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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT50 懲戒なんかクソくらえ!【如月 魁人】  

姫(月姫)が鼻っつらをよせて来る。撫でてくれって、そんな仕草だ。

 俺ぁポケットからハンケチ出して鼻に押し付けてやる。濡れた鼻もついでにふいてやる。


「ごめんな。ずいぶん待たせちまって」


 鼻を使ってグイッと俺の肩を自分に押しつける彼女。乗れってことだ。

 ……だな。そろそろ一緒に走らねぇとな。


 左手で彼女のたてがみ掴んで、俺ぁ鞍なし裸の彼女に飛び乗った。

 手綱がなくても俺達はツーカーだ。優しくポンと首を叩けば……ほらな? ちゃんと出口に向いてくれんだよ、可愛いねぇ。


「ちょっ、魁人さん! 何処行くんスか!?」


 慌てふためくハンターども。


「決まってんだろ。結弦助けに行くんだよ」

「そんなのダメっすよ! 俺達が麗子さんに叱られます!」

「じゃあ誰か結弦を迎えに行ってくれんの?」


 なんて訊いたら野郎ども、シィンとしやがって。

 ……たくよぉ。上も上だぜ?

「麻生結弦は吸血鬼化した線が濃厚、よって救出は無用」だとよ。その眼で見なきゃ分かんねぇだろ。


「……俺は行くぜ。奴がそう簡単に人間やめるわけがねぇ」

「魁人さん!」


 お? こいつら、綺麗な隊列組んで展開したぜ? 伊達にその手の訓練受けてねぇ。でもま、強行突破するまでもねぇな。前足引っ掻いて威嚇する姫にビビってやがる。


「魁人くん!」


 真後ろからあの声がした。振り向いたらやっぱり。1階まで追っかけて来なくても。

甲高けぇヒールの音が俺の横をカンカン過ぎて、腰に手ぇ当てたカッコで仁王立ちになった麗子さん。


「降りなさい! 麻生の救出は許可されていないわ!」

「知るかよ」


 俺は姫の腹を踵で軽く小突いた。歩を進めようとする姫。でも麗子さんは動かない。姫がブルルっといななき俺を見る。


「解ってるの? 命令違反は懲戒処分の対象よ!」


 あーあ、これだから公務員ってのは。


「あのさ。停職でも免職でも好きにしたら?」

「なんですって!?」

「結弦は俺のダチだ。上が見殺しにするってんなら、んな職場、とっとと辞めてやらあ」

「もう! あなたって人は!」


 ふんっと鼻で息をして俺を睨んだ麗子さんが、今度は駆け寄ってきて俺たちの横に並ぶ。


「じゃあ私も乗せなさい」

「は?」

「乗せろって言ってるのよ」


 なんと彼女、俺の後ろに飛び乗った。高けぇヒールとミニスカでだ。


「なんでだよ!」

「お目付役よ!」

「ぅおい! マジか!? スカートの癖に股おっぴろげて跨ってんじゃねぇ!」

「うるさいわね! 仕方ないでしょ!」


 ガシ! っと俺の腰に手ぇ回した麗子さんが、今度はその尖がったヒールで姫の横っぱらを蹴りつけたからたまんねぇ。高く嘶いて棒立ちになった姫が、いきなりダッシュしやがった。競馬馬がスタート切る時みてぇにだ。

 わあ!! っと叫んで飛び退く男ども。出口に向かって突進する姫。


「待て! 姫! 止まれ!」


 俺は姫の首に手ぇ回して叫んだが、駄目だ。完全にスイッチ入っちまってる。

 ガシャアアアアンン!! と派手に割れるフロントドア。降り注ぐ破片。

 あはぁああああ!! 修理代!!


 姫の足は速かった。赤の交差点を3つは突っ切った。代々木公園パッカパッカ駆け抜けて、渋谷のしつこいパトカーにウ~ウ~されて車線変えまくりの全力疾走。クラクション鳴らされまくり。俺も冷や汗かきまくり。姫、どんだけストレス溜まってたんよ。


 ようやく姫が止まったのは、○○○白金台ってかかれたマンションの前だった。

 良く見りゃあ……あっちこっちの建物に白金台って文字がある。ってことは、ここ、水原桜子んの近くだ。


「すごいわ魁人くん。どうして解ったの?」


 ひらりっと馬から飛び降りた麗子さんが、左手を腰に当て、右手でぱさあっ! っと長い髪を払った。


「え? なにが?」

「麻生結弦の居場所よ。発信源が水原桜子の邸宅だってことは、上層部だけが共有する情報だったのに」


 すっげぇ変わり様。さっきの剣幕が嘘みてぇ。

 あ、発信源ってのは例のあれね。結弦の持ってる弾に仕込まれた発信装置のこと。


「……こいつっすよ」


 俺は姫の頸中をポンと叩く。


「あん時、結弦のハンカチくすねといたんスよね。んで姫に嗅がして痕を辿らせたってわけで」

「ふーん? ずいぶん鼻の効く馬なのね?」


 信じてんだかどうなんだか。眉ひそめて頷く麗子さん。

 馬の嗅覚は人の1,000倍だ。犬ほどじゃねぇが、んな芸当はわけもねぇ。とくに姫の奴、結弦のこと気に入ってっからな。特別にリキ入れて仕事したんだろ。

 そんな麗子さんが、懐からコンパクトみてぇな丸い物体取り出した。格子状に線の入った液晶画面。ぴっぴっっと鳴る光の点。それってまさか……


「電波……受信器?」

「そうよ、これで正確な麻生の居場所が解るわ。いえ、正確には彼の弾のね」


 ――すげぇ! どっかの漫画のお姉さんみてぇ!


 しばらく麗子さんに付いていく。月姫が俺の背中をしきりにあま噛みしてくる。喉乾いてんだろう。


「わあすごい! おうまさん!」

 小っさい男子たちがわいわい喜んでついてきた。子供はいいねぇ。

「後ろに回っちゃ駄目だ、蹴られっからな?」

 なんてしゃべくってた、そん時だ。でっかい家ん前の鉄扉から、車が一台飛び出しやがった! あわててガキの腕掴まえたぜ!

 野郎、相当急いでたんだろ。チラッとだけこっち見て、謝りもせずに走ってった。色は白、エンブレムはBMW。


「麗子さん! いまのBM!」

「ええ、運転席の男と眼が合ったわ。菅厚労大臣。間違いなく、ビンゴ、ね」


 とたん、何かがギぃギぃ軋む音。鉄扉が左右からその幅を狭めてやがる。


「うわ自動開閉! さっすが金持ち!」

「感心してる場合じゃないわ、入るわよ」

「不法侵入もいいとこっすね、麗子さん」


 姫を連れて飛び込んだ桜子の屋敷。ちょうどいまBMが走って来たはずの石畳の道があの白ぇ館までのびてるはずなんだが、道脇から生えた薔薇の枝がワサワサ伸びて隠れちまってんの。頑張ってかき分けなきゃなんねぇくれぇに。

 なにこれ。いざって時に道開けるシステムにでもなってんの? 泥棒よけ?

 仕方ねぇから木の生い茂る庭の方から回り込むことにしたんだが、こっちもただの庭じゃねぇ。大小の色んな木に低い灌木。桜にカエデ、ニレにケヤキ。そういや爺様も良く裏山で手入れしてっけ。樹齢がハンパじゃねぇのもチラホラだ。秋も深ぇから落ち葉もすげぇ。掃いて片付けんのも一仕事だろ。あっちは竹林か? マジすげぇ。個人宅でどんだけよ。


「今更スけど。いんスか?」

「何が?」

「一緒に来たことですよ。管理責任って奴で麗子さんの方が戒告かいこく喰らっちまいますよ?」


 振り返った麗子さん、馬の汗でべっとり濡れたスカートに姫の金毛が付いてんのに気がついたんだろ。スカートのケツをパンパン叩いて、さらに手をパンパン。フンフン匂い嗅いで、うっと顔しかめやがった。てめぇみてぇな奴は馬に乗んな! っていつもの俺ならキレてるとこなんだが、


「いいのよ。気にしないで」


 なんてやたら優しい笑顔なんか向けて歩き出すもんだから、なんだ、調子狂うじゃねぇかよ。


「……いやいや、流石に免職は大事おおごとでしょ。変ですよ麗子さん」


 バリバリっと音がしたんで後ろ向けば、姫が上に首のばして旨そうに葉っぱ食ってやがる。

 立ち止まる俺を無視して麗子さんはスタスタ。


「麗子さん! 一緒に居ないと危ないっすよ!」


 ここにゃあ隠れる場所が幾らでもある。いつどっから奴らが飛び出すか解ったもんじゃねぇ。


「大丈夫よ。もう陽が昇ってるもの」

「だーかーらー、それも平気な個体が少なくとも2体は居るでしょ!」


 麗子さんが立ち止まる。頬にチラつく木漏れ日に目を細めていた麗子さんが、肩ででかいため息をつく。


「……知ってるわ。さっき見た『伯爵』。それと柏木局長。でも平気よ」

「――は? なんで?」

「あなたが居るもの。それに……流石の局長も、昼は夜ほど強くない筈。でしょ?」

「麗子さん、随分楽観的っすね。ほんとに防衛大出?」


 俺はキャップをガシガシ齧る姫の鼻っ面を撫でてやりながら、チラっと麗子さんを見た。っと……すっげぇ眼でこっち睨んでね?


「ちょっと! 何の用意もしないで飛び出したのはあなたの方でしょ!!」

「は……すんません」


 ……やっべ。藪蛇だった。ここはちったあマシなとこ見せるっきゃねぇな。

 俺はキャップをかぶり直してから、手袋を片方脱いでしゃがみこんだ。

 未舗装ダートの地面に手の平をぴったり当てる。陽は出たが土も草もまだヒンヤリ。タンポポがロゼッタになってら。


「……なに、してるの?」

を聞いてんスよ」

「音?」


 結弦はあの屋敷ん中だ。麗子さんの握ってる受信器によりゃあな。同時に俺達の存在も感づかれてる筈だ。この気配を見逃す司令じゃねぇ。

 ぐっと意識を下に落としたぜ。手と靴底が感じ取る――微かな振動。


 草っぱらに刺さる麗子さんのピンヒール。

 どっかり草を踏む姫の蹄。

 歯で草を噛みちぎる音。

 ブーンと伝わる遠いダンプの走行音。

 たまにカサカサしてんのは……ネズミか。田舎だろうが都会だろうが何処にでもいやがる。

 ヴァンプってのは忍び寄る時に足音を全く立てねぇ。だが、地面を踏む時の振動だけは消すことは出来ねぇ。水の流れを全く変えねぇで泳げる魚なんかいねぇってこった。相手の位置を正確に把握する。ハンターの嗜みだ。だが……コトはそう単純じゃねぇ。


「麗子さん、司令も確か……防衛大っすよね」


ピンヒールの足がサクリと止まる。


「そうよ。それがどうしたの?」

「いえ、ただの確認ス。だったら油断ならねぇかなーなんて思っただけで」

「そ……そうでしょうね! だいたいあの人、自衛官の期間中に海外にもあちこち行って経験積んでるし、とうぜん野戦にも長じてる。あなたの言う通り、油断は禁物ね」

「へぇ、ずいぶん詳しいっすね?」

「え!?」


 俺の突っ込みに妙にソワソワ、いちいち慌てたり。やっぱ麗子さんって――そうなのか?


 俺は羽織ってたジャケットを脱いだ。これ、動くたんびにガサガサ言ってうるせぇからよ。……銀の弾は装填済み。サラサラした木製グリップの感触も良し。

 姫が、耳をピンと立ててこっちの様子を窺ってら。解るんだな、俺のガチなヤル気って奴をよ? 麗子さんまでマジな眼えして見てやがるぜ。って、ドコみてんの? このTシャツ? もしかしてこのがらが気になんの? 

 ま、分からなくもねぇ。なんたって書道の達人に描いてもらった特別なガラだかんな! 直筆だ。店になんか売ってねぇ。良く言われるぜ、それ字? 絵? ってな。疾走する馬を連想して書いた字、らしいんだが、あんまり達筆で絵にも見えるってな。なんで俺なんかがそんな大層なもんって聞かれりゃあ……話してもいいぜ? ちょい長くなるけどな。

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