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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
最終章 サプライズ編
138/148

ACT138 やだ、寝ちゃった?【佐井 朝香】

 パリッと糊のきいた黒いタキシード。麻生君、相変わらずそういうカッコ、似合うわねぇ……


 あたしは彼をぼんやり眺めてた。マイク片手に、「お忙しい中ようこそ」とか、「癒しとなれば幸い」とか言うのを。そして「6曲続けてお聴きください」って。

「続けて」って事は、一曲弾くたびに拍手しなくてもいいって事よね? うっかり寝ちゃっても怒られないって事よね?


 え? どうしてそんな事って……ほら、クラシック、しかもピアノの曲とか、ついウトウトしちゃうじゃない?

 しちゃうわよ~! 別に退屈とかそんなんじゃなくて、子守唄にしか聴こえないから?

 小さい時からそう。起きてる自信なんかこれっぽっちも。ほらね、初っ端からこれだもの。透き通るような硬質のキラキラした音。それがもう……こんなに……遠い……


 気付いたらあたし、湖の畔に立ってた。

 ……また来ちゃった。桜子さんのピアノの音を初めて聴いた、あの時と同じ場所。灰色の空に、一面の湖面。深い、どこまでも深くて青い湖。ぐるりとあたしを囲む水平線。もしかしてこれ、湖じゃなくて……海?

 どこか遠くで鳴るピアノの音。音に合わせて、ひとつ、ふたつと重なる波紋。波間から垣間見える水の底で……誰かが呼ぶの。ここがあたしの帰るべき場所だって。足を踏み出してみる。あの時は、柏木さんに肩をギュッとされて我に返ったっけ。

 触れた水は冷たくなんかなくって。あたたかで。どんどん身体が沈んでいくのにまるで抵抗がない。すっごく馴染む。まるで自分自身の体液にでも漬かってるみたいに。


 揺蕩う自分。

 いい気持ち。

 当然ね?

 ここはそう、原始の海。命の始まり。


 ぐっ! っと左手を掴まれた。気付いたらあたし、びっしょり汗をかいて座ってた。眩しい舞台のライト。ここはコンサートホール。光の粒を照り返すグランドピアノ。座ったまま、手を膝に置く麻生君。


 隣を見れば、あたしの手を握りしめたままじっと前を向いてる田中さん。

 あは……あたしが居眠りしてる間に、全部終わっちゃった?

 座る人達がボーっとしてる。田中さんの向こうに座る、宗とハムくん、そのまた向こうに座る魁人も同じ。まるで人形みたいに、眼を見開いて。

 あの時と同じだわ。あの時も、桜子さんの音を聴いた人達がこんな風になったっけ。ふと舞台を見れば麻生が真面目な眼であたしを見てる。


 どう? うまく行った? 成功した?


『音ってもんは恐ろしいもんや』


 ボソリと呟いた田中さんが、そっとあたしの手からその手を離した。

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