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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
最終章 サプライズ編
136/148

ACT136 渾身の麻生【菅 公隆】

「う~~……さぶ!」


 立ち並ぶ高層ビルの一角。品のいいエントランスホールが透けて見えるドアの前で立ち止まった魁人。ぶるっと身体を振るわせて両腕を擦る。見れば二の腕にびっしりと鳥肌が立っている。


「きみの出身、北海道じゃなかったっけ?」

「道民だろうが寒ぃもんは寒ぃの。つかジャケット着てくりゃ良かったぜ」

「わたしの折角のコーデを台無しにした報いさ」

「あ?」


 いつだって遠慮のない横柄な態度。そんな魁人がズズっと鼻をすすりつつこっちを見る。そりゃ寒いよね。半袖のTシャツに膝がやっと隠れる丈のカーゴ。そうさ、彼はいま伍長時代の恰好してるのさ。黒革の編み上げブーツに同じ革地のグローブも健在だ。これでもかってくらい自己主張してるパイソンもね。

 それについてはまあいい。別に銃が見えてようがいまいが、免状持ちのハンターには一切の咎めがない。むしろそれこそが如月魁人だ。だから解らなくもないのさ。今夜は特別。取り巻きも居なけりゃSPも居ない。彼は彼なりに覚悟してわざわざ戦闘服に着替えたんだろう。……でもさ。クラシック鑑賞なんだよ? もう少し何とかならなかったかな。せめてわたしの選んだネクタイを生かす恰好をさ。Tシャツにそのネクタイって……


「なんだよ。てめぇこそいつもと違うじゃねぇか」

「ああ、これ?」


 まあわたしもカッチリとは言えないカジュアルな白のアンサンブルに着替えていたりする。首回りにゆったりした襞のある裾の長いスーツ。襟なし、タイ無し。足元が軽い。布地のスニーカーなんて履いたの学生以来かな。グレーの手製マスクと目深に被ったベレー帽はあれさ。世間の目を欺くアイテムだ。


「珍しく朝早くに起きてた朝香に手渡されたのさ。あの時カッコ良かったから~なんて言われて」

「あの時?」

「あれさ。ミクロの世界の住人になった、あの時」

「俺がヘルパーTだか何だかになっちまったあん時かぁ……ありゃマジでやばかったな」

「……だね」


 流石は朝香って言いたいね。わたしと魁人の間にいつの間にか生まれてしまった奇妙な連帯感はあれのせいだ。あの時の体験が大いに貢献してるに違いないのさ。

 玄関の両脇に立つ2人の黒スーツが、意味ありげな視線を寄越す。さりげなく視線を彼等と合わす。


「念を押すけど、招待客以外は例外なくシャットアウト。頼むよ?」


 黒服の1人が「了解」の合図。彼は宇南山拓斗。あの広い北海道で一、二を争う酪農牧場の御曹司。道議(道議会議員)も数多く輩出するあの家を飛び出して自衛隊員を志願した変わり者……なんて思ってたけど。

 魁人の見舞いに何度も足を運んだ彼を見ていて思ったのさ。こいつ、秘書官にどうかなって。いかにも純朴でひたむきで、それでいて凄く頭が回るのさ。機転がきくしそこそこの駆け引きも出来る。あの魁人がすっかり騙され……失敬、気に入るくらいだし本物かもってね。今や魁人より上の「政務担当(主席)秘書官」だ。

 悪いね。主席をこんな受付係に使っちゃってさ。他に立ち回りが出来る人材が無くてさ。


 煌びやかなエントランスを潜り抜ければ、カウンター前に立ついかにも(・・・・)支配人のオーラを放つ黒スーツの男。ってよく見れば。


そうじゃないか! どうしたんだい? 案内役でも任された?」

「えぇ。母さんが『あなたはここでこうしてるべきよ!』、なんて言い張るので」

「仕方なく?」

「いえ、わたくしも当事者ですし、何もせずに居るよりはお役に立てた方が宜しいかと思いましたので」


 宗は柏木の姿になるといつもこんな慇懃無礼なしゃべり方をする。生前の柏木の記憶があるっていうから仕方ないけど、わたしとしては複雑だ。実の息子に「マスター」なんて呼ばれるんだよ。それって……どうなのさ。


「そりゃまあ助かるし有難いけどさ。小学生の息子に頼むことじゃないよね」

「お言葉ですがマスター、わたくしは――」

「いいよいいよ、解ってる。少しは集まったのかい?」

「えぇ。名簿に載った方々はすべて場内にてお待ちです」

「すべてって、まさか全員?」

「はい。総勢550名、欠席者は御座いません」

「……流石だなぁ。本会議の出席率もこうだったらいいのにさ」


 わたしの軽口にクスリと笑い、しかしその眼は何処か哀し気だ。

 彼には事の全貌を明らかにはしていないけど、でも何かを察してるはずだ。田中さんの真意は解らないけど、でも招待された客たちを見て彼等が何者か知ったはずなんだ。彼等の反応如何によっては、わたし達家族、いやこの社会体制そのものが崩壊するってね。

 いや、今更言っても始まらない。


 無言で踵を返した宋──いや、今だけは柏木と呼ぼうか。わたし達を緋色の絨毯が敷かれた幅広の階段へと誘った柏木が、柔らかな緋の絨毯に足を乗せる。

 ふわりと冷たい雪が舞う。

 ハッとしたよ。ゆっくりと階段を登る彼の後姿にね。


 積もる雪を照らす薄明り。

 灰色の夜空に黒く聳える黒い十字架。


 何故だ。どうして今になって……こんな光景が見えるんだ。


 背骨が軋む。

 何かを背負う自分。

 これは……木の架台?

 自分自身を磔にするための?


 チャリンと何かが音を立てた。

 いつも手首に巻き付けている柏木の遺品、欠けた十字架のメダイが足元に落ちている。


 あはは……どうかしてる。

 このわたしが明るい未来を目指さなくてどうするのさ。


「宗、君も一緒に聴くんだろ?」

「えぇ。渾身の麻生が聴けると期待して来ましたから」

「渾身? もしかして麻生がそんな風に言ってた?」

「えぇ。曲目はすべて、わたし達1人1人をイメージして選んだと」

「わたし達って誰さ?」

「母さんと父さん、わたくしと如月魁人、そして田中さんの5人だそうです」

「田中さんも?」


 議事堂での一件が片付いたその後、生き残った仲間探しに奔走していた田中さん。

 実は彼こそが今夜の主催なのさ。彼から連絡が入ったのはほんの数日前。集めた「彼等」と内密に引き合わせたいから、是非にもお越し願いたい、なんて、あの有無を言わせぬ強引さで頼み込んできてさ。麻生結弦のピアノ演奏を聴きながら、なんて粋な趣向まで取り付けて来るもんだから、せっかくだし謹んでお受けした訳だ。(麻生と田中さんにそこまでの付き合いがあったなんてね!)


「どうぞ、こちらからお入りください」


 厚ぼったい両開きのドアの前で宗が立ち止まる。このドアは、最後尾の座席が並ぶ最上段の中央口。一瞬でホール全体が見渡せる位置、つまりは座席側からも一目でそれと解る場所だ。


 重い空気を押しのけ、ぐっとドアが開く。座っていた客たちがこちらを見上げる。


 ゾクリとした。彼等の眼が一斉に金色に光ったからさ。ライトの照り返しなんかじゃない。

 ……仕方ないかな。この10年間、こっち側の仕事にかまけて、彼等のことは田中さんに任せっぱなしだった。こんなハンターなんか引き連れて顔を出したら、警戒するのは当然だよね。


 腕をグリップに掛けた魁人の肩を軽く叩き、前に出た。こちらに敵意がないことを伝えないといけないからね。こちらは客だし、この場で謝辞諸々を述べても不自然じゃない。挨拶ついでに今までの怠慢も詫びようってね。


 会場をゆっくりと見渡しながら一礼。そのひとりひとりとなるべく眼を合わせ、口を開きかけたその時。


「これはこれは、ようこそお運びくださいました!」


 なんだよ。見れば、中央前よりの席の辺りに田中さんが立ってたのさ。

 いつもの装いだ。緑色の光沢を帯びる茶色の羽織に、やはり緑を帯びた鼠色の袴。ん……左肩に描かれてる柄だけがいつもの桜じゃない。冬のものだ。放射状に配置する葉の中央に、点々と描かれた白い花。ひいらぎの花だ。

 彼ったらさ、草履履きの足をキュキュッと言わせながら、両手を左右に広げながら段を登って来てさ。


「無沙汰を致しておりました! 道中、お冷えになられたでしょう?」


 なんて、まるで何事もなかったように声をかけてきたんだよ。とたん、場の空気が一変。和やかな喧騒に変わったのさ。彼等の眼に灯っていた火は何処へか。小声でおしゃべりしたり、徐にプログラムを開いたり。さっすが田中さんだなあ。いとも簡単に大勢の呼吸を掴んでしまう。


「申し訳ないね。手間を省いてもらって」

「とんでも御座いません。寧ろわたくしが出向くべき所なれば。はははっ! ついうっかりでは済まされませんな!」


 こんな所でもそんな風に笑っちゃうのが田中さん。


「礼を言います。このような場を設けてくださって、本当に」

「いえいえ、法の整備など大方整ったと聞き及びまして、そんな折に当方の支度が整いました故、これ以上の機会は無いかと判断したよし。ささっ! 急がねば始まります! どうぞこちらへ!」


 さっき田中さんが立ってた場所へと案内されて、行ってみれば席は4つ並んで空いている。魁人、わたし、宗の順に腰かけて、最後に田中さん。……あれ?


「ハムくん! 良かった!」


 田中さんの隣席はなんと朝香だった。さっきのさっきまで二人で居たって事だ。父と娘の5年ぶりのご対面、積もる話に花を咲かせてたに違いない。

 なんだ、「ついうっかり」なんて言って、そんな事情もあったんじゃないか。

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