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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT63 見合い写真【菅 公隆】

 伯爵となったその次の朝、何気なく手に取った白い三つ揃い(スリーピース)がわたしのブランドになった。

 柏木をハンター協会に送り返し、しばらくは多忙な日々が続いた。昼は閣議に国会、夜は地固めとヴァンプの集会。

 いやいや、こんなに忙しいの、今までにも無かったね。おまけに台風が来たり、株価が暴落したり、アメリカの大統領が変わるしでさ。ほんと、箸が転がるだけで大変なんだよ、政治家ってのは。


 各省庁との連携も上手くいかない事この上ない。「庁」から「省」に移行したばかりの防衛省は思ってたよりも手強くて、内務省も厚生省もほとんど他人事。厚生省が労働省と合併したあとは特にひどくてさ。大所帯だからっていばってんだか何なんだか、わたしの事も「そんな大臣、いたの?」って感じでさ。

 そんなこんなであっさりヴァンプ担当大臣は廃職になった。あからさま過ぎるとか、表向きはそんな理由さ。

 ただその仕事だけは「ハンター協会の司令塔」として据え置かれた。顔も名前も公表しない影の元帥としてね。それが誰かって……今更言う必要もないよね。そんな役割引き受けるモノ好きはわたし以外に居ないしね。


 伯爵と元帥の掛け持ちは一人二役で将棋を打つ、そんな感じでさ。楽しかったよ、実に充実した人生だ。

 ただ困ったことが、ひとつだけ。

 この痛みだ。柏木の置き土産――胸の中に居座った銀の弾丸が時々疼くんだ。

 どういうきっかけか、頭の中にあの月光第3楽章が流れ出すと……そりゃもう耐えられない苦痛でさ。閣議中に発作が来ると、ほんと迷惑。


「菅くん、若いのに持病のシャクかね?」


 なんて総理にからかわれて、会場がドッと沸いたりしてね。

 そんな時はシューベルトのソナタを聴くんだ。片方の耳にイヤホン突っ込んで。

 特にこのピアノソナタ13番はいい。まるで語りかけるような彼の音楽。ほんと、音楽の前にはヴァンパイアも人間もないよね。

 それでも駄目な時は、あの地下室に忍んで行って……腹いせに柏木をボコったり?


 そんなわたしが色々と頑張って、ようやく念願の厚生労働大臣就任に漕ぎ付けた、ある晩のことだ。突然田中さんが自宅に訪ねて来てさ。


「伯爵様。お探しのものに当たりをつけました故、これを」


 なんて言って、黒い皮張りの、二つ折りになったファイルを寄越したんだ。

 草木も眠る丑三つ時だ。ボーンと遠くで鐘が鳴って。なぜか背筋がうすら寒くなって。


「なにこれ?」

「生物系の学者か、研究員を御所望されていたではありませんか」

「うん。ゲノム解析にはどうしても必要だからね。なに? いい人が見つかったの?」

「御照覧あれ。なかなかの美形で御座いますぞ」

「美形? 見た目とかどうでもいいんだけど」

「ははははっ! わたくしとした事が……いやいや、なかなかの逸材でござりますれば!」


 いつもの落ち着いた田中さんが変に慌てて、なんか怪しいな~とは思ったのさ。でもあの大柄な身体でさあさあさあ! なんて詰め寄られたら、もう仕方ないじゃない。


 開けてみればそこには白衣を着た凄い美人。まるで隠し撮りでもしたような仕事中のひとコマ。日本人形みたいなまっすぐの黒髪を靡かせて……へえ、確かに、なかなか。


「佐井浅香。帝大の医学部卒。現在は闇の臨床医。あれ? としは?」

「今年で36になりましたかな」

「ふーん。年上かあ。女って解らないもんだね」

「伯爵様は御歳34になられましたな」

「そうだね。良く知ってるね」

「身を固められても良い頃合ですな」

「…………は?」

「ははははっ! 実を言えばこの娘御、手前の娘でしてな! それもこれも何かの縁、ここはひとつ、貰ってはくれませんでしょうか」


 もしわたしがお茶か何か飲んでたら、田中さんの顔に思いっきり吹いてたね。


「はははじゃないよ! もしかしてこれ、見合い写真のつもりだったの?」

「……お気に召しませんでしたか?」

「召すも何も……いいよ。彼女は貰います。研究員としてね」

「研究員……」


 田中さんってば、懐からサッと上品な袱紗ふくさ取り出して。


「不憫な子です。母親を物心つく前に亡くしてはります」


 なんて目尻押さたりして。


「親族と呼べるものはこのわたくし唯一人。三十路も終わり、所帯も持たず、子も成さず、それは……わたくしと致しましても――」

「解った、解りましたよ。その気で会えばいいんでしょ?」


 折れたよ。田中さん、こんな時はテコでも動かないんだから。


「とりあえずは彼女の身辺を調べてから。それからでも遅くないでしょ?」

「それは賢明で御座いますな」

「だからもう余計なお節介は無しだよ? 大丈夫さ、時間取ってちゃんと会いに行くから」

「それは宜しゅう御座いました」


 ゆっくりと顔を上げた田中さん。その眼には涙なんかひとかけらも滲んでなくて。


 な~にが宜しゅう御座いましただこのタヌキジジィ!!


 以後、この佐井浅香という存在がわたしをこれほどまでに悩ますことになるとは。

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