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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT107 その本質は詭道【柏木 宗一郎】

 渾身の投擲だった。しかも狙いは脚。その弾にまっすぐに当てるには身体を曲げるか倒すか、つまりは不自然な体勢を取らざるを得ない。それを咄嗟に、かつ正確に。流石だよ魁人くん。生まれ持った眼と勘。その上での鍛錬の賜物、というわけだね?

 右手人差し指の先が熱い。ヴァンパイアは銀の弾丸を受け付けない。触れれば肉を焼く傷となり、癒す手段は生き血のみ。

 ……生きた……血。つい先ほど口にした魁人の――

 たちまちに湧き出す生唾、あわや口の端から滴り落ちようとしたそれを手の甲で押しとどめる。とく、とく、と規則正しく拍動していた心臓がやおらその勢いを増し始める。まるで野獣だ。ごく僅かに意識しただけでこれだ。


 すでに飛び起き、構えている魁人。続く麻生。窓からの薄明りが仄暗いホール中央に立ち尽くす両者の頬をくっきりと照らしている。魁人と麻生。この2人は性格もタイプもまるで違う。

 魁人は身体能力と戦闘センスに恵まれ、判断と行動が早い。今の動きも見事だった。直情に走る故かしばしば読み違うが、それだけが玉にキズか。

 一方の麻生は慎重に物事を進めるタイプだ。動かぬかと見せかけ大胆に行動する意外性も持つ。そんな麻生が口にした『戦闘の本質は詭道』、なるほど。私があの地下室に居座っていた時分に彼らに紐解かせた兵法書――孫子の言葉だ。

 当時の麻生は殊更に問答を求めたものだ。詭道すなわち敵を欺くやり方は、卑劣な行為に当たるのではないかと。

 頷くより他はない。この国の民は古来より正攻法を良しとする気質が強い。若ければ尚更。しかし孫武の思想は敵国をも視野に入れた広いもの。かつ老子の思想──「正を以て国を治め、奇を以て兵を用う」を継ぐものなのだ。

 つまりは戦争、特に武力戦は本質的に変法である。その思想の根源にあるものは、人材と資源の温存に他ならぬ。真っ向からただ両者懸命に殺し合うだけの戦、火を放ち地や家屋を焼き払い、不毛と化したその地で得た勝利が何になろう。

 故に曰く、「いざ戦争となれば、それは最小限の損失を以て終結せねばならぬ」

 個のいくさも同じ。死をも厭わぬハンターだろうと、安易に我が身を犠牲にするべきではない。自身の身体は貴重な資源。故に詭道は王道。


 麻生と魁人の囁く声が耳に入る。互いの弾数を確認する声。魁人が10、麻生が5。

 こちらを向く銃口、半身の背をピタリと合わせ、まっすぐに腕を伸ばしたその恰好。

 均整の取れた身体、腕、強い光を宿す両の眼。美しい獲物だ。美しく、強い。

 そんな獲物を狩り、屠る。これ以上の喜びがあるだろうか。断末魔の叫びを聴く、そして啜る生き血の香しさ、それ以上の悦びが?

 チリ、と胸元で鳴った銀のロザリオ。右の手が咄嗟の十字を切る。


しゅよ、我が悲願が叶う、いまこの時に感謝いたします』


 伯爵が、我があるじがこちらを見ている。白雪を織り込む髪、いまはまだ黒く塗れる血の瞳。

 かつて私はその姿に黙示録の少年を見た。災いの到来を告げる美しき使徒。いや:……魔物か、御使いか、それともしゅそのものか、未だ判然とせぬかの少年に。

 我があるじ。貴方も変わらず美しい。その胸を抉る感触は今もこの手に蘇る。苦痛に歪むその御顔も、か細げなその呻きも、この私には至高の悦び。かのキリストをゴルゴダに送ったユダの真意が……良く解る。えぇ、とても良く。小高き丘に運ばれし木の架台。そのはりにその手首を打ち付けた時、貴方はどんな顔をするだろう。両の足も無理矢理に捩じり、ひとつに揃え杭で打つ。死に切れぬその身体を貫けば、温かな血が湧いて出るだろう。その血は……おそらくは最もかぐわしいそれは……さぞや……


 ≪ぬしがすがるものはなんや? 別の何者と伯爵様を重ねてはおらぬか?≫


 またもや音を鳴らしたロザリオを、硬く握りしめる。


『主よ、あの2人に祝福を。そして私と、私のあの方に……安らかなる永遠の滅びを』



 弾丸が放たれる。狙いはこの胸。


 視界を金に染める。

 金の虹彩は我らの威嚇色。かつ、冷静なる判断力を保持しつつ、我らの能力を発揮できる万能色。「最大値」を引き出すは緋色だが、あれは謂わば諸刃のつるぎ。制御し難く消耗激しく、自身の破滅を呼びかねない。


 迫る弾頭は2つ。


 先頭は麻生の放った直径9mmの協会支給弾、右に回転しつつ音速とほぼ同じ速度で接近中。やや遅れてその右手、5cmずれた軌道上を魁人の弾丸が左回りで走行中。視覚的位置より遅れての通過音、流石にマグナム弾、軽く音速を超えている。

 なるほど。絶妙のタイミングだ。いち早く着弾するのは「遅れて撃ったはずの魁人の弾丸」という。


 人差し指と中指の第1、第2関節を軽く曲げ、着弾直前の魁人の弾を摘み取る。その回転に合わせ手首を回しつつ。最大限の優しさを以て。肌を焼く純銀弾、摩擦は最小限であるべきだ。


 数秒の体感時間を経て接近した麻生の弾も、同様の心得を以って回収する。回転が逆である事にも注意を払う。


 間髪入れず2発ともに投擲。狙いは魁人の眉間と喉笛。人間には捕えられぬ筈のこの過程、しかし魁人の視線は確実にこの動きを捕えている。すでに両腕を伸ばし、次なる発砲動作を終えている。シングルアクションでその早さは驚異的。迎撃され、垂直に落下する4つの弾頭。


 再度、同じ手順が踏まれた。麻生と魁人が撃った弾を私が掴み、投げ返し、それを魁人が撃墜するという一連の過程が。

 両者、そのタイミングは全く同じ。転がる弾の位置もすべて。またもや同じ構えを取る2人。残弾、麻生3魁人4。


「また同じ事をするならば、弾の無駄だと思うのだがね」


 魁人は答えず上唇を舐め……それが何かしらの合図だったのか。麻生が不意に狙いを変え、2発続けて撃ち込んだ。静観を決め込み、壁を背に佇んでいた伯爵へと。

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