ACT3 仕損じまった!【如月 魁人】
俺は1人、新宿御苑の脇道を歩いてた。ブルーにライトアップされた木。ゆらゆら光る池。すげぇ。綺麗すぎて見惚れちまう。前と後ろにゃ外国人の観光客に、散歩歩きの酔っ払ったリーマン。良く見りゃ若ぇカップルも多いぜ、こいつらどっから来やがった?あのツーンと突っ立ってる建物もすげぇ。頭ポコポコ覗かせてるビル群もすげぇ。
副都心新宿なまらやべぇ!
なんて、昔は感心したもんだ。上京した当初は、な? 見回りが日課になった今となりゃあ感慨のカの字もありゃしねぇ。むしろ故郷のあの満天の星空とか、吹きっ晒しの草原にポツンと立つ掘立小屋が恋しいくれぇだ。慣れって奴ぁ切ないねぇ。
っと。居たぜ。2時の方角。やっぱり出やがった。司令が言ったとおりだ。運がいいぜ。奴さん、食事に夢中で全くこっちに気付いてねぇ。10、いや11間(約20m)、十分俺の射程内。うまいこと茂みに隠れたつもりだろうが、この俺の眼は誤魔化せねぇぜ? 薄汚ねぇヴァンプ野郎!
俺ぁ左右のホルスターから得物を2丁抜き取った。奴に向けつつ、親指で左右の撃鉄カチリと起こす。この拳銃シングルアクションだからよ、こうしねぇとタマ出ねぇのよ。思えばこれが悪かった。回転したシリンダーがライトアップの光を拾っちまった。つまりギラリと光った訳だ。
しまった。躱された。トリガー引いた瞬間、確かにあの眼がこっちを見た。当たるには当たったが心臓じゃなきゃ意味がねぇ。抜く前に起こしときゃ良かったんだ。
野郎が女をこっち側に突き飛ばす。俺ぁ下から狙いをつけた。女の手足の隙間狙って2発。が遠慮も祟ってまたもや外れ。奴ぁ桜の巨木に取り付いて、クルッと回ったかと思ったらそのまま音も立てず消えちまいやがった。
マジか。俺様としたことが。足で追っかけるって選択肢はねぇ。奴ら、その気になりゃあ大木だろうがマンションだろうがひょひょいのヒョイだ。とりあえずは被害者だ。
女が2人。1人は駄目だ。遅かった。極限まで搾り取られたんだろ、肌が枯れ木みてぇになっちまって。じき気化が始まるぜ? ヴァンプにやられた奴ぁヴァンプと同じ最期を辿る。死にゃあ塵も残らねぇ。
もう片方は……息はあるが駄目だな。眼がすっかりいっちまってら。サーヴァント化って奴だ。噛んだ野郎の言う事しか聞かねぇ。っと、早めに連絡入れねぇとな。
『司令、こちら如月』
『魁人くん、どうした』
『居たは居たが仕損じまった』
『目標の特徴は』
『見た目20代、男、背丈6尺(約182cm)、ヤセ型、茶髪、濃いめのグレースーツはアニエス。首と手首に金のアクセ』
『了解。リストに載っている個体を検索してみよう』
しゃっけぇ! と思えばベタっと頬に張り付いたのは桜の葉っぱか。……とと、アブねぇ! 大事なシャッポが飛ばされちまう!
『魁人くん!』
『どしたんすか?』
『君の弾丸の識別子に動きがある。御苑から時速50kmで北上中』
『それ俺のだ。当たったが突き抜けた感無かったからな』
……ちったぁ荷が下りたぜ。
おうよ。俺らハンターの持ち弾にゃ識別コードがついてんの。何処に居ても持ち主の居場所が解るわけ。
所詮俺らぁ飼い犬だ。プライバシーも何もあったもんじゃねぇ。が、こういう時は役に立つ。まんま発信機ってわけだ。
『で、奴は?』
『歌舞伎町で足を止めた。座標***/**/**』
『マジか、街中のど真ん中じゃん』
『ついでに目標も特定できた。佐伯裕也、女専門の長老組。魅了の能力持ちだ』
『長老!? 能力持ち!? まさか幹部じゃねぇだろな!』
『老いてはいるが下っ端だ。運が良かったな』
まじか! マジで俺は運いいぜ!
あ、運がいいってのは、幹部じゃなくて良かったって意味じゃねぇ。能力持ち相手にサシで勝負して生きて帰ったって意味で「運がいい」だ。どのヴァンプも多少の眼力を持ってるもんだが、せいぜい動きを止めるくれぇの効果しかねぇ。魅了ってのは傀儡化が可能な能力。相手を主と認識しちまう能力だ。佐伯とちょい眼ぇ合わすだけで、コロッと虜になっちまうって訳だ。捕まった女ども、喜んで喉差し出しただろ。女食いなら男の俺は食わねぇだろうが……十中八九、自分で自分の米神撃ち抜くハメになるだろな。
『魅了ってゴーグルで回避可能なんでしたっけ』
『そうだ。だが油断はするな。奴は格闘に長ける。決して接近戦に持ち込むな』
『へい』
……格闘家、ねぇ。ヒラだとかチャーム持ちとか、やったら情報細けぇの。司令、こっそり事務所抜け出してスパイ活動でもしてんのかね?
『早速だが戦闘員を1名投入した。援護にでも使うといい』
『了解。被害者ぁどうします?』
『医療班を向かわせた。サーヴァントの女性は到着次第回収させる。御遺体の方はそれまで持つまいね』
『へ? なんでそこまで解るんすか?』
『そりゃあ、さっきからここに居るからさ』
ポン、と肩を叩かれた俺ぁ飛び上がったね。言葉どおりよ。サングラスと黒スーツの男が真後ろにちょこんとしゃがんでた。見ねぇ顔だが、独特のオーラは確かに司令その人だ。誰にも素顔を晒さねぇのがモットーだそうで。
「司令! そういうの、ホントやめて欲しいんスけど! 気配消すとか、マジ心臓に悪いっていうか」
「君も君だよ魁人君。私の声がやたらと近いと思わなかったのかね?」
ん~まあ……そう言われりゃ。
「って司令! コマンド1名ってまさか司令のことスか!?」
「……不満かね?」
「いやいやいや、司令が俺なんかのフォローとか贅沢すぎるって言うか。てか司令は協会本部の司令塔でしょ? 指示役居なくなったら現場が困るっつーか、そもそも! 司令って呼ぶの俺だけで! ホントは司令、ハンター協会の事務局長でしょ!? 俺が怒られるんスよ? 事務屋を現場に出すなって!」
「しかしたまたま近くに居たからね。見て見ぬふりをするわけには行かないだろ?」
――うそだ! 絶対うそだ! 今までの被害状況分析したら今夜あたりのあそこが怪しいね魁人くん、なんて言ってたの、司令だもんね! 黙って座ってられねぇんだって。ぜってぇ現場に出たかったんだって。なんたって司令、銃こそ持たねぇがそこいらのハンターより強ぇもん。柔道空手合気道、道とつくものみぃんな段位持ってんだぜ? ついでに書道も師範代っていうから呆れちまう。
「先に行ってるよ魁人くん」
司令の声が聞こえたかと思ったら、ザア! と風が吹きやがった。吹き飛ばされたキャップを慌てて掴んだ俺。
「へ?」
視線を戻しゃあ司令が居ねぇ。散っていく黄色い葉っぱが飛んでるだけ。
……マジか。実は司令、ヴァンプだったりして?