ACT117 残るは田中【如月 魁人】
立つ鳥跡を濁さずってか。司令らしいぜ。
さっきまで司令が居た床は、もとの白黒ピカピカ石だ。うっすらの滲みすらねぇ。ま、司令に限らずヴァンプってのはそういうもんか。髪の毛一本も残んねぇのが奴らだもんな。
って良く見りゃスマホだけ消えねぇで残ってら。
仰向けに横たわる伯爵は息してねぇ。司令にあけられた胸の穴も塞ってねぇ。そんな伯爵をじっと見つめる田中に女医。
天井からは息詰めて待機する狙撃の気配。なるほど拓斗の奴、逃げたんじゃねぇ、外に知らせに行った訳だ。6階分の高さがあるが奴らなら何て事ねぇ。
意識を田中に戻す。その視線に気付いたか? 眼ぇ細めて俺の目ぇ見返す田中。
俺ぁ突っついてみる事にした。この場を預かった指揮官としてな。仕切り直す筈の相手がどうなったのかも知らねぇでコトは進められねぇ。
「ちょい教えてくんね?」
「なにかしら」
俺ぁ田中に聞いたつもりだったんだが、反応したのは女医の方だ。
意外だったぜ? さっきまで魂抜けちまった人形みてぇに座り込んでた先生が、しっかりした眼つきでこっちを見たんだ。
あんたもなんできっちり生きてっかな。ま、答えてくれるんなら誰でもいいけど。
「そいつ、生きてんの? 死んでんの?」
したら女医、田中とそっくりにスぅっと眼ぇ細めてよ?
「脈は無い。心臓は止まってる。生きてるとは言い難いわね」
「ふーん? じゃあ死んでんの?」
「違うわ。心臓は無傷だもの」
「じゃあ待ってりゃ生き返んの?」
「すぐには無理かも。必要な血液が残ってないから」
「とどのつまり、死んじゃいねぇが当分は動けねぇ。そういう事だな?」
俺ぁ親指で撃鉄を起こした。狙いは伯爵と女医だ。約束の5分はとっくに過ぎたしな。
女医が眼を閉じ、田中が組んでた腕をほどいた、まさにその瞬間、ブーンと鳴り出したのさ。司令の黒いスマホがな。