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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT59 ヤブ医者め!【菅 公隆】

 父は代議士だった。帝大で法律を学んだのち、苦労して支持者を得た話を良く聞かされた。陰で父を支えた母の苦労も。

 二人ともごく普通の、健康な人間だった。何故わたしのような異形が産まれたのか。


 生活は豊かだったように思う。広い庭にはラブって名の大型犬が1頭駆けまわっていたし、週末は人を呼んでの食事会。父の仕事柄、客は要人や著名人が多かった。そんな席には必ず顔を出した。自分の顔を覚えさせるのが何よりも大事だと教えられていたから。


 食事関係には苦労させられた。幼いころから食が細い上に偏食が激しく、特に豆や野菜など、植物由来のものがダメだったらしい。かろうじて受け付けたのは牛乳と獣肉。時に生肉から滴る液体に異常な執着を見せ、若い両親を困らせたと聞いている。食べ物に口をつけぬわたしを教師やクラスメイトは訝ったが、アレルギーだと偽った。

 食わぬ割には成長が早く、身体能力は高かった。頭のほうも。中学、高校、大学、司法試験、さして苦労した記憶は無い。


 虫をいたぶり、殺すのが好きだった。最初はアリやバッタ、次第にネズミやハト。

「幼少時は良くあることだ」と納得し合っていた両親が、笑顔を見せなくなったのはいつの頃だったか。ラブが死んだ、あの日からだったか。

 15の誕生日、変に喉が渇いて、庭に出たらラブが駆け寄って来た。抱き寄せて、ラブの鼓動をこの胸に感じて――

 気がついたら、その首を引き裂いて、血を啜っていた。あの時の感動は今でも忘れない。今まで口にしてきたものは、何だったのか。これが本当の「食事」なんだと。

 もちろん両親はショックを受けたろう。朝起きたら速攻でで精神科に連れて行かれたからね。何だか患者より神経質そうな先生が出てきて、わたしの症状を聞いて、

「典型的なヘマトフィリア(血液嗜好症)の症状ですね」なんて言うんだよ。対処法はと聞くと「気の持ちよう」だってさ。

 ――ヤブ医者め!


 色々試して、でも血に対する欲求は止まらなかった。日に一度、もしくはそれ以上。

 家からネズミが消えた。遊びに来る猫や、スズメ達も。血液パックじゃ駄目なんだ。生きた血でないと。そうこうするうち、水ですら受け付けなくなった。気が狂いそうだった。思い余って手首を切った。だがなんて事だ。傷が瞬時に塞がったのさ。そういえば昔から傷の治りが早かった。ふと、巷を騒がせてるヴァンパイアのことが頭をよぎった。まさか……?

 違う。両親は人間だし、奴らに遭った事も、まして咬まれた記憶もない。第一、あの陽の下を堂々と歩けるはずがない。


「奴」に出会ったのは、公園の暗がりで食事をしていた時だった。血を吸っても死なない白いネズミが居て、そいつが妙に懐いてくるんだ。良く見ると目が赤い。鋭い牙もやたらと長い。腕にのぼって来るそいつを肩で遊ばせたり、頭に乗せたりしてしばらくじゃれ合ってたらさ、居たんだよ。座っているわたしのすぐ後ろに、その男がね。


「こんな時間にこんな場所で……なにやってる。家出か?」


 瞬時に捕捉されていた。会社員にしては洒落たスーツを身に付けた、背の高い若い男だった。


「悪いな。運が無かったと諦めな」


 その腕の力と眼の色。まさかと思った。ヴァンパイアは本当に居たのだ。

 恐怖に勝る驚愕。抵抗する気など起きなかった。天敵とはこういうものだ。

 見上げれば爛々と光る眼。美しい眼だ。まるで――


十六夜いざよいの月だ」


 ゆっくりと喉元に降りて来る男の動きが止まった。


「お前……?」


 金の眼が細められる。探るような視線がまっすぐにこの眼を覗き込み……

 男は息を呑んだ。眼の色が元に戻っている。狼狽の色を隠しもせず、飛び退き草上に手を付く男。


「失礼致しました。同族、しかも上位の方と気付かず申し訳ありません」

「……え?」

わたくし、新宿の佐伯と申します。失礼承知で貴方様の所属コロニーなどお教え願えれば、後ほどお詫びのご挨拶に伺います」

「あのさ、コロニーって……なに?」


 佐伯と名乗った男が訝しげに口を開け、顔を上げる。


「コロニーをご存知ない? 東京都は新宿、渋谷などの各区と都下に置かれる我等同族の集まり、各県の町村にも同規模の組織が御座います」

「へぇ」

「失礼ですが、貴方様を変えた方の名は何と?」

「てかさ、わたしはヴァンパイアじゃないって。咬まれた事もないしさ」

「御冗談を。我が眼力には一応の信頼を置いております。人間ならば必ずや術中に、ともすれば力の劣る同族も――」

「違う! 人間だよ! 昼間だって普通に動けるんだ!」


 佐伯の眼が見開かれた。まさかとだけ呟き、それきり口をつぐんでしまった。彼が立ち去った後、木立がやたらとザワめいたのを覚えてる。


 その時からだ。自分自身にはっきりと疑いを持ったのは。

 血の欲求は激しさを増した。あの白ネズミだけがわたしの癒しだった。

 アルジャーノンと名付けたそのネズミは賢くて、いつも話を聞いてくれた。食事にも付き合ってくれた。友達もなく、もちろん恋人なんて作れる筈もない。そんなわたしの唯一無二の友達だったのさ。

 その一方で、暇さえあれば人を訪ね、文献を集めた。咬まれずにヴァンパイアとなる、そんな事例があるのかと。


 収穫のないまま2年が経った。酷く制限された生活を強いられながら、帝大受験を控えたある日。何とはなしにいつもと違う電車に乗った。昔両親に連れられ立ち寄ったカトリックの教会があったことを思い出したからだ。告解を通してならばこの悩みを打ち明けられる。解決への道も示してくれるかも知れないと思ってね。

 結果、そのふとした思いつきが運命を分けた。教会に居合わせた神父との出会いがわたしに希望を与えたのだ。入信したわけではない、しかし確たる道を見つけた。もしあの神父に出会わなければ、今頃はこの世界の何処かで野垂れ死んでいたに違いない。


 以後、精進した。努力が実を結ぶ楽しさがあると初めて知った。

 無事法学部も卒業し、秘書として父に付き、本格的に政治の勉強を始め……7年も経った頃だろうか。父が癌の宣告を受けた。彼が2度目の総理を務めていた最中さなかだった。

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