ACT112 チャンスなのによ!【如月 魁人】
「しかもなにさ? こんなとこに大事な銃を置いたままでさ」
……は?
さすがの俺も血の気が引いたぜ! 伯爵の足元に転がるそれ。真っ赤な血でヒタヒタになっちまってるが、チラッと覗く黒い肌が放つブルーの光沢。キャメルブラウンのグリップ、気に入りの6インチのバレル。んでもって左のホルスターは……空っぽ。
違ぇねぇ、ありゃ俺のだ! 司令の手ぇ握る時、何気なくに下に置いたんだ! マジか!? 間抜けか!!? うっかり、じゃあ済まされねぇ!!
伯爵の野郎、油断のならねぇ黒眼勝ちの眼ぇスッと細めてニヤついてやがる。
「じゃあさ、予想してみる? 君の残り弾は2発。つまりそことここに1発ずつ。それを踏まえたわたしがどうするか」
んあ? 予想!? てめぇがどうするかって!?
薄暗ぇ空間に、粉雪が、チラチラっと舞い出した。天井に穴でも開いたのだろ、冷てぇ風まで吹きこんで来やがった。
もちろん雪なんか、俺に取っちゃあ珍しくも何ともねぇ。今ん時期、地元じゃイヤってほど降るからな。起きたらまず雪かきってな。そんな馴染みのの雪が、ほっぺたにも耳たぶにもくっついて、じわっと溶ける。んな冷てぇ感覚が、さっき姫にしてやった耳のピアスに触れてビリっと来た時……ハッとしたね。
そうだった。何もかも終わったら姫と一緒に帰るって決めたじゃねぇか。ソイを肴に冷えたビールで乾杯するってよ。パニクってる場合じゃねぇ。やっちまった事は仕方ねぇ。スイッチは切り替えねぇと。
俺も負けずにニヤリとやって見せたぜ。乗んねぇよ? てめぇのお遊びなんかに付き合ってられっかよ!
「バカか? 行動予測は口にしねぇからこそ有効なんだろよ」
……胸糞悪ぃ。何のこたぁねぇ、奴ぁカマかけやがったのよ。質問にかこつけて答え合わせがしたかったんだ。
残弾が2ってのは正しいが、だからってこっちとあっちに1発ずつとは限らねぇ。こっちかあっちに2発ともって可能性もあるわけだ。奴ぁ返答次第でそれが知れる、なんて踏んだんだ。
したら奴め、「ふーん?」なんつってまたまたニンマリ笑いやがる。
「気に入らねぇな。その何でもお見通しって顔が特にな」
「気に障ったんなら謝るよ。たださ、君はすごく解りやすいから」
「そうかい、なら今度は教えてくれよ。俺が何しようとしてんのかをよ」
「断るよ。行動予測は口にしたら無効なんだろ?」
――くそっ! どこまでも馬鹿にしてやがる!
奴がゆらりっと立ち上がった。ヴァンプってのはみぃんなこんな立ち方しやがる。
俺は構えてたコルトを奴の動きにシンクロさせた。野郎、ピッタリロックオンされてるってのに、肩でも凝ったみてぇに首左右に動かしたり、両腕ぶらぶらさせたり。
「準備運動のつもりか? 余裕こいてられんのも今のうちだぜ」
俺も余裕ぶって言ってやったが……実のところ胸撫でおろしてた。いくら自信過剰のヴァンプ様でも銃に頼らねぇ保証は無ぇ。あの銃拾われたら終わりだった。だってアレには弾が2発とも入ってんだからよ?
おうよ。堂々奴に向けてるこのコルト、タマなんか残ってねぇの。何でそんな事態になっちまったかって……俺……右利きだもんよ。飛んでるタマ狙い撃つ、なんつー神技、流石の俺も左じゃ無理なの。
俺のパイソンは左と右6+6の12発。
左は上に飛んだ司令に1発、結弦ん弾の並走用に3発、計4発。
右は最初の迎撃用に1発、後の迎撃2+2の4発、最後に結弦の撃ったパラベラム弾のケツに当てて計6発。
そりゃあ先に空になるってもんだ。奴がそこまで見てなかったのは幸いだ。とっととケリつけてやんぜ?
「どうしたのさ、怖気づいたのかい?」
ちょっかいのつもりだろう。動かねぇ俺に流石に焦れたか?
俺ぁ返答代わりにスッと腰を落としてみせた。手首と指をピクっとさせながらな。普段はやらねぇ、わざわざぶっ放すタイミング教えるような真似はよ?
てめぇ言ってくれたよな? 俺は解りやすいってな。上等だ。俺の行動、予測出来るもんならして見やがれ!!
なんて思った時にゃあ奴さん、俺の真ん前に居た。やっぱ速ぇな、ヴァンプってやつは!
奴の左手がこのコルトに伸びる。そりゃそうだ。まず銃から封じんのが最適解。手ごと掴んで自慢の怪力で捻じ折って、それからゆっくり嬲り殺しってわけだ。そうはさせねぇがな!
俺は右手をサッと降ろした。ストンとホルスターに納まるコルト。まさか銃降ろすとは思わなかったんだろ、奴が「え?」って顔をした。俺の手ぇ狙うはずだった手はなんにもねぇ空間を掠っただけ。
(はは! ザマぁ見ろ!! いつものすまし顔が呆気に取られてら!)
踏鞴踏んで前のめりになった、今がチャンスだ。遊んだ右手をすかさず掴んだぜ。右足軸にしてしゃがみ込みながらな。こうなりゃヴァンプも人と変わらねぇ。てめぇの勢いも余って嫌でも膝を付くしかねぇのさ。おっと、反撃なんかさせるかよ!
掴んだ手首を後ろ手にして捻りあげる。司令にみっちり叩き込まれた合気道の関節技よ。ついでにもう片っぽの手もクロスさせて上に捻る。こんな返しされた事ねぇんだろ、伯爵の野郎、ろくに抵抗も出来ねぇ。
「撃て! 結弦!!」
「……!?」
さっすが結弦、とっくにコルト拾ってスタンバってた。俺ぁ初めから撃つ気なんかねぇ、結弦にあのコルトを使わせる為にてめぇをこっちに呼んだのよ。ツーカーってな。あの地下で組んでた年数は伊達じゃねぇ、とうぜん弾数も把握してんだろ。
俺ぁ無理やり伯爵の身体持ち上げて、結弦の真ん前に押し出した。しっかり押さえててやっからよ、安心して標的になんな!!
カチリと鳴るこの音ぁ……結弦が撃鉄起こした音だ。
俺ぁ眼ぇつぶってその瞬間を待った。しばらく待って……そんでもってまた待って……結弦? 何してる?
「彼はいま見えてないんだよ? いったいどうやって撃てって言うのさ」
伯爵の言葉に俺ぁ閉じていた眼を開けた。結弦も閉じてた眼をうっすら開けたところだ。その瞳孔は黒くねぇ。白く濁った眼ん玉が、俺とこいつを映してるだけだ。
へ? おま……マジで見えてなかったの? さっきのブラフじゃ無かったの?
でもま……大したこっちゃねぇな? てめぇは結弦だもんな?
「奴ぁ撃てる。眼が無くても耳がある。だろ結弦。この声で距離ぁ解るな? 位置もよ?」
結弦の眉がぐっと寄った。右の手が微かに震えてんのは……不安からか? 流石のお前も、見えねぇ眼で当てるんは難しいか? なら――
「も少し右、そうだ、それでいい。パラベラムとは威力が違ぇから反動に気ぃつけな。なぁに、多少のズレはその威力がカバーするさ」
「そうか威力」
「あ?」
「そうだろ? その威力だよ! だから麻生は撃たない。撃てないんじゃなくて、撃たないのさ!」
「黙ってろ!」
俺ぁいきなり口出してきやがった伯爵に思いっきり蹴り入れてやった。腰のど真ん中、人間なら一発で参っちまう所によ。が大人しくなったのも一瞬だけ。やっぱヴァンプの親玉だ。
「マグナム弾の威力は君が良く知ってるだろ? 当たればわたしだけじゃない、君だって――」
「黙れっつってんだろ!」
俺ぁ奴の頭の毛掴んで、これでもかってくれぇ床にぶち当てた。何度もだ。容赦なんかしねぇ、血が結構飛び散ったが……構やしねぇ、ヴァンプがこの程度で参るもんかよ。そのうちにぐったりした奴の身体を起こして見りゃあ……奴め、まだニヤっと笑ってやがる。俺は奴の首に腕を回した。柔道の締め技だ。流石に苦しかったか、声にならねぇ声を上げた伯爵の身体が固まった。したらチャリンと音がして、後ろ手になった左手から何かが落っこちた。見りゃ、さっき司令が落としたロザリオだ。なんでこいつがこんなもん持ってやがんだ?
俺ぁもう一度結弦に眼ぇ向けた。そして眼ぇ疑った。奴の親指が撃鉄を押したのよ。カチリとな。コッキングする前の状態に戻しやがったんだ。
「なんでだ結弦! 伯爵殺れる絶好のチャンスだろうが!!」
結弦は答えねぇ。白い雪が、点々と床の模様を埋めていく。そして口開いたのは伯爵だ。
「解ったろ。麻生が撃たないのは、君を殺したくないからさ」
「バカ言え……ハンターってもんは何よりも使命を優先するもんだ。自分と仲間の命、両方背負い込んでんだよ」
「魁人こそ」
「あ?」
「魁人こそ、サーヴァントになりかけた僕を助けに来てくれたよね。命令違反までして」
俺ぁ押し黙った。そんな事もあったかも知れねぇ。だがありゃあ――
「そりゃあ後々結弦が居た方が作戦的に有利だからだ。感情に流されたわけじゃねぇ」
「僕もさ。これは感情に流された選択じゃない。作戦さ。提案があるんですが、聞いてくれますか? 伯爵殿?」
俺らに銃口向けたまま、ゆっくり立ち上がる結弦。提案てお前……なに考えてやがる?




