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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT47 秘められし力【柏木 宗一郎】

「柏木さん、あたしって魅力ない?」


 琥珀の瞳がじっとこちらをめつける。同胞も顔負けの白皙の肌はきめこまやか。煌めく光を集めつつ肩へと流れる漆黒の髪。


「だってそうでしょ? 男1人女1人、夜中にベットに2人きり。そんな状況で指1本触れないなんて」


 あの晩の出来事が脳裏に浮かぶ。気を失った麻生と佐井浅香を肩に担ぎ、赤ん坊を抱いた田中さんと共に、この屋敷に戻った時のこと。2人きりと彼女は言ったが、あの場にはもっと大勢の人間が居た。


 「まあ! 浅香先生……とこの方は麻生結弦? お嬢様は……?」

 「無事本懐を遂げられました。2人とこの子を頼みます。麻生と秋子様の子です」


 次の日、そして次の日も両者は目ざめず。子供をあやすメイド達の声が室内に響くばかり。

 「あの……佐井センセイの様子が変なんです。様子を見てくださいませんか?」

 早朝の用事から戻った私と、たまたま一緒だった田中氏にメイド頭は言った。我々はその足で彼女の部屋へと行き、入るなり仰天した。

 佐井浅香は目覚めていた。いや、本当に目覚めているのだろうか? 夜着の裾からのぞく白い足をせかせかと動かし、丈の長い袖をめくり上げ仕事・・に没頭していた。四方の壁に向き合い何かを書きなぐっているのだ。白い壁は白いままだ。彼女の手にはペンはおろか、何も握られてはいないのだから。

 「佐井さま?」

 呼びかけるも返答なし。目は虚ろ。

 「これは……」

 田中氏が何かに気付き言葉を無くす。わたしもその手の動きを追い納得した。

 A、G、C、T。彼女が夢中になって書いているのは、ただその4種のアルファベットだった。おそらくはDNAのコードを示す4種の文字。ひとしきり書き満足したのか、眼を閉じクタリとうずくまる。

 意識はないが、脈はある。息もある。横抱きにしてベットへと運ぶ際、彼女が小さな吐息を漏らした。揺れる白い首筋、捲れ上がった裾からのぞく滑らかな大腿。白い肌は……青く走る静脈をくっきりと映し出す。彼女の中に滾る血潮。それを意識するやいなや鼓動が打った。化け物の血を送りこむ、この心臓が。

 「柏木」

 たしなめる田中氏の声音はあくまで冷静だ。

 「今しがたも言われたやろ。手を出すなと」

 なるほど、冷静なようでいて、当の田中氏も平静ではない。彼が国の言葉を出す時はそういう時だ。

 「ええか? 儂はいい。この子は儂の娘や、この子がええと思うんならそれでもええ。せやけど、伯爵の命は絶対や」

 ――娘。そうなのだ。佐井浅香は田中氏の直系、それも実の娘であるらしい。

 「ジブンに取って、あの方はなんや? 親やろ? 逆ろうたら……」

 「解っています」

 「ならええが……儂は本部に戻るで。そろそろ伯爵様が来る頃やからな」


 この私を一人残し、部屋を出た彼の心中はいかほどだったか。




「……自信なくしちゃうわぁ。あたしって、自分で思ってるよりイケてない?」


 彼女はまるで、駄々をこねる子供のようだ。イケてない? 御冗談を。本当にそうであれば私も悩まずに済んだものを。

 とりあえず彼女をなだめるべきだろう。なんと返答すべきか。いいえ、あなたはこの世で一番美しい……とでも?(by snow white)

 しかし藪蛇に成り兼ねない。美しいなど言えば、なら○○して! などと詰め寄られる危険がある。あくまで冷静に、素直に謝るべきだろう、そう思い丁寧に謝罪したが、それすらも駄目らしい。いったい何が彼女に火をつけたのか。

 小悪魔の笑みを浮かべ、しみ一つない素足をゆっくりと組み、ベットに腰かけるその姿。

 ……なんという妖艶さだろうか。さらに言えば、なんとまた……想像を掻き立てられる格好だろうか。

 全裸ならまだ良かった。彼女は男物のナイトウェア姿なのだ。広く開きすぎた胸元。捲りあげた袖口。両の鎖骨下につづく滑らかな肌、それが作り出す豊かな半球を申し訳程度に隠すシルクの光沢。夜が明けきらぬ早朝ゆえの薄暮れの中、二つの双眸だけが肉食の獣の煌めきを放っている。紅潮した頬や額に浮かぶ細かな汗。時折キラリと光る雫が谷間へと流れ落ちていく。袖から覗く細い手首、白く繊細な指先。そのすべてが完璧。

 伯爵の言葉が遠くで響く。


 ≪佐井浅香には手を出すな。例のゲノム、解析させねばならない≫


 そうだ。あの方はそう言われた。聡明なる我が主、その言葉と言動にはいつもただただ肯くばかり。だが今回ばかりは賛同しかねる。ヴァンパイアはまさに呪われた種。神が与える試練にしても酷過ぎる。

 貴方も良くお解りのはず。かつえ、渇く喉を搔きむしる日々。永劫に満たされる事もなく、しかし決して死ぬ事は出来ず。

 ゲノムをいじくり、例えその弱点とやらを克服した所で何になろう。例え全ての個体が陽光を克服したとして、その存在を堂々と表に出せるのか。人を喰らう悪鬼に変わりは無いではないか。

 そして解らない。なぜ貴方様ともあろう方が、こんな女を選ばれたのか。決して高潔ではなく、純潔にも程遠いこの女を伴侶にと?

 永遠の命に憧れ志願者となる者は皆似たようなもの。たとえ聖母のごとき外見そとみでも、ひと皮剥けばその中身、浅ましき欲望が渦を巻く不浄の血。貴方に相応しいとは思えない。どうしてもと仰せならば……いっそこの手で──


 押して倒したその身体が芳しい香りを放つ。我を忘れるほどの芳香には違いない。柔らかな肩の肉に食い込む指先、軋む骨。小鳥の囀りに似た叫び。苦痛に歪むその表情かお。しかし覚悟を決めた眼差し。


 喉元に口を寄せ、牙を剥く。仲間にするためでは無い。けがれたその血を一滴残らず吸い尽くすため。闇の同胞は増やさぬ。それだけが、ヴァンパイアの道を選んだおのれが持つ、ただ一つの良心・・


 荒々しく扉が開かれたのはまさにその時だった。

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