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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第3章 朝香編
124/148

ACT124 その名はラミア【佐井 朝香】

「……」「……」「……」


 3人ともこっちを見たまま固まっちゃった。小鳥の囀りだけがピーチク耳に纏わりついて。


「……それ、何ですか?」

「これは柏木さんの血液塗抹像よ。血液をスライドグラスに薄く塗りつけて、紫色の色素で染めてから顕微鏡で観察したもの」


 3人の眼がタブレットをジッと見て。でもいまいちピンと来ないみたい。


「どう? 明らかに異常でしょ?」

「そう言われても、そんなの初めて見ますし」

「俺も」

「わたしも」


 そうなの? 今日日、調べようと思えばネットでいつでも閲覧できるのに?


「ほら、このピンクで可愛い丸いのが赤血球。酸素を運ぶヒトって事はもちろん知ってるわね?」


 流石にこれにはみんなが頷く。あたしはニッコリ笑って見せる。


「この紫に染まった核を持つのが白血球。中でも核が丸いのがリンパ球。くにゃっとくびれた核を持つのが好中球」

「細かい説明はいいぜ。とどのつまり、何処のどの辺が変なんだ?」


 魁人が少し辛そうに息をついて。

 ……いっけない、みんな本調子じゃなかったのに、つい。


「ごめんなさい。つまりは多いのよ。柏木さんの血は、このリンパ球の数が多すぎるの。赤血球の数より多いとか有り得ないわ」

「それって白血病って奴じゃね?」


 あたし、驚いて魁人を見た。だって、この中では一番こういう事に疎そうって言うか? 興味もなさそうだったし?


「んな顔すんなって。あれだ。俺の爺ちゃんが白血病だったわけだ」

「え?」

「身寄りは俺だけだから、説明とか色々受けた訳よ。癌になっちまった白血球がすっげぇ増えるんだろ?」

「……そうね。白血病、正確には悪性リンパ腫。主にTリンパが腫瘍化して増殖する疾患ね」

「そういやぁ医者がそんな言葉も使ってたぜ」

「それで? お爺様は?」

「死んだぜ。中学出てすぐにな。俺が上京する後押しに……なんて、俺の話はいんだよ! ヴァンプはつまり白血病みてぇなもんなのか?」


 何故か急に赤くなって、枕に乗せてた頭を横に向けた魁人。あたしはなかなか次の言葉を口に出来なくて。だってあたしもそうだったから。あたしの身寄りもお祖母ちゃんだけで、そのお祖母ちゃんの病名を知らされたのは中学受験のすぐ後で。

 勉強したわ。白血病の原因にも色々あって、レトロウイルスもそのひとつだとか、骨髄移植のドナーの事とか。

 あたし、ヴァンパイアに噛まれれば不老不死になれる、病気も治るって聞いて。お祖母ちゃんの意見なんか効きもしないで街を夜通し探し回って……そうしてるうちに病院から連絡が来て――


 ベランダに眼を向けると、赤かった太陽はすっかり色が抜けてた。木の枝葉越しに差し込む光が床のタイルをキラキラと照らしてる。あたし、ハムくんに「朝香?」って呼ばれるまで、その光を追ってたみたい。


「もしかして……泣いてる?」

「御免なさい、何でもないわ」


 あたしは慌てて背中を向けた。やだ、医者がこんなとこでこんな顔見せちゃダメじゃない。


「確かにリンパ球が異常に多いけど、白血病とは違う。すべてが正常リンパだった。ヴァンパイアが病気にならない理由はこれだった。免疫細胞の数が物凄く多いの」

「ではそのリンパ球とやらがヴァンプの大元な訳ですか? だから取り替えたらヒトになったと?」

「んー考え方は合ってるわ。ただし本体は別に居た。こっちよ」


 あたしは画像を出来る限り拡大して、血球と血球の間、つまり液体の血清部分を指差して見せる。


「え? 何も見えませんけど?」

「そうね、光学顕微鏡だとウイルスみたいな小さな粒子までは観察出来ないもの」

「ウイルス? それって先生が言ってた──」

「そうよ! 居たのよ! この血清中にウイルスの本体が居たの! 正確にはラブドウイルス科、リッサウイルス属に属する……いわゆる狂犬病ウイルスにそっくりな配列のゲノムが検出されたの!」


 ドキドキが止まらない。身体だけじゃない。頭の中で、沢山の何かが凄い速さで動いてる。


「ここからは少し専門的なお話になっちゃうけど、でもちゃんと聞いて欲しいの。

 ヴァンパイアの病態は、その取り扱いや社会的な位置付けをする上でとっても大事だから……だから……落ち着いて――」


「大丈夫? 落ち着くべきは君の方だと思うけど?」


 ハムくんに言われてあたしはやっと肺に溜まった空気を追い出した。

 はぁーー苦しかった! あたし、興奮するとつい息吐くの忘れちゃって、肺がパンパンに膨れちゃうのよね。


「ありがと。断わっておくけど、今から話す事はほとんどがあたしの推論、ただの仮説。ちゃんとしたに至るためには科学的手法による実験、つまり検証が必要よ。でもあながち見当外れでも無いと思うの。何故ヴァンパイアが歳を取らないのか、病気や老いに縁が無いのか、呼吸をしなくても凄い力が出せるのか、そのすべてに納得が行くのよ。ここまではいいかしら?」


 そう言いつつ振り向いてみたら、すっごく真面目な顔した彼等が一緒になって頷いて。


「まずはそうね。当事者になったつもりで聞いて?」

「当事者って、ヴァンプ患者の事ですか?」

「いいえ。ウイルスの方」

「……あはは……まさかのウイルス視点ですか?」

「そうよ。疑似体験を伴った方が頭に入るし、だいたい楽しいでしょ?」


 再び沈黙した3人。あたしは魁人のベッドの端っこに腰を降ろす。

眼を閉じる。

あたしも……あたし自身もなりきるために。

なにに?

もちろんウイルスに。

(そこ! 笑っちゃダメ! あたしは大真面目なんだからっ!)


 ラブドウイルスの外見は変わってる。一方が丸みを帯びた短い棒状。つまり弾丸にとても良く似た形をしてる。

 通常多面体の殻を持つウイルスの中では、独特と言える恰好なの。

 そんな形になった自分を連想してみる。

 とってもとっても小さい自分。

 細胞セルよりも、細菌バクテリアよりも、もっと小さい自分。


 ……なんだろう。

 水の流れを感じるわ。

 海底の魚の群れに混じって泳いでる気分。


 ここは何処?

 あたしは誰?

 あたしは……lamia(ラミア)

 lamia(ラミア) virus(ウイルス)


 ラミア?

ライマは確か、ラテン語で……ヴァンパイア。

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