ACT120 いい大人が3人で!【佐井 朝香】
「せんせい! 朝香せんせい!」
誰かがあたしを呼んでる。うん。聞こえるわ。とっても良く聞こえてる。でもまだ眠くて……身体がぜんぜん動かない。瞼が言う事きかないの。
「起きてください! 大変なんです!」
ぐいっと腕を掴まれる。いっけない! あたしったらうっかり4時間も?
「どうしたの!? まさか?」
あたしの問いに、看護師がふるふる首を振って。
「いいえ、3人とも気が付いたんです!」
「なあんだ、いい知らせね? そんな顔してるからてっきり心肺停止にでも!」
ゆっくり椅子から降りて、いそいそと白衣の皺を伸ばすあたしを見た看護師さんがまたまた声を張り上げた。
「急いでください! でないと一体どうなるか」
「どういうこと?」
「来ればわかります!」
なんてグイグイ背中押されて廊下に出たら、なるほどね。大きく開いた大部屋のドアから聞こえてくるのはあの3人の声。
「ふざけんな! 司令を仲間に変えちまったのはてめぇなんだからな!」
「同感です、元を正せば責任は貴方にある」
「だからあれは正当防衛だって言ってるだろ! だいたい柏木は望んで仲間になったんだ」
「なわけあるか! 俺らの司令はそんなんじゃねぇ!」
「君らのじゃない。わたしの柏木だ。事情も知らない奴にとやかく言われる筋合いは無いね!」
「あなた達!! 一体なにしてくれてんのよ!!!」
あたしの声に振り向く約3名。魁人がハムくんの胸倉を掴んでた手をゆっくりと離す。
フワリと泳ぐ白いカーテンと、隙間から降り注ぐ朝焼けの光。その赤い光を一身に浴びて、大の男3人が硬直してる。はだけた水色の患者衣。包帯巻いた首や手足が痛々しいったらありゃしない。
「一週間も意識不明の重体で、やっと眼を覚ましたと思えばこれ? 歩いていいなんて誰が言ったの!?」
あたしは腕を組んで、順繰りに3人の顔を眺める。静まりかえった部屋。開いたベランダの窓から飛んでいく小鳥たち。その鳥が葉の落ちた梢に沢山止まってピーチクしてる。実はここ、桜子さんのお屋敷。あの時病院どこも一杯で、じゃあ取りあえずってここに連れて来たんだけど? 設備とかむしろ充実してて、じゃあこのままでってなったわけ。
「答えなさい!? 何故こんな事になったの!?」
誰かがゴクンと唾を飲み込んで。
「いや、その……なぁ?」
「えぇ。菅さんが、喉が渇いたと言いだして。誰が買いに行く? って事になりまして、それで――」
「……呆れた。それがこの取っ組み合いの発端だって言うの?」
魁人がくしゃくしゃっと長い金髪かき上げて、ハムくんはそっぽを向いて。麻生だけが淡々とした足取りで自分のベッドに向かって。あたしは無言で魁人とハムくんにそれぞれのベッドを指さした。すごすごと引き上げる2人。腕から滴る血が包帯を濡らしてる。点滴自分で取っちゃうとか、ほんととんでもないことしてくれるわね?
「事の重要性が解ってないようだから言っとくわね? まずは魁人」
「あ?」
「あ? じゃない! ちゃんと横になりなさい? あなたの肺、片っぽ潰れてたのよ? あんなに血を吐いた人ひさびさに見たわ!」
「うっそ、肺って潰れんの?」
「そうよ! ついでに言えば、肝臓も破裂してた。あなた、ヴァンプ化したお馬さんに蹴られたんですって? 」
「へ? なんで知ってんの?」
「拓斗って子に聞いたわ。しかもそれを錠剤で抑えたってほんとなの?」
「まあな。いざって時に飲めって協会から支給される薬があるんでね」
「止血剤と痛み止めね?」
「そう……だぜ?」
ため息が出ちゃった。魁人ったらぜんぜん解ってないんだもの。だからあたし、魁人のベットに駆け寄った。