネチした方法で。しかもいいの? 仲間にする筈のハンターが死んじゃっても?


 あたしは無免許医。昔、とある事件がきっかけで医師免許を失ったから。

 でも医者は医者。あたしの役目は繋ぐこと。たとえ死にかけたとしても、必死に蘇ろうと足掻く生命の命の火を繋ぐこと。黙って見過ごすことなんて出来ないわ。

 あたし、決心して立ちあがった。でも後ろに居た誰かにグイッと腕を引かれたの。


「え? 麻生くん?」


 いつの間にか麻生結弦が診療台の脇に立っていた。その左手にはあたしが奪って、机に置いといたはずのベレッタ。ピタリと伯爵に狙いをつけたまま、あたしを庇うように前に出て、


「菅さん。カイトから離れてくれませんか」


 見える方の左眼を細め、右手で左手首を支えながらしゃべる麻生。だいぶ前から眼が覚めてたのかしら? 


「そのリボルバー、次も出ませんよ。その次もね」

「へぇ? 何故わかるんだい?」

「音です」

「……音?」

「弾を込めた薬室の場所、シリンダーが回った回数、ぜんぶ音が教えてくれたから」

「あはは! 流石は柏木の推すハンターだ! けど忘れてない? 如月魁人の銃はひとつじゃないってこと」


 麻生が小さく舌打ちする。あたしは身を強張らせる。伯爵かあたしにも狙いをつけていたから。もう片方の手に握る、まったく同じ形のリボルバーで。


「もうひとつ大事な事も忘れてるよ。この身体が日比谷麗子だってこと。でも礼は言っておこうかな」

「……は?」

「君を仲間に引き入れるという本来の目的を忘れる所だったからね」


 ギリリッと歯噛みする音。麻生の、トリガーを引き絞るその指が震えている。一筋の汗が頬を滑る。


「どうする? 君の判断ひとつで、この若いハンターくんと、女医先生の運命が決まるけど」

「……悪党め」

「悪党で結構。腹は決まった? 麻生結弦!」


 麻生は口を引き結んだまま答えない。その眼がチラっとこっちを見る。


「YESか、NOか、はっきりと口に出して答えてよ? ヴァンパイア化には本人の承諾が必要不可欠だ」

「……」

「ああそうか! 君は決められない男(・・・・・・・)だったね! どっちか死なないと決断出来ない?」


 ベレッタが音を立てて床に転がった。ゆっくりと両手を肩の高さに上げ、硬く眼を閉じた麻生がうなだれる。


 その口が開く、まさにその瞬間ときだった。ドアが開いて、柏木さんが飛び込んで来たの。それを見た伯爵が何か言おうとして、でもまるで糸が切れたようにクタリと床に崩れ落ちた。

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