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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT46 ご一緒しちゃった?【佐井 朝香】

 夢を見た。

 あたしはまだ小学生で、学校から帰る途中で。角を曲がって見えた家の門の前にお祖母ちゃんが立ってて。

『お帰りやす』

 って口を動かすお祖母ちゃん。その背中越しに、遠ざかっていく男の人。

 あ、あの人はたまに家に来るお客さんだ。背が高くて、長い髪の男の人。今日も来てたんだ。誰なの? お祖母ちゃんの彼氏さん?


 ぐっと肩を揺すられた。ああ、またお祖母ちゃんが起こしに来てくれたんだって思って眼を開けた。もちろんそこに居たのはお祖母ちゃんなんかじゃなくて。


「良かった。もうお目ざめにならないかと」


 心からホッとしたような声は、柏木さんのもの。気付けばここはベットの上。慌てて身を起こしたわ。ベット端の椅子に腰かける柏木さんが素敵な笑顔をこっちに向けてる。地味だけどたぶんオーダーメイドの黒スーツ。ネクタイは水色地に紺のストライプ。いつもどおり、完璧で隙の無いいつもの柏木さんスタイル。

 あたしの方もいつもの薄汚れた白衣……じゃない! なにこれ!? 素肌の上にブカブカのパジャマ! しかも袖口が折り返されてて、太ももが半分隠れちゃうくらい丈が長い、つまりは男物。誰の? まさか柏木さんの? え? ええ!? 


「もしかしてもしかしたらあたし! 柏木さんと!?」

「はい?」

「このベットでご一緒しちゃった!?」


 しばらくあたしの顔を見ていた柏木さん、右拳を口に当てて咳払いをひとつ。


「御安心下さい。わたくしはここへお運びしただけです。お着替えその他はすべてメイド達が」

「え? メイドさん?」


 あ! ほんと! ここ桜子さんのお屋敷じゃないの! ここも昨日使わせてもらったお部屋! 白いドレッサーに黒いヒダヒダカーテン。


「なあんだ、残念」

「残念? 何がです?」


 あたしは柏木さんの茶色い眼をじっと見返した。眼を逸らし、立ち上がった柏木さん。コーヒーでもとか何とか云いながら、サイフォン式のコーヒーメーカーをいじったりして。

 なにそのわざとらしい素っ気なさ。気付かなかったとは言わせないわ。貴方に逢ってから、ずっと隠さずにいたあたしの「貴方に気があるオーラ」に。

 自分で言うのもなんだけどあたし、見た目には結構自信があるんだから。それをこう……抱きかかえて? 色々と見えたり、触れちゃったりする訳じゃない? そしたらそしたら……普通はムラムラッと来るものじゃない?

 っていうか如何いかがわしい気分にならないまでも、真っ当なヴァンパイアなら当然ガブッとやりたくなるわよ!


「柏木さん」

「はい」

「あなた、ゲイ?」


 ガチャン! っと割れる音。床に目を落とせばカップとソーサーの無残な欠片。あらら、お湯までこんなに零しちゃって。

 サッとしゃがみこんだ柏木さんが、覚束おぼつかない手つきで拾いだして。


「やだ、大丈夫?」

「……し失礼いたしました。わたくしとしたことが……」


 うそ! 冬空に凍り付く真っ白な満月よりも冷静沈着な柏木さんが、粗相? しかも手際も何だか悪いし、滑舌まで? 

 いいわ! この際、ハッキリさせておいた方が良さそうね!


 あたしはベットから飛び降りて、彼の手を掴んだわ。


「柏木さん、あたしって魅力ない?」

「え?」

「だってそうでしょ? 男一人女一人、夜中にベットに2人きり。そんな状況で指1本触れないなんて」

「いえ、あの」

「……自信なくしちゃうわぁ。あたしって、自分で思ってるよりイケてない?」

「わたくしの言動が貴方を傷付けてしまったのならば、まことに申し訳ありません」


 ――な! なんなの!? 女がここまで本心をさらけ出してるのに、その事務的な態度!  なによ! こうなったらやけくそに挑発してやるんだから!


 ドサッとベットに腰かけて腕を組む。肌蹴た胸元から自慢の胸の一部がのぞく。片足をわざと大きく振り上げてから足を組む。見えそうで見えない、そんなタイミングで。


 1度は踵を返しかけた柏木さんだけど、でもその足が止まったわ。ゆっくりとこっちに向き直ったその瞳は黄金こがね色。

 ヴァンパイア特有のハッとするほど整ったその眼が、獰猛な肉食獣の眼に変わってる。ゆっくりとこちらに歩み寄って……瞬間、信じられない力でベットに押し倒された。思わず「あ!」って叫んだわ! だって、すごい力だったんだもの! 肩に鋼のような指先が食い込んで、ギリギリ音を立ててるんだもの!


 ――でも我慢しなきゃ! 今度こそ、待ちに待ったこの時が来たんだもの! しかもその相手は怖いほど強くてでもとっても素敵でしかも仕事が出来るあの柏木さんなのよ!?


 あたしは覚悟を決めて、眼を硬く閉じた。

 首筋に熱い吐息を感じたその瞬間ときだったわ。


「何をしている」


戸口の方で、若い男の人の声がしたの。

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