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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT116 許してあげる【佐井 朝香】

 長い夢から覚めたとき、あたしは暗がりの中に居た。石の床が硬くてひんやり……そうだった! ここって議事堂! あたし、麻生に撃たれたんだっけ!

 でもあたし……生きてる? 総理も眠ってるだけみたい。呼吸も安定してる。さっきの弾、模擬弾かなにかだったのかしら?


 うーんと思いっきり伸びをして、もう一度横になって目を閉じる。

 ……なによ。いいじゃない。今すっごくいいとこだったんだから続き続き! 素敵だったわぁ……柏木さんの牧師姿。紋付羽織の田中さんも。 新郎のハムくんなんかもう最高だったんだから! 指輪を嵌めて、いざ誓いのキスって時に目が覚めたのよ? 続きが見たくてとうぜんでしょ?

 でも誰かが大声で叫んでるのが聞こえて、起き上がってそっちを見れば暗がりに人が居る。ギクッとしたわ。血の匂いが凄いの。そうだった、呑気してる場合なんかじゃ無かった。

 

そおっとそっちに近づいてみる。膝を付いて座ってるのは田中さんとハムくん。わ……床に倒れてるタキシードの人って――


「麻生くん……死んじゃった?」


 あたしの声にハムくんが振り向く。でいきなりびっくりされちゃった。

 どうも彼、あたしがこうして立ってるのが信じられないみたい。このあたしの心臓が止まってた、なんてしどろもどろに言うのよ。いつもの冷静な彼がすっごく慌てちゃって、それがあんまり可笑しくて、


「ハムくんったら、日本語変よ?」


 なんて揶揄からかったら怒られちゃった。って言うか、いっけない! ついみんなの前でハムくん(・・・・)なんて! 

 あわてて口を押えたあたしをやっぱり不思議な顔で見て、首を傾げて。なによ、あたし幽霊とかじゃ無いわよ?


「そんな事よりきみ――」


 言いかけたその言葉をあたしは遮った。後ろ後ろって! だって、菅さんの後ろで、ぬっと立ち上がった人影が明らかに人でもヴァンパイアでも無かったんだもの! 何かに例えれば……案山子かかし? 木の骨組みで作った案山子が、手足をギクシャクさせながら立ちあがった感じ? 振り向いた菅さんもビクッとして固まって。見上げたままでそれに声をかけた。


「柏木?」


 あたし、その名前を聞いてそれが柏木さんだって初めて気付いたの。言われて見れば確かにそう。男性的な眉、オールバックに撫でつけた髪、額にハラリとかかる前髪が数本。いつもの黒スーツじゃないけど、ラフなジャケットをスタイリッシュに着こなした完璧なプロポーション。

 でも違う。柏木さんの姿と形をしてるけど、ぜったいに違う。だいたいあれは生き物(・・・)じゃない! しかもそれ(・・)が物凄いポテンシャルを持ってるのが解る! 人畜無害じゃ有り得ない!

 田中さんもそう思ったみたい。袴の裾がひるがえったと思ったら、あっと言う間に麻生君を抱えて逃げちゃった。反対側でガチっと音がしたから見てみれば、リボルバーを両手に構える魁人くんがいて。

 でもハムくんは違った。逃げるとか、戦うとか、そういう気持ちはまるで無い。ううん、むしろ好意的?  両膝ついて座ったまま、見上げるその眼はどうみてもあの柏木さん(・・・・)に向ける目なの。

 でもダメ! あたしの予感、当たるんだから!


「柏木! わたしだ! 聞こえるか!?」


 だめ! そんな大声で呼んだら、それが眼を覚ましちゃう!


 足を踏み出そうとして凍り付いた。見ちゃったの。ゆっくり見開かれたそれの眼を。感情なんて何処にもない、近くで見たら夢に見そうな無機質な血の塊を。

そいつの右手がゆっくりと持ち上がる。機械的な。自動で動くロボットのアームみたいな動き。

 ハムくん! 魁人としゃべってる場合じゃないわ! 前を見て! もう! どう見ても首を狙って――


 思いっきりハムくんを突き飛ばしたわ! 運動量保存則よろしく、その場にペタンと尻もち着いたあたし。くいっとあたしに顔を向けるそれ(・・)。ゆっくりとその手が今度はこっちに近づいてきて。音が消える。身体が動かない。ぎゅっと眼を閉じる。またやっちゃった。つい後先考えずに動いちゃう。これで終わり? 今度こそ?

 でも嫌な音がしたの。それは人の骨を力づくでへし折る音。


 おそるおそる眼を開ける。そしたら眼の前に、ぐったりした菅さんを抱き締める柏木さんがいて。ああ、柏木さんが、柏木さんに戻ってる。さっきとは雰囲気がぜんぜん違う。そう思って名前を呼んでみたら、チラっとこっちを見た眼が笑った。


 どうして? どうしてそんな幸せそうな顔してるの? やっと願いが叶った、そんな眼をして。


 ハムくんの足が地面から離れてる。右腕なんか有り得ない方向に曲がってる。本当なら止めなきゃいけない、そんな恐ろしい光景をあたしはぼうっと眺めてた。柏木さんがその牙を剥き出しにして彼の首に持って行った時も。

どうしてって……?

それはね、ハムくんが辛そうには見えなかったから。むしろうっとりしてるように見えたから。聞いた事あるわ。ヴァンパイア同士の吸血は究極の愛情表現だって。あの人達には男も女も無い。特に主従を結ぶ同士なら良くある事だって。


 もしかして柏木さん。ずっと彼の事が好きだったのかしら。

 だからあんなに誘っても手を出さなかった? 「ゲイ?」なんて半分ふざけて聞いた時も、あんなに慌てた?

 貴方は言ったわ、「伯爵様を頼む」って。桜子さんの時みたく「魂を救って」って意味だと思ってたけど、でも違うのね?


 初めて貴方に遭った時、貴方は悪意の籠った眼であたしを見た。あたしは伯爵様の許婚。貴方に取っては恋敵だったから。

 でもいざって時に伯爵に呼ばれたのはこのあたし。悔しかったのよね? ほんとは自分が行きたいのにって。

 でも笑顔で送り出した。伯爵が望んだのがあたしだったから。本当に彼の事が好きだったから。

 だとしたら、とっても辛かったわよね。いつも傍に居て、好きって言いたくて、でも出来ない。

 

 されるがままの彼。眼を閉じて、その唇が何かささやいてる。耳では聞き取れない。でも柏木さんには解ったみたい。

 いつもの素敵なバリトンボイスで、彼に「許しをくれるか」って聞いてる。何をって……決まってる。そういう事よね? 別にあたしが言われたわけでも何でもないのに、ドキンとしちゃった。いいなあって。

 ハムくんはあたしの許婚だけど、でも柏木さんなら許してあげる。てかあたしも言われてみたい!



 柏木さんが彼の身体をそっと床に横たえた時、その逞しい肩や背中は崩壊を始めてた。ヴァンパイアの最期。ほんとうにこれっきり。手や足が崩れて、細かい砂になっていく。

 柏木さんの唇が動いてる。あたしを見ながら、微笑みながら。あたし、涙が止まらなくて……でも確かに見えた。彼が「ありがとう」って言ったのが。

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