ACT60 突然の誘い【菅 公隆】
日本は荒れていた。不祥事に伝染病、想定外の災害。そして何よりヴァンパイアによる被害の拡大。幾度となく破綻し、構築される内閣。
母はすでに他界していた。父に休む間などなかった。日々責任を問われ、その度に会見を開き……そんな父が余命を待たずに倒れるのは当然だろう。記者会見の最中に倒れた父はそのまま帰らぬ人となった。たまたまわたしに世間の眼が向いたのは自然な成り行きと言える。哀しむ時間は与えられず、いや、もともと人の死というものに鈍感であったわたしは仕事に没頭した。人脈、言葉、法律、とにかくあらゆるものに気を配った。手が開けば各地に飛び、遊説を重ねた。辛くなどなかった。もともと食事も睡眠もさほど要らない性質だったしね。
一議員から大臣の職に就くまで、さして時間はかからなかった。そんな時だった。迎えが来たのは。
「御無沙汰しております。ご健勝のようで何よりです」
暗がりの中、玄関の門の横で頭を下げる男には覚えがあった。
「あれから15年か、確かに久しぶり。佐伯、だっけ?」
「記憶に留めおかれたとは光栄です。遅れ馳せながら、大臣就任、おめでとうございます」
「そんなことをわざわざ言いに来たの?」
「滅相も。宴の準備が整いましたので、是非にと」
あはは、「うたげ」なんて真面目に言うから笑っちゃったよ!
でも本人は大まじめで、こちらへ、なんて促すのさ。あの公園でパーティーでもするのかな。
「待って、部屋で待ってる友達も連れてくるから!」
と急いでアルジャーノンを連れて戻ってみれば、黒塗りのワゴンが待ってたのさ。(リムジンじゃない、ワゴンってとこが可笑しいよね? 可笑しくない?)
いざ到着してみれば、なんだここ、アルファベータ人材派遣のビルじゃないか。
この組織は全国各地に支社がある大きな会社で、本社は神戸だ。社主は田中与四郎といって、常に各支社に出かけてて捕まらないとか。今夜ここに来てるとしたら、すごいチャンスなんだけど。
「やっぱりやめる。大臣になっちゃった以上、軽々しく来れるような場所じゃないしね」
「そう仰らず。社員一同、この日が来るのを首を長くして待っておりました」
そう言って門の影から現れたのは……貫禄と風格を身にまとう和服姿の初老の男。
「お初にお目にかかります。弊社の代表を務めております田中と申します」
「田中? もしかして社主の……田中与四郎どの?」
「田中とお呼び捨てを。伯爵様」
「は、はくしゃく!?」
「お静かに。ハンターらが跋扈するこの時分なれば。ささ、こちらへ」
いやちょっと待って。君達どこから? そんな、そんなに押さないで! わたしは帰るって……ああ! ちょっと!
連れ込まれた建物内部は、ぞっとするほど冷え切っていた。微かに流れるこの曲はピアノソナタ、月光の第1楽章。最小限の照明が照らす清潔で事務的な内装は、いかにも「会社」といった様だ。だがそれは最上階についたとたん一変した。
そこはサロン。いや、応接間と言い現わすには広すぎる。高い天窓から差し込む月明かりが、緋の絨毯を埋め尽くすそれの姿を煌々と照らし出している。ざっと200は居るか。どれもこれも社交ダンスでも始めるのかと思うほどめかし込んでいる。
田中氏に導かれるまま、室内に足を踏み入れる。月光の第2楽章が明るく軽やかな調べを奏で始める。
「皆皆がた! この方こそが、我らが救世主、伯爵様ですぞ!」
あがる歓声。次々と道があけられ、導かれたのは一角の壇上。一斉に向けられる眼差しには羨望と期待の色。
「伯爵様、どうか皆にお言葉を」
静まり返った場内。どうしたものかと思案する。天を仰げば窓向こうにくっきりと浮かび上がる真円の輪郭。
……困ったな。適当に取り繕って退散しようか?
いや、ここはありのままを言うべきだ。これでもわたしは……愛国家なのだから。
「このような素敵な場にこの若輩をご招待下さり、思いがけなく、そして大変嬉しく思っております。ですが……申し訳ない。おそらくわたくしは、皆さまの御期待に添える者ではない。伯爵とはいったい何のことやら――」
口をきく者は居ない。ゆっくりと移動する月の光。
「申し遅れました、わたくし、このたび吸血鬼対策担当大臣を拝命致しました、菅 公隆と申します」
今朝のニュースや新聞見た人なら知ってるね。新たに設けられた大臣職、吸血鬼対策担当大臣。本格的にヴァンパイア被害が拡大しだしたんで、それを危惧した内閣がようやく重い腰を上げたってわけ。
具体的に何をするかって言われたら、ヴァンパイアハンター協会の統率と強化。いまのハンター協会は圧倒的に予算が足りてない。足りないからほとんど寄付金に頼ってるけど、武器ってぶっちゃけ高価いのさ。
金が無いから装備が無い、人も来ない。警察官や自衛官同様、無限責任(自分の命より職務を優先する義務)を負い、しかもその殉職率が警察官の比じゃないとあれば……人が来ないの当然だよね。
そこで考えたのが、防衛省と連携した上手な予算の運用だ。早い話、「拳銃100丁欲しいから、調達してくれない? ついでに人も!」なんて気軽に頼めるシステムにしたわけ。必要があれば厚生省、内務省にも打診できる。いまみたいな縦割りじゃあ化物の撲滅なんか出来ないだろ?
わたしは自身に疑いを持ってからというもの、ヴァンパイアという存在に悩まされてきた。だからこそ、わたしの手でどうにかしなければならないと思った。わたしがやらずに誰がやる?
自分は政治家だ。政治家の仕事は、安全で豊かな社会の実現だ。行動力と体力には自信があった。だから、ヴァンパイア担当の大臣職を新設すると聞いた時、真っ先に手を挙げたのさ。そしたら見事承認されたってわけ。
(大臣の最年少記録、一気に更新しちゃったよ! え? そんなの大臣のうちに入らないって?)
手始めに……そう、ハンター協会の内部組織図(マル秘)見たり、どうやって広告だせば人来るかな~なんて考えてた矢先だったのさ。