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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT48 この人が伯爵?【佐井 朝香】

 目一杯に開かれた部屋の扉。そこには男の人が2人立ってた。1人は羽織袴の田中さん。その横には細身で小柄な若い男性。(小柄と言っても、あたしよりは少し背が高いかしら?)


 あっと思った時は、柏木さんはあたしから離れてて、濡れた床に両手と両膝をついてて。あたしはあたしで慌ててパジャマの裾で足を隠して……で思わずその男の人を2度見しちゃったわけ。

 だってだって! その人があの菅公隆すがきみたかさんだったんだもの! ほらあの! 厚生労働大臣の!

 ──わお! メッシュの髪! 白のスリーピーススーツ! テレビで見るのと同じ! 

 なんで!? どうしてこんな人がこんな所に押しかけて来るの!?


 パニクッてるあたしなんかに目もくれず。遠慮なく部屋の中にずかずか入って来た大臣が柏木さんの前で乱暴に足を止めた。


「何をしていると聞いている」


 氷みたいな声だった。

 ……怒ってる。なんだか凄く、怒ってる!

 顔を上げず、黙ったままの柏木さん。鷲の手にして床を掴む手がカタカタ震えてる。


「言った筈だ! この女性ひとには手を出すなと!!」


 大臣が腕を振り上げる。その手には何もないけど、でも明らかな殺気が籠もってて。


「待って!」


 思わず叫んだけど、手は振り下ろされた後だった。柏木さんの身体がグラリと揺れて、濡れた床にバシャリと倒れた。一瞬遅れで血が真上に吹き上がって。

 眼を閉じて動かなくなっちゃった柏木さん。見れば右肩から先にある筈の腕が無い。腕はそっくりそのまま、少し離れた床の上に転がってる。その断面はまるで、日本刀か何かで斬られたみたいにスッパリ。再度振り上げられる右手。その手はやっぱり何も持ってない。刃物と呼べるような武器なんか何処にも無いの!


「お願い! やめて!!」


 駆け寄ろうとして、でもいつの間にか横に居た田中さんに腕を掴まれた。


「離して! あたしが悪いの! あたしが彼を挑発したのよ!」

「挑発?」


 聞き返す菅大臣は振り返りもしない。


「そうよ、卑怯な手で誘ったのはあたしなの! だから柏木さんは――」

「柏木は……悪くない?」


 今度こそ大臣がゆっくりこちらに向き直った。

 あたし、次の言葉が出なかった。じっとあたしの眼を見返す、その眼が底なしの闇だったから。昏くて深い、沼の底。

見てるわ。こっちを見てる。眼が離せない。沼の底から誰かが……沢山の何かがあたしの眼を覗きこんで――!

 気が遠くなりかけたあたしの肩を支えてくれたのは田中さん。その手がそっとあたしをベットに腰かけさせて。


「伯爵様。どうか仕置きはそこまでに」


 え? 


 あたしはまじまじと大臣を見つめ直した。そうなの? この人が伯爵・・? VPのトップ? 

 うそ! 信じられない! それなりに有名なこの人が? しかもこんなに若い人が?


「その伯爵っての、やめてくれない?」 


 あたしから田中さんへと視線を移した菅大臣。その切れ長の鋭い眼が、ジトリと田中さんを睨みつける。


「解ってるよ! 柏木はそのお嬢さんにあてられた(・・・・・)だけだって!」


 言いながら、柏木さんの傍にしゃがみ込んだ大臣。なにをするかと見ていたら、倒れて動かない柏木さんの髪をガシッと鷲掴みにしたの。そうやって頭を持ち上げて、強引にさっきと同じ格好で座らせたのよ。辛そうな顔して、でも声をあげない柏木さん。眼は硬く閉じたまま。


「伯爵様、ご慈悲を。おそらくは刹那の出来心なれば」

「そうさ! 出来心! 彼女は貴方が推すほどの人材だからね、予想はしてた。だから、だからこそ言ったんだ! 手を出すなと! 何度も念を押した! 釘を刺した! なのに背いた! この程度じゃ気が済まないね!」

「そこをどうか。伯爵様の寛大なるお心にて――」

「ああもうさっきから! 伯爵! 伯爵! うんざりだ! なぜわたし(・・・)なんです! 貴方・・が適任でしょう!」



 ちょっと芝居がかった仕草で両手を伸ばしたり広げたり。大股でイライラと言ったり来たり。そんな大臣を静かに眼で追う田中さん。

 

「貴方は類まれなる真祖・・であらせられる。強大な力と耐性をお持ちなれば」

「そう持ちあげられてもね。生まれついてのヴァンパイアが、そんな偉いとは思えないね!」


 なんて……なんて人かしら!? この人、テレビで見る顔と違って印象最悪! そんな大臣に、田中さんは辛抱強く向き合って、そして頭を下げて。


「……これ以上はどうか。幹部の損失は我等一族の存続にも関わりますれば」

「構うものか。柏木は私個人の持ち物だ。それをどうしようとわたしの勝手、法律的にも何の問題もない」


 ミシミシと音が鳴るほど手に力を籠める大臣。柏木さんの米神から赤い血が滲み出る。ギュッと口の両端を笑みの形に持ち上げた大臣が、柏木さんの耳に口を近づける。


「痛むかい? いいよ、このまま頭の皮を剥いでやるよ。顔の皮もね。そうすりゃそこの先生も、君を誘惑なんかしなくなるだろ?」


 ……ゾッとしたわ。

 ――だめ……だめよ! 柏木さんはあたしの頼みを訊いてくれようとしただけ! この前はハンター達からも庇ってくれた。桜子さんのことも、やり方はともかく本気で彼女を救おうとしてたみたいだし、いい人なのよ、すごくいい人なの! あたしなんかよりずっと価値のある人なんだから! 


 あたし、お腹にグッと力をためたわ。「いい加減にしなさいよこのドS!」とでも言ってやろうと思ったの。矛先があたしに向いても構やしないわ!

 でもね? いざ叫ぼうとして先を越されちゃった。それまで大臣を辛抱強く宥めてた田中さんが、力一杯怒鳴ったの。


「狼藉も大概になされ!!!」


 あたし、心臓が止まるほどびっくりしちゃった! それくらい遠慮のない声だった! 流石の大臣も、呆気に取られて彼を見上げて! 天井や壁がビリビリっと揺れて、飾ってた花瓶とかティーセットがガチャンと落ちて。(ああ! また!)


 そんな大臣に田中さんが一歩だけ近づいて、でもちょうどその時、カーテンの隙間から白い光がサッと差し込んだの。それを浴びた田中さんが「うっ」っと呻いて。肉が焼けるときの、あのジューって音がして。

 彼の頬から黒い煙の筋が立ちのぼる。でも田中さん、少し顔を背けただけで、構わず大臣に歩み寄って膝ついて、大臣の手の上に自分のそれを乗せたの。


「もう十分でっしゃろ」


 黒く焼け爛れていく頬。凄い迫力。大臣がその顔をじっと見て、諦めたようにため息をついたわ。

 

「……なぜ止めるんです? むしろ怒り心頭は貴方のほうでは?」

「かましまへん。がえらい迷惑かけましたわ。ほんま、このとおり」


 はぁ……娘? 

 え!? もしかしてあたしの事!? あたしが田中さんの娘ってこと!?


「……らしくない。西の伯爵ともあろう方が、わたしごときに頭を下げるとは」

「事態も差し迫っておりますれば、この子のこと、よろしゅうお頼み申します」

「見合いの件はともかく、そっちの方は本当に大丈夫? なんだか胸にばっかり栄養行ってる気がするんだけど?」

「ご安心を。今しがたその兆しが見えて御座います」

「そう。田中さんがそう言うなら安心かな。さっそくだ、急いで頼むよ佐井医師どの?」

「……え!?」


 あたし、娘がどうこうで混乱してたもんだから、いきなり振られてまたびっくり。てか……あたし。何か、頼まれてたっけ?

 そんな顔してたら大臣、足元に転がっていた柏木さんの腕を拾い上げた。無造作に放り投げられたそれが、あたしの膝上にドサリと乗っかる。まだ血が滴り体温の残る柏木さんの右の腕がビクッと跳ねる。


「それ、あなたに預けます」

「え?」

「聞いてるでしょ? 柏木から」

「何のこと?」

「え!? 聞いてない!? ……参ったな。柏木にしては手際が悪くない?」


 大臣がまたまた大きなため息をついて。あたしはもう何が何だか訳が解らない。


「まあいいや、後で本人に聞くといい。その腕は返す必要無いからね? この虎には腕一本無いくらいで丁度いい」

「丁度いいって……」

「わたしはこれで失礼するよ。そろそろ閣議が始まるんでね」


 いそいそと袖をめくり、腕の時計を確認した大臣が出口に向かう。扉の向こうから様子を窺っていたらしいメイドさん達があわてて逃げていく。怒ってたかと思えば急に普通に話したり、こんなもの寄越したかと思えば閣議がどうとか。なんて忙しい人かしら。

 その大臣が、ドアの外へと行きかけた足をピタリと止めた。


「先生! 麻生のことも頼むね! 彼も3日間、眠りっぱなしで!」


 さっきまでのが嘘みたいな爽やかな笑顔で手を振って、廊下に出たあと「車のキーかして! どれでもいいよ!」なんて叫んでる。

 メイドさんがキャーキャーいいながら駆け回る音。パタパタと玄関から飛び出す音。庭でエンジンがかかる音。急発進で飛び出す音。急ブレーキと、そしてまた発進音。

 その音もずっと向こうに遠ざかって……あたし、緊張したまま強張った身体をストンと降ろした。


 柏木さんがゲノムの事や弱点克服の手段がどうとか色々説明し出したけど、あたしは上の空だった。あの大臣、ううん、伯爵のそれがあんめりインパクトあり過ぎで。

 それに佐伯の予想も当たってた。「見合いの件はともかく……」なんて言ってたもの。ていうかさっきの何? 胸に栄養とか……失礼な事言ってなかった? 

 そーよ! 冗談じゃないわ! 誰があんたみたいなのと! あたしにだって、選ぶ権利はあるんですから!!


 柏木さんがふと窓の外を見て、また何か言いたそうにしたけど、あたしはコロンと横になっちゃった。柏木さんの逞しい右腕を抱き枕にしてね?

 ……いいじゃないこれくらい。とりあえずの嵐が去ったんだもの。

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