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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
最終章 サプライズ編
144/148

ACT144 まさかのハロウィン【菅 公隆】

 チャキ! っと銃を構える音。発砲に至る再度のモーション。


 ――カチン!


 またもや不発。3度目だが、この感覚に慣れるという事は無く、むしろ緊張度は増している。浅い呼吸しか出来ない。顎を伝い、ポタリと垂れる脂汗。


「かように難しく考えずとも宜しい」


 って言われても、この状態で落ち着いて考えられるわけが無い。

 ん?

 朝香が口パクで何か言ってる。なんだろう? 

 ア? タ? オ、リ……?

 え? なに? ア? いや、タ? ……オ…………


「わかった! 誕生日! 彼女の! 朝香の誕生日だ!」


 一部の人間にはヤケクソに聞こえたかも知れない。だが確信ありだ。読唇を習ったことがあるわけではないが、あの動き、間違いない。そして自分自身の誕生日でないなら必然的に彼女のそれだ。きっと田中さんが朝香に聞いたんだ。誕生日の贈り物は何がいいかと。朝香は答える。このわたしの命が欲しいと。何しろわたしは佐伯の命を奪った仇だそうだからね。


 田中さんが呆気に取られた顔してる。正解? え? 違う? ほんとに違う?

 ごめん朝香。いや……その眼……怖すぎるからやめてくれるかな?


 田中さんが眼を配る。2度だ。2度引き金を引けと?

 仕方ない。不正解に加え、彼女の誕生日を覚えていないという失態に対するペナルティか。


 ――カチン(×2)!


 次こそはと覚悟を決めて身を硬くするも、またもや不発。魁人と麻生、どちらもだ。

 ここまでくると読めて来た。6発目が当たり、そういう事なんだろう。ギリギリまでわたしの反応を愉しむ気なのさ。無論操作は簡単だ。2人は折り紙付きのハンター、プロだからね。シリンダーを回す塩梅ぐらい心得てるって言うわけさ。

 ……いいさ。このバイタル、官邸内に届いてる筈だからね。異状の可能性に気付いた沢口たちが、色々手配してくれている。ヴァンパイアの弱点も把握済み。例えあの装置が作動しなくても、このホールごと水に沈めることだって出来るんだ。

 そう思い、顔を上げたその時だ。見てしまったのさ。ついさっきまでわたしと魁人が座っていた客席。その後席に沢口が座っているのをね。その隣には宇南山もいる。沢口の秘書官である日比谷麗子もね。彼女は旧姓使用者だけど、今や魁人の細君だ。

 あろうことか10(とぉ)になる息子まで連れている。腕に包帯を巻いたその子は……宗や秋桜と同じく眠っているのか。

 しかしそうか。そうだったんだ。国会の会期中にこうもすんなり事が運ぶとか思ってたけど……そうか。沢口も噛んでたのか。


「如何されました? そろそろ降参、ですかな?」

「いいえ」


 かぶりをふる。沢口の意図は解らない。ヴァンパイア達と手を組み、何を仕出かそうとしているのか。このわたしを吊るしあげ秘密裏に抹殺するくらいだ。良からぬ事には違いない。

 撃鉄の起きる音を遠くに聞く。頭のCPUはまだ回っている。どうせなら答えてもいいかとも思う。無論この事態とは何の関連もないだろう。正解である可能性はこれっぽちもない。わたしとはついぞ無縁の行事。だが街はその喧騒で溢れていた。今朝がたにベッド脇で鳴っていたラジオでも、大半のコメントはそれだった。国会中継の内容なんかそっちのけでね?


 一歩、足を踏み出す。自然と背筋が伸びる。


「今日は10月31日。ハロウィンです。しかもハロウィンにして満月。実に四十数年ぶりの偶然だそうですね?」


 カッ! っと眼を見開く群衆。フッと笑う田中さん。それに合わせるように、会場も忍ぶように笑いだす。……いいさ。笑いなよ。馬鹿な事を云いだす首相だと。


 1人、1人が立ち上がる。またぞろ……まるで大海原が波立つように。皆が皆、あのジャックオーランタンのような笑みを浮かべている。今頃は渋谷のあの場所も、思い思いの姿に扮した若者で賑わっているだろう。各地の大勢も我を忘れ、この日、この夜を大いに楽しんでいる筈だ。愉しんでくれているようで何よりだ。


 ああそうさ! 大いに楽しむといい! その眼で見届けるがいいさ! 「元伯爵」の惨めったらしい最期をね!


 ついにその時が来た。今度こそは不発じゃない、正真正銘、火薬の炸裂音だ。パッと散る血の飛沫。照明を受けやたらとキラキラ光る赤い軌跡。強く眼を閉じる。……がおかしい。撃たれた実感が無い。


 自分自身の経験はないが、柏木やその他のハンターは良く言っていた。胸部に受けても、急所を外れていれば反撃が可能だとか。32口径の弾を腹に受けた時、殴られるような衝撃はあったが痛みはほとんど感じなかった……が、意識はすぐに無くした、とか。


 2人の使用している弾は35口径(9mm)のマグナム弾。ライフル弾ほどではないにしろ、もう少しこう……衝撃があってもいいんじゃないのか? それともあれか? 見栄えが悪いとかそんな理由で、火薬の量を減らしているのか?


 足元を見下ろす。自分はまだこの舞台に2本の足で立っている。腕も無事。撃たれた事は確実だ。だってこの床に散っている赤い……赤いテープ?


「おい」

「え?」

「いつまでそうしてんだ? いい加減、気づけ」

「ええ!?」


 魁人が向けている銃口に、ヒラヒラした何かがぶら下がっている。短冊のような何かだ。何か文字が書いてある。T、R、I、C、K。


 振り向く。麻生の向ける銃口に似たものが。それにも……T、R、E、A、T。


「トリック、オアトリート?」


 がくんと膝が折れた。わたしは叫んだ。思いの丈を存分に解放した。

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