ACT57 奴の手下じゃねぇだろな【如月 魁人】
結局もとの場所まで戻った俺ら。茨が邪魔してた正面玄関な。茨の野郎。司令が正面に立った途端、ごそごそっと道を開けたもんだ。モーゼの何とかみてぇに。したらいきなり現れた高級感半端ねぇ真っ白の石畳。その所々に落ちてる黒い……葉っぱ?
――うわっとと……痛ってぇ……!
なにって、葉っぱだと思ったものがキィキィ喚きながら向かって来たのよ! 良くみりゃコウモリだ! 流石にすっ転びはしなかったがな? 飛び退いた先にスタンバってた茨の棘に、嫌っつーほど頬っぺた引っ掻けちまった。
しっし! キーキー騒ぎやがってしつけぇんだよ! おらおら! 逃げねぇとぶっ放しちゃうよ? この自慢の銃でよ?
したら奴ら、俺がホルスターに手ぇかけたとたん姫の後ろに隠れやがった。まさか、伯爵の手下じゃねぇだろな?
だらしないわねっていつもの麗子さんなら言うとこなんだが、これがまた妙なの。あんだけ俺にいちゃもん付けまくってた女が、司令来てからひとっ言もしゃべんねぇの。さっきから俺の横、まるで生気の抜けまくった人形みてぇなカッコで歩いてやがる。なんげぇ前髪をかき上げもしねぇで。
「準備はいいかね? 魁人くん」
司令の声に前を見りぁ、いつの間にか正面玄関。
すげぇ……でっけぇドア。階段も壁も真っ白。白いバラとか天使の彫刻とか……なんとまあゴージャスでお上品。上流階級って奴ですか。こんな事でもなきゃあ一生お目にかかれねぇお屋敷だぜ。
「魁人くん? 準備はいいかね?」
「あ、はい。OKっすよ」
準備。もしヴァンプが襲ってきたらの心の準備だろ?
解ってるよ。もしそれが結弦だとしても容赦はしねぇ。決めてるからな。どちらかがヴァンプになっちまった時ぁ……ひと思いに楽にしてやるってな。
姫の背をポンポンっと2回叩く。これは俺と姫とで決めたサインだ。ここでいい子で待ってるって言う。
と、司令が手招きしてるぜ。ドアに近づく司令と、その後ろに従う俺。殿は麗子さん。外で待ってろって言いたいトコなんだが、庭も安全とは言えねぇからな。
ちょっ! 俺のシャツ掴んだりして。しっかりして下さいよ! 護身術くらい使えるっしょ?
んなことやってる一方で、司令の手がドアのノブにかかる。ゴクリと喉が鳴る。ヴァンプ野郎。いきなり飛び出してくんじゃねーぞ?
……ギイィィィィィィ……
イ……イヤな音たてんじゃねぇ! グリースくらい差しとけっての!
だが踏み込んだ屋敷の中は、拍子抜けするくれぇ何にも無かった。いや、誰もいねぇんじゃなくて、普通にメイドさん達が「いらっしゃいませ」っつって、こっちも「あ、どうも」っつって。いやいや、普通変な顔くらいすんだろ。俺は見るからに場違いなカッコしてるし、麗子さんは貞子だし。
『ここだよ、魁人くん』
右手のドアをちょこんと指差し、ほとんど吐息だけで囁く司令。
なんすかその可愛らし過ぎる仕草! この非常時にやめてくださいよ! ハラにチカラ入んねぇじゃないですか!
ここって……何だここ。ドアにハザードマーク付いてっけど。
≪コンコン≫
……ちゃんとノックするんすね。
「誰? 柏木さん?」
答えたのは色っぽい女の声だった。どっかで聞いた気がするが思い出せねぇ。
「ええ。ただいま戻りました」
「入って入って! 丁度お願いしたい事があったの!」
司令がドアを開ける。俺は一歩下がって壁に張り付く。ちょい様子見だ。
「麻生結弦の診察を?」
「そうよ。ちょうどいま眠ったとこ」
お……思い出した! 佐井朝香だ! あっさり裏切ってあっち側についた女医!
畜生! そんなにヴァンプってもんになりてぇのか!?
「容態は如何でした?」
「ヴァンプ化はしてないけど、危うい状態よ。いわゆるサーヴァントって奴ね」
サーヴァント。……だよなぁ。奴らに血ィ吸われて無事で済むわけがねぇもんな。
俺は腰の銃を片っぽだけ抜いた。壁に背ぇつけたまま、二人の会話に耳を貸す。
したらガツンと来た。項の辺りだ。大理石の床舐めたのは、気持ちイイぐれぇの浮遊感の後だ。
視界を過ぎるピンヒールの足首。
そうだよ。犯人は俺のすぐ後ろに居た麗子さん。でも……なんで?