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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
最終章 サプライズ編
147/148

ACT147 田中氏の誠意【菅 公隆】

 サプライズ、なんて言葉を口にした田中さんの声がしゃがれている。込み上げる何かを堪えている、そんな声だ。


「感謝など何故わたしに?」

「皆、貴方を認めております。共存を前提とした政策、その為に身を粉にして来られた貴方の努力、そして誠意を」

「買い被だよ。わたし自身ヴァンパイアだったからね。法整備云々はそのための手段に過ぎない」


 ふ、とため息をつく田中さん。草履が擦れる音と、絹布が擦れる音。足を踏みかえ客席に向き直った姿が目に映る。


「いいえ。貴方は表向き人間となった後も、意見を曲げなかった。貴方はこの10年間、常に伯爵・・であった」

「伯爵? さっきわたしの事を、もと伯爵って言わなかった?」

「今の貴方は完全なる人間ヒトですからな。私も含め、もと伯爵(・・・・)でありましょう?」


 再びこちらに向き直った彼がこちらに手を差し出して来た。その手首にも赤い輪の徴がうっすらと残っている。


「みな心の底から、貴方様を敬い慕っとる。ただの1人も欠けず駆け付けたのがその証拠ですわ」

「え? 田中さんが命じたわけじゃ?」

「一言、案内(ぶみ)を送ったのみにて。完全なるヒトとなり、伯爵様をあっと言わしたい者これへと」


 いつの間にか関西のイントネーションになっている田中さん。両の手でわたしの手をがしりと掴んでさ、その力の強いことと言ったらないのさ。


「痛たた……それって悪戯心が背中を押しただけでは?」

「それもあるやも知れませんな」

「もって、他にもあるんですか?」

「大いにありますやろ。元々貴方のお達し(・・・)や」

「え? わたしが何か?」

「仰いました。ヴァンパイアゲノムを解析しヒトのそれへと組み替えるが悲願と」


 トン、と胸を突かれた気がした。そうだ。わたしはずっとそのワードを最終的な目的として掲げて来たんだ。ゲノム治療なんてあまりに先が見えないから、実を言えば言った本人がさほど期待してなかったのさ。それを田中さんは実現させようと動いてくれていた。そう言えば朝香を紹介してくれたのも田中さんじゃないか。


「如何です?」

「……え?」

「今宵の趣向。演奏も含めて楽しめましたかな?」

「えぇ。とても。三日三晩、生死の境を彷徨ったくらいに」


 満足気に眼を細める田中さん。そして今更ながら、その変わりようにハっとしたのさ。白く染まった髪に、目尻や口端に刻まれた深い皺。彼はすっかり歳を取ってしまっていた。おそらくは人であった時の、その時の年齢に。ならば残された時間は、あと少し。ほんの僅かなのでは?

 そんなわたしの思いを察したのか。田中さんがくしゃっと顔を綻ばせた。


「御案じ召されますな。わたくしは十分生き申した。70に届くだけでも天寿であろうものを……かようにも醜く、永く、生きさらばえ申した」


 わたしに取って岳父と呼ぶべき男の手。その大きく、厚ぼったい手がそっとこの手を離れ、羽織越しにその腹を撫でたから、わたしには解ってしまったのさ。


「その羽織の色、「利休茶」ではありませんか? その袴も確か――」


 田中さんの瞼がピクリと持ち上がる。流石にこの質問は唐突だっただろうからね。けど70という年齢と、その仕草。かねてからの推測を裏付けるに十分すぎる。およそ500年前、寿命は50とも言われていた安土桃山のあの時代に、「かの人」は70まで生きたとされている。秀吉の怒りを買い、武士でも無いのに切腹を命ぜられ、周囲の嘆願むなしく命を落とした茶道の筆頭、千利休。実名を千与四郎せんのよしろう。元の姓は……田中。

 ずっと、もしかしたらと思ってた。彼の庵の設え、名前、背格好、すべてがあまりにそうだったしね。でもまさかってね。聞くのも何だか怖くてね。

 利休茶りきゅうちゃ。やや緑を帯びる――その抹茶を思わせる明るい色合いは、千利休が好む色だったとか。


 田中さんはしばらくわたしの顔を見て豪胆に笑ってね。溢れた涙を袂で拭いながら言ったのさ。


「……袴の方は利休鼠りきゅうねず、ですな。如何なる色かと江戸に出かけ、手に取ればこれがなかなか。面白いものですな、このばかりが1人、歩いております故」


 どんな事情で田中さんが人ではなくなったのか。最期を見届けた武将の1人がそうだったのか。それとも最初から人ではない――真祖であったのか。

 時間が許せば聞いてみようか。信長や秀吉が、どんな人間であったか興味があるしね。

 ……深い詮索はしないさ。天下人達が何をしてどうやって人を動かしたのか知りたいだけさ。後学の為だよ。

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