ACT56 ずばりラブドね!【佐井 朝香】
「……治る? 弾丸型のウイルス?」
呟いた麻生。そっと弾丸を受け取って、方向変えながらしげしげ眺めて。
「そうよ。同じラブドウイルスによる疾患に、狂犬病ってのがあってね? 噛み付かれて感染するとか、狂暴性が増すとか、光を怖がるとか……とにかく病態が酷似してるの」
「え? 酷似って、それだけの理由で断定したんですか?」
「そうよ?」
そしたら麻生くん、な~んだって顔してベットに身体を投げ出しちゃった。
「そういうの、当てずっぽうって言いません?」
「あ、あのね? あたし、昔からこういうのには自信があるの」
「だって根拠がそれだけなんでしょ?」
「聞いて。病気に関してだけなんだけど、いわゆる勘が働くのよ。パッと閃くの。治療法が解らなくて、悩んで悩んで悩んだ末に眠っちゃって、起きたら解決策が解ってる。そんな事がしょっちゅうで? 今もそう。さっき起きたら、狂犬病っていう単語が頭の中に浮かんでた。ワクチンって単語もね」
「あははは! ワクチン? ワクチンですって!?」
また笑った。笑ったわ。それ、あんまり良くない癖よね?
「僕は感染してるんですよ? ワクチンは予防の為のものでしょ? それくらい僕にだって解ります!」
「それが間に合うのよ。狂犬病は潜伏期間が10日から数か月って言われてるくらい長いの。感染した後でも発症を防止できる稀な病気なの」
「へぇ。でもそれでも間に合いませんよね? 知ってます。前にテレビで見たんです。ワクチンの開発はどんなに急いでも1年はかかるって」
「えぇ、普通は何年もかかる。開発費も莫大。でもいいの。既存のワクチンがあるから」
「既存?」
「そうよ! ずばり、狂犬病のワクチンが使えるの!」
麻生くん、今度はなにか諦めた顔しちゃって、両手で顔を覆ったわ。
「よく解りました。先生の神通力(笑)に頼るしかないって事が」
「……な~んか引っかかる言い方だけど、要するに試すのも吝かじゃ無いって事ね?」
「いいえ、大いに吝かです。他に道が無いってだけです」
そう言って彼、覆ってた手で前髪をかき上げた。いつもは長い前髪で隠している右眼が露わになって……ドキリとした。照明を照り返すその眼の色が普通じゃなかったから。あたしとしたことが今頃気づくなんて。
「その眼、見えてないのね」
「ええ。怪我がもとで見えなくなっちゃって」
「怪我? 良く見せて? 大変ね、ハンターも」
「いえ、あのっ」
「水晶体の脱臼? 古い炎症? 眼底鏡が欲しいわねぇ……」
「……あはは……先生はほんとうに……先生だなあ……」
彼、スウッと息を吸って眼を閉じて。そのまま眠っちゃった。いけない! 彼が普通の身体じゃないって知ってて!
ドアを数回叩く音。
今度は誰かしら? 伯爵……じゃないわよね。たぶん彼はノックなんかしない。
「誰? 柏木さん?」
「ええ。ただいま戻りました」
「入って入って! 丁度お願いしたい事があったの!」
ガチャリとドアが開く。いつもと全く変わらない井出達で、静かに立つ柏木さん。
良かった。ハンターは片付けてきたみたいね?
油断なくその眼を室内に向けていた柏木さんの眼が、診療台に横になる麻生の上で止まる。
「麻生結弦の診察を?」
「そうよ。ちょうどいま眠ったとこ」
「容態は如何でした?」
「ヴァンプ化はしてないけど、危うい状態。いわゆるサーヴァントって奴ね」
「やはり……」
悲痛な眼を麻生に向ける柏木さん。痛むのかしら、右腕の無い肩をぐっと掴みながら。
「その子はどうです? 普通の人間でしたか?」
「え……たぶん」
そう言えばあたし、麻生の事ばっかりで、娘ちゃんの事はあんまり気にしてなかった。あんな状態で生まれたのに、意外に元気そうで、普通で。でもそうよね。普通じゃないはずよね。
「先生。例の事もお願いします。足りない器具器材があればおっしゃって下さい」
「え? じゃあ狂犬病のワクチンをお願いしたいわ」
「は? ワクチン?」
「そう。安全を考えたら、生じゃなく、不活化がいいわね。どう? 手に入る?」
「入らない事もありませんが、何に使うおつもりです?」
「治療よ。麻生結弦の。もしヴァンパイアがラブドウイルス感染症の患者なら、効果があるかもなの」
「なんですって!!」
柏木さんったら、眼を真ん丸にして大声出して! そんなに驚く……?
あたし、麻生に説明した事をかいつまんで話したわ。そしたらすぐに彼、「手配してみます」ってすぐに頷いて。後ろ手で扉を開けた、その時だった。
廊下の向こうで重たい物が倒れるような音がしたの。ダン! って。それを見た柏木さんがそのままの姿勢で硬直してる。なに? そこに、誰か居るの?
「困るんだよね、そういう事されちゃあ」
低い女性の声。でもその言い方はさっき出て言ったばかりの菅大臣そっくり。
「私は反対だよ。幹部が増えるチャンスだってのにさ」
そう言って柏木さんを押しのけて、部屋に入って来た人物。それはあたしの良く知ってる人だった。