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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT54 ほとんど死人よ!【佐井 朝香】

 菅大臣――伯爵が議事堂に出かけてった、そのすぐ後のこと。


 田中さんは用事があるとかで出ていっちゃって、メイドさん達は持ち場に戻っちゃって、柏木さんまで「お客様がお見えですので」って飛び出して行っちゃって、あたし、いきなり1人になっちゃった。

 そう言えば、って思い出して、クローゼット開けて。そしたらちゃんとあたしの白衣が掛かってて。でもお気にの古着は見当たらない。下着もない。うそ、捨てられちゃった?

 仕方ないからあり合わせのブラウスとタイトスカートで間に合わせたけど……これ、キツ過ぎるのよね。胸元のボタンが留められない。


 コンコンってノックの音。

 どうぞ! って答えながら慌てて白衣を羽織ったあたし、麻生結弦が立ってるのを見てびっくり。


二股ふたまたくん!?」

「ふ、ふたまた!?」


 いっけな~い! 心の中で呼んでたのがつい口に出ちゃった!


「御免なさい! 麻生ぅ……さん? どうぞ入って?」


 じと眼であたしを見つめてた麻生が、気を取り直したように敷居を跨ぐ。気の毒に、あたしと違ってリサイタルの時のタキシードのまま。もう……柏木さんにしては気がきかないじゃない。男の麻生なら遠慮なく着せてあげられるわよね? さっきの男物のパジャマ、彼に使ってあげればよかったのに。


「ちょうどあたしの方からそっちに行こうと思ってた。気が付いたのね?」

「……気が付きますよ、さっきまでここ、修羅場だったでしょ?」

「聞こえてたの? ドアも仕舞ってたのに?」

「えぇ。僕、耳だけはいいんです」


 そういって彼、ふらふらっとベットに腰かけた。そう言えば三日三晩、何も口にしてない筈よね?


「ほら、これでも飲んで?」


 あたしが手渡した白湯入りのカップを受け取った彼、恐る恐るって感じで口元に近づけて。でもすぐに床に落っことしちゃった。


「ごめんなさい、熱かった?」

「違うんです先生、違うんです」


 首を振る麻生。あたし、彼の隣に腰かけて、脈を診ようと手首を掴んだわ。

 な……なにこれ!? 冷たすぎる! 脈もほとんどふれてない! これって――


「さっきもなんです。ベット脇の水差しからこう……でも駄目だった。受け付けないんです。頑張って飲もうとしても、吐き気と眩暈となにか嫌悪感のようなものが湧き上がって、こんな風に拒絶してしまうんです」


 間違いないわ。彼はすでにサーヴァント、ヴァンパイアの一歩手前。リサイタルの時も傷が綺麗に治ってたから、そうじゃないかとは思ってたけど。


「ねぇ、ちょっと採血していいかしら」

「ぇえ? いきなり何です?」

「医者としては是非調べておきたいのよね!」



 あたしは戸惑う麻生を医務室へと連れてった。そう、あるのよ。ここには設備が整った医務室が。

 どれほど? って聞かれたら……ちょっとした診療所が開設出来るくらい? 

 悔しいことに、あたしの診療所とこより揃ってる。作り付けの棚には血液検査に使う器具機材がズラリ。治療薬も、治療器具も。あそこのドアなんか……見てよ、あのハザードマーク。レントゲンはもちろん、CTもMRIも置いてあるの。(X線なんてどうやって許可取ったのかしら?)

 クリーンベンチ(危険物を安全に扱うためのキャビネット)はあるわ、全自動遺伝子解析の装置はあるわ、電顕(電子顕微鏡)の部屋まであるわ。これって研究所ラボ並じゃない?



「聴きましたか今の音」


 診療台に横たわる麻生が声をかけてきた。あたしは自分の仕事に集中してたから、彼が何の音を聞き取ったのか、なんて別にどうでも良くて。


「しゃべらないで? もうすぐだから」


 仕方なさそうに黙る麻生はいま、上半身裸。胸や脇腹には貼付タイプの電極。そう、いま心電図取ってるの。


「いいわよ麻生さん、起きても」


 麻生が上半身を起こす。付けてた電極がペロリと外れる。隣りのベットには可愛い赤ちゃんがスヤスヤ。


秋桜こすもすも診てくれましたか?」

「えぇ。至って普通の……健康な赤ちゃんね」

「それは何より」


 秋桜ちゃん。秋子さんと彼の子。彼ったら、秋子さんと桜子さんの名前を二つとも取って、そんな名前にしちゃったみたい。あらためて……ほんとに「二股」くんよね?


「って訳で僕、庭の方に行ってきます」


 突然の宣言にあたしは振り向く。そしたらさっさとベットから降りて着替えた麻生が居て。


「待って。何がって訳で(・・・・)なの?」

「え? だって……庭に魁人が来てるんですよ?」

「カイトって、あの時のハンターの? 何でそんなこと解るの?」

「今の銃声聴こえなかったんですか? E(エー)フラットとD(デー)の音が2発続けてしましたよね? それぞれが魁人の持つパイソン357マグナムの発砲音。確率からして確定でしょ?」

「しらないわよ! 彼の銃がどんなとか! ていうか! たとえエイリアンが攻めてきたとしても、外出は認めないわ!」


 ビシっ! とPCの画面を指差してみせる。怪訝な顔して眺める麻生。


「あなたのバイタル、はっきり言って異常だわ。体温25、心拍15、血圧20-15、呼吸20」

「……ちょっと低め?」

「低めなんてもんじゃないわ! ほとんど死人よ!」

「……やっぱり。僕はもう人間じゃないんですね」


 しょげた顔してポスンとベットに腰かける麻生。やっぱりって、一応それなりの覚悟はしてたのね?

 ん~、ほんとはもっと驚くべき数値を見ちゃったんだけど……どうしよう? 言ってどうにかなるかしら? 

 ううん。やめたほうが良さそう。言ったからって二股くんを元気づける材料になんかなんないだろうし、なんていうか? 医者だからこそ興味をそそられる只のオタク情報っていうか? バイタルすらまともに読めない彼にそれ言ったからって、ただポカーンと口開けそうだし?


 あたしはため息ついてパルスオキシメーター(血中酸素濃度を測定する為の、指先に挟む器具)の測定結果を見た。その数値は85%。

 それがどういう事かって、あたしなりに説明してみるわね?


 あたし達「脊椎動物」は赤い血を持っている。血が赤いのは、赤血球の中のヘモグロビンのせい。(ここまでは小学校で習うかしら。ヘモグロビンは酸素の多い所では酸素とくっついて、少ない所では離す性質があるって)

 酸素とくっついたヘモグロビン(HbO2)は、そうでないヘモグロビン(Hb)と違って、赤色光(波長660nm付近)をあまり吸収しない。吸収しないからそれが反射して見える。つまり肉眼で鮮やかな赤に見える。逆にただのヘモグロビンは暗く見える。

(HbO2の多い動脈血は赤くて、少ない静脈血が黒っぽいのはそういう訳ね!)


 パルスオキシメーターは指先に二つの光(660nmと940nm)をあてて、その吸収具合を見る装置。その測定値が85%。

 85(パー)っていう数値はね? 2種の光に対する吸収具合がほとんど同じ場合に出る数値なの。重度のメトヘモグロビン血症の患者か、重度の肺炎で危篤状態の患者じゃないと、そんな数値にはならないの。


 とどのつまりどういう事かというとね?

 二股くんのヘモグロビンは、酸素をぜんぜん運んでない!

 有り得ないわよね? あんなに普通に歩いたりしゃべったりしてるのに酸素を使わない──酸素呼吸をしてないなんて!

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