ACT43 幹部2人ってそりゃねぇぜ!【如月 魁人】
確信してたぜ? 弾丸が人間の肉にぶち当たる、そんな手応えをな。
だが見ろよ。弾が無傷で床を転がってやがる。チカチカ光る弾は俺の弾に間違いねぇ。有り得ねぇ、反則だぜ?
司令は司令で虚を衝かれたらしい。戸惑いがちな調子でそいつの名前呼びやがった。「……田中さん」ってな。
俺はいきなり割って入った男を睨みつけた。この視線を真っ向から受けとめるおっさん。50、いや60過ぎか? 洒落た羽織りに袴、歳の割にやたらと多い黒髪を肩まで伸ばしてビシッとオールバック。髭もきっちり剃ってやがる。普通に見りゃあ偉いどっかの先生だ。陶芸とか茶道とかのな。品が良すぎてとてもヴァンプにゃ見えねぇ。
武器らしいものは何もねぇ。まっさらの素手。それをただ両脇にダラっと下げてるだけ。どうやった? どうやってあの弾ぁ……
あと田中。田中。あの顔。思い出せねぇ。どっかで見た気がすんだがな。
俺の見立てじゃあ司令は幹部。人の身ですらキレッキレだった司令を、伯爵がヒラにしとく訳がねぇ。その司令に恭しくさん付けさせる上にこの見事な弾捌き。
違いねぇ。こいつも幹部。しかも司令より格上。
そりゃねぇよ! いきなり幹部2匹相手にしろってか!?
俺ぁ親指を撃鉄にのせ、カチリと起こした。出来るだけ遅い動作でだ。
田中の眼が金に変わる。
身体から立ち昇った何かが俺とそいつとの間に渦を巻く。グワッと視界が歪む。
これか。気か。さっき俺の弾を弾いた正体。人間にも硬気功、軟気功を練る奴が居る。それをヴァンプが会得したらどうなるか。練った気を自在に操作できんじゃね? 壁にするも鎧にするもお手の物。なるほど、手も足も動かさねぇで銃弾を捌けるわけだぜ。
一度起こした撃鉄を戻す。黒い眼に戻ったそいつがニヤリと笑い、気の渦が引っ込んだ。俺は銃口をそいつに向けたままちょっと考えたぜ。王手をそっくりそのまま返された、そんな気分だ。
「なあおっさん」
不躾な言い方だが、これもわざとだ。ぐいぐい押すタイプでもなさそうだし、ちょい突っついて反応見るべ。だが田中の野郎、眼に力込めたきり気ぃ悪くした風はねぇ。
こりゃマジで先生か? 一番俺の苦手なタイプ。
だがな! 上品ぶったところでその正体は薄汚ねぇヴァンプだ! 今すぐその化けの皮ぁ剥いでやるぜ?
「有り得ねぇよな。誇り高ぇヴァンプ様が、2体お出ましとか、マジ有り得ねぇ」
おうよ。ヴァンプって奴はふつう群れねぇ。2人以上で協力すんの見たことねぇし、聞いたこともねぇ。奴らなりの矜持って奴なんだろ。アリンコ相手に連携するなんぞプライドが許さねぇとよ。
ま、こっちはそれで好都合だったわけだ。あんな化けもんに何匹も来られたんじゃ堪ったもんじゃねぇ。
田中の眼がスッと細まる。片っぽの口の端を吊り上げる仕草。おうおう、痛いとこ突かれたって顔だ。そうだ怒れ、怒りやがれ!
「然様。まこと、仰る通り」
田中は怒らなかった。怒るどころか俺の言葉を肯定したあと「はははは!」っと大口開けて笑いだしやがった。
囲むクロイツ達がギョッと眼を剥いたぜ? 後ろに座る司令までがな。
「はははは、すまんすまん。言われてみれば至極もっとも」
こいつ、詫びまで入れたぜ? こりゃマジもんの大先生か。まだ笑い足りねぇのか、まだくっくっと込み上げるのこらえてら。兎にも角にもすっげぇ余裕。撃つなら今がチャンスだと思ったんだろう、クロイツの連中の指がトリガーにかかった。
「やめとけ。こいつは『気功師』だ」
「ほう?」
田中の片眉がピクンと跳ねた。
草履履きの足踏みしめながら、人懐っこい笑み浮かべてやがる。おもむろに両腕まで組んでよ? 何だよ、子供がオモチャでも見つけた顔しやがって。
「儂は田中与四郎と申す者。お若いの、名を聞かせて下さらんか?」
名乗った。正々堂々名乗りやがった。先生は流石に行儀がいいぜ。田中……与四郎。やっぱ聞いたことあるぜ。どこだ? どこでだ?
記憶の引き出し手当たり次第引っ張りながら口だけは動かしたぜ? 俺だってそんくらいの芸当は出来らぁ。
「如月だ。如月魁人。そいつみてぇな非常勤じゃねぇ、協会常勤のハンターよ」
無論そいつってのは結弦のことだ。プロのピアニストでハンター稼業は片手間、かといって腕がいまいちとかそんな風には思ってねぇ。何かを極めた奴は、別の何かも極められるって誰かが言ってたからな。だが奴の興味は別らしい。
「如月。其方もあの月を戴くか。面白い。実に……面白い!」
田中の気がいきなり膨れ上がった。
悪寒が背を駆け上がる。指が反射的に撃鉄を起こす。
俺は撃った! それを合図に、クロイツの連中も一斉に撃ちこんだ!
奴のそれが挑発だと気付いた時は遅かったんだ!
「伏せろおおおおおお!!!!」
「「……がっ!」」
「「ぐわっ!」」
方々でクロイツ達の悲鳴が上がる。俺はうつ伏せで床に張り付きながら様子を探った。血と硝煙の匂い。白い煙だか埃だかのせいでなんも見えねぇ。こっちに近づく靴の音。この音は……司令? とどめを刺す気か、さもなきゃ捕縛か。
俺ぁ即座に立とうとしたが、なんだ? 身体が動かねぇ! おもてェ石でも乗っかっちまったみてぇに! これも田中か!? マジやばくね!?
「待ち」
おお?
今度はあっちに「待った」がかかった。
かけたのは田中大先生だ。
なんでだ? なんで田中が? つか「待ちぃ」て……関西弁?
「解るな。退き時や」
靴の音が止まったぜ。流石の司令も、田中には逆らえねぇらしい。奴らの気配が消えるまで2秒もたつかたたねぇか。
いきなり金縛りが解けやがった。動く、動くぜ! ハンターどもの呻く声もする。俺ぁゴロっと仰向けになった。
「てめぇら、無事か?」
答える声は疎らだが、ひとまず良しだ。少なくとも全滅じゃねぇ。
いつのまにか靄が晴れてやがる。壁と天井。照明のライトがくっついてんのが良く見えらあ。
そうだ。思い出したぜ。田中与四郎。アルファベータ人材派遣の社主じゃねぇか。去年だかの新聞に載ってた奴だ。ついに正体晒しやがった。
こうしちゃ居られねぇ、さっさと報告――
俺ぁスマホの画面タップして司令の番号呼び出した。って……馬鹿か! 司令はもう居ねぇっつーの!
大の字になって眼ぇ閉じたぜ。少し休んでもいいだろ。司令亡き今、後始末やんのぜんぶ俺だからな。




