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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
最終章 サプライズ編
148/148

ACT148 エピローグ【佐井 朝香】

 これってハッピーエンドよね? 何が面白いのか解らないけど、田中さん涙が出るくらい笑ってたし、ハムくんも嬉しそう。


 ……で。お話も終わったみたいだし、そろそろって麻生君を見れば、眼を真ん丸にして明後日の方を見てるじゃない。つられてその方を見て、あたしまで眼を奪われちゃった。


 再後席のあの一番高いところに、桜子さんと柏木さんが立ってたの。いつもの白いドレスと、黒のスーツを着て。うっすらと後ろの扉が透けて見えてて。二人とも笑ってて。振り返ればまだスヤスヤ眠ってる宗に秋桜ちゃん。で、もう一度そっちを見れば……もうその姿は何処にも無くて。

 目頭がキュッと熱くなって。でもガマンしたわ、まだ仕上げが残ってるもの。


『麻生君! ほら!』


 合図に気付いた麻生君が、噛みしめてた唇をフッと緩めて、そして――両腕を斜め上に持ち上げて――


 始まったわ! 大合唱の続き! 凄い音量! ホールの壁がビリビリしてる!


 もういいわね?! 泣いちゃってもいいわね!!? ガシッと宗が腰に抱き付いてきて。あはっ! 流石に起きたみたい! そしたらハムくんがこっちに手を伸ばして、宗の肩を強く抱いて。見れば麻生も、娘ちゃんに抱き付いて頬ずりなんかしてる。

 魁人も、陸翔くんの肩をバンバン叩い……ちゃダメ……! そっちはケガした方! 


 そんなあたし達を歌い手たちがあっと言う間に囲んで。手を繋がれたりして。あはっ! もう一緒に歌うしかないじゃない!

 ほんと凄い! 天をつんざくってこのことね! そして最後の……ほんとに最後のクライマックス! 




 余韻が唸る大ホール。ハムくんが、差し出された花束を受け取って。囲まれた人達に握手とか写真とかせがまれちゃって。

 可愛い~! ハムくんったら、すっごく照れてるの! でもやっぱりハムくんはハムくんね? すぐに我に返った顔して叫んだの。


「沢口! いる!?」

「ここです! すぐ後ろに!」

「記者会見の準備だ! いますぐ現状を国民達に伝えるんだ! 急げ! 閣僚たちを招集しろ!!」

「それについて、たった今、二木元総理から連絡が入りました!」

「え!? 二木さんが、なんだって!!?」

「会見内容についての閣議書はすでに回し終えたと! あとは総理の花押(閣僚の署名)を頂くだけだと!」

「ず……随分手回しがいいね! もしかして報道陣への手配も済んでる!?」

「すでに官邸に集まっています! 明日の朝刊の差し替えに間に合うかと!」


 群衆を押し分けながら、舞台袖に向かうハムくんたち。


「待ってハムくん! ひとつだけ言っておきたいことが!!」


 でも駄目! ぜんぜん聞こえてない! ほんとハムくんたちのお仕事って、息つく暇もないのよねぇ。



『本日を持ちまして、ラミア発症者――いわゆるヴァンパイアと呼ばれた存在が、日本において撲滅した事を宣言いたします』


 画面に大写しになったハムくんの顔に、パシャパシャっと焚かれるフラッシュが当たってる。あたしはリモコンのスイッチを押した。プツン、とブラックアウトするモニター画面。


「もう! ハムくんったらほんと早とちりなんだから」

「宜しいのではありませんか? 一応の区切りと、そう考えればいいのです」

「柏木さんったら、随分と丸くなったんじゃない?」


 あたしは腕を組んで椅子の背中に寄り掛かった。ギシッと軋む背板のスプリング。出入口の扉の傍に立ってるのは、黒スーツの柏木さん……の幽霊。

 ……驚かないわよ。死んだと思ったら生き返ったり。消えたと思えば当然のように出て来たり。柏木さんったらいつもそうだもの。


「大勢に影響はないでしょう。なにしろ貴方には通常のヴァンパイアが持つ悪しき特徴がない」

「血を吸わなきゃいい、迷惑かけないからいいって話じゃないわ。情報が正確じゃないって事が問題なのよ」

「まあ……そうですけどね」

「そうよ! あたしはまだヒトじゃない! ヴァンパイアのままなんだから!」


 そういう訳! あたし自身は治ってなんかいないの! ハムくんは直ったけど、ついでに宗も陸翔君も秋桜ちゃんも治っちゃって、桜子さんも柏木さんも憑依(?)出来なくなっちゃったけど! あたしは治ってない! あたしは医者であって患者じゃないもの! 自分で自分は治せないもの!


「ですが貴方の力はまだ必要です。この世のすべての人間から、ヴァンパイアゲノムが消え去らない限り」

「わかるわ。真祖はいつどこで出現するか解らない。そういうことよね?」


 柏木さんが何も言わずに頷いて。でもあたしは複雑。そりゃあ……もともとのあたしの願いは叶ったわよ? ずっとこの仕事を続けていたい。それがあたしの望みだもの。でもあたし……宗やハムくんとお別れしたくない。宗やその子供たちや孫たちが、歳をとって死んでしまっても……あたしだけが若いまま。


「あたし、この先ずっと……先に逝ってしまうしまう人達を送らなきゃならないの?」


 柏木さんが哀しそうな眼であたしを見て。あたし、また「あの言葉」を言われるのかと思って胸のあたりがキュッとして。でも柏木さんは言わなかった。ヴァンパイアの道は永遠の闇だって。


「いつか貴方も見つける筈です。田中氏が貴方を見つけたように」

「そうかしら」

「そうです。彼に依れば、ヴァンパイアは決して滅びない。滅びない理由わけがある」


 すっかり葉が枯れ落ちて、オレンジ色の柿もぜ~んぶがれちゃって。でもそのてっぺんに、しがみついてる柿の実がひとつだけ。来年も沢山実がなりますように。無事にすべて済みますようにって。

 ……そんな御役目・・・果たせるかしら。このあたしに。たった一人で。田中さんみたいに。


「貴方らしくもない。差し当たってやるべき事がおありでしょう?」

「え?」


 コンコン、とノックの音。ドアの摺りガラス越しに映る黒い人影。あたしを呼ぶ声。

 そうよね、ここは診療所で、あたしは診療医だもの。やるべき事は決まってる。

 カチャリとドアを開ける。廊下には点々と散る赤い血痕。


「またあなたなの? 無茶しないでってあれほど……いいわ! 早く入って?」




ヴァンパイアを殲滅せよ――FIN――





【参考文献】

 執筆にあたり、以下の文献及びネットにて公開された様々な情報を参考にさせて頂きました。篤くお礼申し上げます。


1) ジョン・バロウズ/原書監修 芳野靖夫/日本語版監修『クラシック作曲家大全』 、日東書院

2) 杉谷 昭子/編著『リスト・ピアノ名曲集』、ドレミ楽譜出版社

3) 野本由紀夫/校訂・解説『リスト パガニーニ大練習曲集』、全音楽譜出版社

4) 全音楽譜出版社出版部/編『ショパン エチュード集』、全音楽譜出版社

5) 尾崎哲夫/著『はじめての六法』、自由国民社

6) 杉之尾宣生/編著『現代語訳 孫子』、日経ビジネス人文庫

7) 次呂久英樹・高野耕一/文『孫子――戦わずして、勝つ』、パイインターナショナル

8) フェデリコ・バルバロ/訳『聖書』、講談社

9) 中村うさぎ、佐藤優『聖書を読む』、文藝春秋

10) 『チャート式 新生物』、数研出版

11) 山本兼一/著『利休にたずねよ』、PHP文芸文庫

12) 千宗佐ほか/監修『利休大事典』、淡交社

13) 菅直人/著『東電福島原発事故総理大臣として考えたこと』、幻冬舎新書

14) ロビン・M・ヘニッグ/著『ウイルスの反乱』、青土社

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