ACT24 三角関係ね?【佐井 朝香】
「柏木さん! いったい――」
『シッ! 訳は後々。ここなら安全です。重ね重ね、お譲さま方をお願いします』
柏木さんの肩越しに、ピアノの前に立ってる桜子さんが見えて。その桜子さんの手が二つの音を奏でた。何の音かは解らないけど、オクターブだってのは解るけど。
なんだろう。この音。何だかずうっっと聴いていたいような、そんな音。思わず眼を閉じて、そしたら深い湖のほとりに立ってる自分がいて。わあ……冬の摩周湖ってこんなかしら?
灰色の空。突き刺さる空気。波ひとつ立たない水面。ぞっとするほど透明な、どこまでも深い水の底。
どうしよう。湖に入りたくて仕方がない。そうよ、帰らなきゃ!
足先が冷たい水に触れる。半円の孤を描き、広がっていく波紋。
――浅香さま!!!
肩を強く掴まれて我に返る。
「え?」
ぞろぞろと人が移動している。出口に殺到していたはずの人達が、黙って、人形みたいな生気のない眼で席についている。
「もしかして桜子さん、さっきの音で人間を?」
「そうです。聴いたものすべての自我を奪い、操る力です」
「あはっ! あたしいま柏木さんが居なかったら危なかった!」
「その程度で済み宜しゅう御座いました」
柏木さんが素敵な笑顔で微笑んだ、その肩越しに麻生と桜子さんの鋭い声がした。
見ると――ええ!!? 秋子さんが自分の喉にナイフを突きつけてる!
――――――キン!!
あたしが声を上げる前に、ナイフは叩き落されていた。
(桜子さんすっごい! 早い! 瞬間移動みたい!)
秋子さん、すぐに眼を閉じてぐったりしちゃって、そんな彼女をしっかりと抱きとめた桜子さん。
麻生がそばに駆け寄って、3人で何か話してる。良く聞き取れないけど、穏やかじゃない感じ?
ははーん、これはあれね。三角関係って奴ね。女2人に男1人。桜子さんも秋子さんもいい女だし? 彼じゃなくても迷っちゃうわよ。
そうこうするうちに秋子さん、砂で作った人形みたいにサラサラ崩れて消えちゃって。
もしかして麻生が撃った? いつの間に?
「……よくも……よくも秋子を……弄んでくれたわね」
桜子さん、怒ってる。そうなんだ、麻生、秋子さんのことを弄んで捨てたのね? いいだけ欲望のはけ口にしてポイっと。よくあるよくある! すごく大事な妹さんだって言ってたもの。妹をそんな風に扱われて、しかもあんな風に消えちゃったら……怒って当然よね?
すっかりヴァンパイアのそれに変わってしまった桜子さんがダッシュをかけた。麻生に向かい、突きだされる右手。
麻生も負けてない。
紙一重でかわしステップを踏んで距離を取り。
再び突進する桜子さん。そんな攻防が幾度となく繰り返されて。
そしてついに――横っ跳びに飛んた麻生の左手がタキシードの裾を跳ねあげた!
――――――パン!!
意外に軽く響いた銃声。
低く呻いて後退した桜子さんが左肩を押さえる。ほとばしる鮮血。見開かれた眼、悔しそうに歪む唇。
見る間に止まる出血。裂けたドレスの袖から覗く、白い綺麗な肌。
麻生は麻生で肩で大きく息を吐きながら、片膝をついている。あちこち裂けたタキシード。頬や口元には細かい裂傷。
二人の戦いはどこか他を寄せ付けない何かを孕んでたけど、でもあたしは柏木さんと約束した。桜子さんを守るって。
(……れ? お願いします、だっけ? ううん、同じことよね!)
あたし、なるべくそおっと舞台袖から狙いをつけた。
狙いは麻生の背中。要は動けなくすればいいのよ。彼も防弾チョッキくらいつけてるだろうから、死ぬ事はない。怖くなんかないわ。そしたら今度こそ、一緒に逃げましょう? 桜子さん?
一度息を大きく吐いて、あたしはPPKのトリガーを引いた。