ACT53 解ってたまるか!【如月 魁人】
歩き出した俺の後を姫が付いてきた。
俺は姫の鼻をポンポンしながら、さっき脱いだジャケットを腰に巻いた。ホルスターが上手く隠れるようにだ。屋敷連中に見られんのも面倒だからな。
「断っておくが」
司令が背ぇ向けたまま、鋭い流し眼をこっちに向けた。1歩下がったぜ。やっぱ司令だ。すげぇ迫力。
「麗子くんは私の秘書だ。君が思っているような関係では無い」
そういや司令、さっきの話聞いてたんだっけ。
「へぇ、そうなんすか?」
「私は時たま、麗子くんの所属する書道サークルに出入りしていた。そのサインが読めても何ら不思議ではない」
しょ……書道サークル? なんじゃそりゃ! え? じゃあ……麗子さんと司令は何でもなくて、ほんとに麗子さんはな~んも知らねってか?
でも麗子さん。がっくり肩落としてっけど、大丈夫か?
風がやまねぇ。落ちる葉っぱがひっきりなしだ。黄色に赤、薄い緑。
すげぇ……目も覚めるくれぇ綺麗だぜ。地面にチラついてた木漏れ日も木漏れ日じゃねぇ。陽のあたる面積のが広ぇ。燦々と輝く太陽に照らし出された落ち葉のクッション。ほんとにここ、東京か?
「しっかし司令、大変でしたね」
「ん? なにがだい?」
「地下に居た間っすよ。3年もでしょ? 良く我慢できたっすね」
司令がガサッと足を止めた。ありゃ、ヤなこと思い出させちまったか?
そりゃそうか。毎日実弾当てられて、腕とか足吹き飛ばされる。んな日々が楽しいわけねぇもんな。
「辛くはなかった。君たちの成長を見るのは楽しかったからね」
「そ、そうすか? 痛ぇなんてもんじゃ無いっしょ? 俺ら遠慮なかったし」
「いいのだよ。それもある意味いいものだ」
「はあ。もしかして司令ドMなんすか?」
……あれ? どしたの司令。クヌギの木の前で土下座なんかしちゃって。
「魁人くん、実はさっきも似たような事を言われてね」
「へ? なんて?」
「この私が……ゲイだと言うのだよ」
……はあ。それは確かに俺も一時は疑ったから解らなくもねぇけど。
したらチャリンと音がして、見ると司令の身体の下にキラッと光る何かが落ちてんの。ロザリオだ。普通のヴァンプが避けて通る、十字架のついた奴だ。それを拾い上げる司令の手がブルブル震えてんの。
「聞いてくれるかい魁人くん。変わってからというもの、自分自身が解らないのだ」
手元のロザリオを額に押し当て、ぐっと眼ぇ閉じる司令。……なんだこの流れ? 何だかすっげぇヤな予感すんだけど。
「ヴァンパイアとなり、一度は誓ったのだよ。未来永劫、血と闇を友とし生きていく事を。しかし……しかしだよ魁人くん!」
俺ぁ心の中で「ひえええええ!」って叫んだね! バッと眼ぇ開けた司令の眼がキンキラに光ってんの! これやばくね? 妙な気ぃ起こしてない? さっきドMとかゲイとか言われたからか?
とりあえず相槌は打っといた。声出したら「ぎゃああああ」とか出そうだから、無言でコクっと頷く奴だ。司令は金の眼で俺を睨みつけたまま、ぬっと音もなく立ち上がる。
「幸か不幸か、伯爵の能力をなかば受けついでしまったのだよ。もっとも忌むべきあの太陽が、脅威とはならなかった」
「そ、それがなにか(駄目なんすか?)?」
「想像してみたまえ! 人としての生活が可能なのだよ? 人間と共に仕事をし、喜びや感動を共有する、そんな生活が!」
「いや……だから(それが何か?)?」
「解らないかね? ヒトを家畜と見なすのが我々なのだ。人に友情など、まして恋などしてはならない」
一歩、一歩と近寄ってくる司令。枯れた葉っぱ踏んでんのに、なんで音しねぇんだか。たまらず一歩下がった俺の背中に何かがぶち当たった。ぅおい! 何で後ろに木があんの!
「親しい友人に……劣情を懐くのだよ。雌だけでなく、雄にもな。雌の血は透き通る程に芳しく、雄の血は濃厚かつ猛々しい」
俺との間合いを詰める司令。
金の色は金のまま。蛇に出くわしたカエルってまさにこれ。ちょ……解りましたから。俺には解らない事が良~く解りましたから! そのくらいで勘弁して!
「時にはわざと生かしたまま、抉り、犯す。男も。女も。その快感と言ったら格別だ。厄介なのは、それがこの自分自身に向けられたものだとしても一向に構わんという事だ。解るかね? その意味が?」
――解ってたまるかああ!!!!
司令の左手が伸びてきて、俺の首筋をそっと撫でた。電気来たね! 背筋にビシッと!
「だから君達の罵倒は当たらずとも遠からずなのだよ。私は嗜虐行為そのものを愛し、男女構わず欲情する……忌まわしい化物だ」
ごめんなさい! もうマゾとか言いません! 間違っても「このホモ野郎」とか言いませんから!
「せめて……せめて同胞を創らぬ。それだけを自身の戒律としてきたよ。伯爵もそれだけは強いたりしない。後生だ。我らという種を殲滅してくれ。怖いのだ。簡単に外れるこの箍が。いつか君を……引き裂いてしまうのか」
口がきけねぇ。指先一つも動かねぇ。
ロザリオを握りしめたままの左の掌が、俺の背後の木にトンと触れる。
両手で壁ドンされてる恰好だ。
ミシリと背中の樹が割れる。
俺ぁもう半分覚悟して力を抜いた。
だが見ちまった。
時々赤く光るその眼から、流れ落ちる血の涙をな。
息を吐いて腹の底に溜めた。
深く。何度も、何度もだ。
かろうじて戻ったのは右手の感覚だけだが……俺にしちゃあ上出来だぜ。
「……了解。そん時ぁこいつで引導渡してやりますよ」
司令の心臓にピタリと当てた銃口が青く光る。司令が笑った気がした。
「頼んだよ、カイトくん」
司令が離れた。さっぱりした、憑き物でも落ちたみてぇな、そんな顔してな。
麗子さんが踵を返す。
姫が傍に寄って来る。
俺はトンっと軽く跳んで、縮みあがったキンタマを元に戻した。