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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT118 今なら間に合う!【佐井 朝香】

 綺麗な細工の敷石の上に、ポツンと残されたスマートフォン。

 ああ、ほんとのほんとに柏木さん、この世から居なくなっちゃったんだなあって思ったら、また涙が溢れてきて。思い知らされた。あたし、柏木さんのこと大好きだった。男性としてもそうだけど、もっとこう……1人の人間として。

 いつも冷静で、何を考えてるのかちっとも解らないけど、いつも何かの為に身体を張ってた。神出鬼没で、腕が立って、実はとっても怖い人。取り澄ましながら、いつも何かを企ててる信用のおけない人。でもその根底にあるのは、人を守りたいと言う思いと、尊厳の気持ち。人間ひとだけじゃない、ヴァンパイアに対しても。彼らを滅ぼしたいと言いながら、桜子さんや伯爵をいつも気遣って。そんな人、知らない。自分よりも、他人の事でそこまで心を砕ける人なんて。どうしてそんな事が出来るの? よっぽど過去に何か?

 そんな柏木さんが、最後の最後に自分の為に行動した。大好きな伯爵に思いを伝えてその血を吸った。ありがとう。そう言って、この世界から消えた。どうして? どうしてあたしなんかにお礼を言うの? あたし、なんにもしてないのに。

そんな時、ぶっきらぼうで、どこかとぼけた魁人の声がして。


「ちょい教えてくんね?」

「なにかしら」


 聞き返したあたしに、魁人ったら意外そうな顔して、田中さんに向けてた眼をこっちに移したの。なあんだ、てっきりあたしに聞いたのかと思ったら違ったみたい。でも魁人、「まあいいぜ」って顔して言ったの。


「そいつ生きてんの? 死んでんの?」


 やだ! 言われてみればあたし、柏木さんの事で頭がいっぱいで、ハムくんの事忘れてた! ていうか? たかが骨折に失血。ヴァンパイアでしかも真祖の彼ならダメージの内にも入らないって、そんな風に思ってた!

 確かに彼、ぜんぜん動かない。シャツについた血の滲みも消えない。つまり、傷がぜんぜん治癒してない。柏木さんが無理矢理にこじ開けた肋骨と肋骨の隙間。握りこぶし大に開いたその隙間から、ピンク色の心臓がはっきり見えてる。その心臓は動いてない。拍動していないの。あたしは答えを返したわ。自分でも驚くほど冷静に。


「脈は無い。心臓は止まってる。生きてるとは言い難いわね」

「ふーん? じゃあ死んでんの?」


「違う」って答えたわ。心臓は無傷だからって。そうよ、ヴァンパイアは心臓を銀の弾丸で撃ち抜かれて、初めて「死んだ」と言えるんだもの。

 ……そういえば柏木さん。どうしてこの心臓を壊さなかったんだろう。その気になれば出来たわよね? もともと銀の弾丸が突き刺さってるんだから。あの力で押し込めば、簡単に穴が開く。そうすれば一緒に死ねる。好きな人と心中できて、しかもヴァンパイア撲滅にも手が貸せて、まさに一石二鳥じゃない?

 あたしは夢中で胸腔を探った。でもあるはずのそれは見当たらない。で気付いた。柏木さんのスマホの傍に、黒い弾丸が転がっている事に。


「じゃあ待ってりゃ生き返んの?」


 魁人の声がイラついてる。そりゃあ焦れるわよね。あたしの答え、さっきからどっちつかず。


「すぐには無理かも。必要な血液が残ってないから」


 やっぱり曖昧な答えしか返せないあたし。仕方ないじゃない。血を全部抜き取られた人間なら見た事あるけど、ヴァンパイアのそれは初めてだもの。でも魁人は彼なりに納得したみたい。グッと口元引き締めて、あたしとハムくんに向けてた銃の撃鉄に指をかける。


「とどのつまり、死んじゃいねぇが当分は動けねぇ。そういう事だな?」


 ガチリと撃鉄が起きる音。あたしは咄嗟に眼を閉じて。でも頭のどこかで「まだ行ける」って思った。大丈夫だって。今までもそうだったから、今度だって…………ほら……来た。


 あたしはそっと眼を開けた。魁人が怪訝に眉を寄せて、振動を始めたスマホを見てる。黒い画面に浮かぶ白い文字は……日比谷麗子。


「出てくんね?」


 魁人がこっちに向かって顎をしゃくって。


「んな時に麗子さんが無駄な連絡寄越すわけ無ぇ。無視して後で怒られんのもヤだからな」


 なんて言って。もちろんその通りにしたわ! あたし、もしかして神様か守護霊さんに守られてるのかも!

 (なによその眼。医者にだってロマンは必要よ?)


 電話に出たのがあたしだった事に、麗子はあまり驚かなかった。彼女が言うには、とにかく写真だけは一杯撮ったから見て欲しいって。遺伝子の解析結果も、出したはいいけど自分には何がなんだかさっぱりだって。


「了解。すぐ確認するわね?」


 何度か画面をタップして画像を出して、データ化した数値を読んで。そしてすべてが繋がった。あたしの中でずっと疑問だったすべてが。


「お疲れ麗子。もうそっちでやれる事は無いわ。残りの検体、消えちゃったんでしょ?」


 ええ、と一言だけで肯定した麗子が通話を切った。それ以上は何も聞かずにね。このタイミングで検体である肉片その他が消えるのは当然。本体が滅べば肉体は消滅する。彼女たぶん解ってた。柏木さんが死んじゃったんだって。でも感傷に浸ってる時間なんか無い。


「魁人! 銃を仕舞ってこっちに来て! 菅さんを運ぶの!」

「……は?」

「救急車も呼んで!? ほら急いで! 今ならまだ間に合うわ!」

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