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ヴァンパイアを殲滅せよ  作者: 金糸雀
第2章 伯爵編
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ACT105 地下室の記憶【麻生 結弦】

 背中を預け合う僕と魁人。懐かしいな。あの地下室ではいつもこんな感じでやってたんです。


 まだ僕が音大生だった頃。個人レッスンがいつも以上に長引いてしまった、そんな日です。急いで帰ると門前で魁人が待っていた。目深にキャップ被って、腰にホルスター2つも下げて。まったく。ハンターじゃなかったら即通報されてるよね。


「遅ぇじゃねぇか。またいつもの先生か?」

「うん。なかなか解放してくれなくて」

「ピアノねぇ……。お前に取っちゃあ本業かもだが、こっちの事も忘れんな。免状取りてぇならな」

「そこまで言う? 遅れたの、たった5分だよ?」

「てめぇ……そのたかが5分間、どんだけ俺がヤキモキしたと思ってんだ? ヴァンプの襲撃か、呼び出しかってな」

「ごめん、心配かけたね」

「違ぇよ。俺の時間取られんのがヤなの」


 2つ年下の魁人ははっきり言って態度が大きい。仮にも先輩の僕に向かっていつもこんな口をきく。何でも、騎手になりたくて上京したらしいんだけど、体重乗り過ぎた、なんて理由で諦めたとか。

 そんな彼は高校にも行かずひたすら訓練に精を出す。もともと身体能力に恵まれた上、地元でも結構鍛えてたらしくて。今じゃ僕より全然格上。

 ……やっかみはしません。嫌いでもない。彼の物言いは別に威張ってるわけでも何でもなくて、単なる性分だって知ってるし、実はとっても情が厚い。動物、特に大の馬狂いで、実際に1頭飼っていて、歩けばその馬の話しかしない。普通はもっと……女の子の話とかもするよね? でも全然なんだ。前に振ったら、「東京の女は怖ぇ」なんて意味わからない事言ってたし。


 玄関脇に地下に抜けるドアがあって、その階段を下りる途中、いつも何かしらの曲が聴こえるんだけど、今日はヴァイオリン。父さんの音色です。


「誰の曲だ? やけにもの悲しいじゃねぇか」

「メンデルスゾーンだね。ヴァイオリン協奏曲、ホ短調。気に入った?」

「まさか。これから稽古だってのに、テンション下がっちまうぜ」

「そう? 僕はどんな曲でもイメトレにいいと思うけど。魁人にも聴ける耳があればね」

「ほざけ。俺はてめぇと違って――」


 眼の前の光景を見て僕も思わず口を噤んだ。地下室で待っていたそれの佇まいが普段と違ったから。

 いつもは血痕だらけのボロきれ纏って床に蹲ってるそれが上品なタキシードを着ていたんです。しかも何処から調達したのか、木目調の綺麗なデスクと、揃いのデザインの椅子にきちんと腰かけて、一冊の本に眼を落としている。手足にだけはいつも通りの枷が嵌められていたけど。


「今夜はまず理論から始めよう」


 パタンと本を閉じて、それが腰を上げた。


「どした? 壊れたヴァンプ様が変なもんでも食って、ますます頭がヤられちまったのか?」


 魁人がクルクルっと両手の銃を回して、ピタっとそれに狙いを定めた。狙うといっても、照星を的に一致させ、それを照門の間に置く、なんて一般的なやり方じゃない。腰だめで狙う西部の保安官スタイルだ。よくそんなで当たるよね。よっぽど生まれながらの射撃センスがあるんだろう。


「そのカッコ、お誕生日か? どこのどいつか知らねぇが、んなガラクタ持ち込んで、こいつに何させようってんだ?」

「私が頼んだのだよ。あの方は快く応じて下さった」

「あの方? だれだそいつぁ」

「君達が『元帥』と呼ぶ方だよ。他に質問はあるかね?」

「『かね』だあ? 薄ぎたねぇヴァンプ風情が気取った上に教官気取りか、ふざけんな!」


 魁人の両手指がトリガーを引いた。打ちっ放しの天井、壁に炸裂音が木霊する。しかしそれは倒れず、平然と立ったまま。身体の何処にも着弾の痕はない。手首に繋がる銀の鎖が微かに揺れてるだけ。

 まさか魁人が外したのかと一応それの背後を見たけど、壁にそれらしい痕跡はない。

 しばしの静寂。僕と魁人が唖然と見守る中、それが手を差し出して見せる。鳥肌が立ちました。上に向けた手の平には、さっき撃った弾頭が二つ、乗っていたんです。銀とはっきり区別する為に、青く塗られた弾丸が。


「なんだ……? てめぇ今……なにしやがった?」

「魁人くん。君の眼なら見えたのではないかね?」


 フフッと笑うその仕草はとても理知的で、物の道理が解ったような……そう、化け物というよりは人間に近い。そこらのヴァンプとは違う貫禄のようなものがあって。だから僕は腰に差したベレッタを抜き取ることもせず、ただ黙ってその佇まいに見惚れるしかなくて。けれど魁人は違ったらしい。


「俺を気やすく呼ぶんじゃねぇえええ!!!!!」


 腰だめじゃない、腕をまっすぐ前に伸ばしてトリガーを引く魁人。彼がそんな撃ち方をする時はよほどの時だ。より精密な狙いを要する時。でもその目標がどんなに撃っても倒れない。パイソンは左右合わせても12発。すぐに弾は尽きた。

 パラパラっと……鉛の弾が床に転がる音。落ちている、その数は11。ひとつ足りない。


「……あ……」


 魁人がペタンと尻もちをついた。

 左肩を抑える右手の隙間から赤い血が流れている。僕は即座に駆け寄りました。


 理解はできた。それ(・・)が弾丸をすべて掴み取り、そのうちひとつを魁人に投げ返したのだと。しかも必要最小限の動きでだ。あの鎖の揺れ方を見れば解ります。もし大げさに動かせば、鎖がぶつかり合う音がする筈だから。

 まさにそのジャラリ(・・・)と言う音がして、眼を向ければぼんやり煙る硝煙の向こう、それがさっきの本を手に取っている。背表紙には「孫子」の印字。

 孫子。2人の孫子がしたためたとされるその書は、僕たちハンターが一度は紐解く兵法書の古典です。僕はいつもコーヒー片手に読むんだけど、そんな僕を魁人はいつも呆れて見てたりする。

 その魁人はといえば、まだ固まっている。血まみれになった手は小刻みに震え、眼は驚愕に見開かれたまま。


「魁人、傷を見せて」

「……バケモンだ」

「え?」

「奴ぁ片手で……しかも手首の『返し』だけで全弾絡め取りやがった」

「今のが見えたの!?」


 微かに首を縦に動かして、その顎先から雫が1滴ポタリと落ちる。


「指と指の隙間に3個ずつ、合計9個のタマ挟んだその手のスナップで、最後の1個を返して寄越した」

「……すごい」

「ああ。奴ぁ正真正銘バケモンだ」

「いや、君が、ね」


 おそらく魁人は、相手の実力を確かめるために敢えて「数を撃てば当たる」的な撃ち方をしたんだろう。ヴァンパイアに匹敵する動体視力があってこその試みだ。僕には真似できない。僕に出来る事。それは――


 魁人の口から鋭い呻き声が漏れる。今頃になって痛みが襲って来たんだろう。赤く染まる彼の手をそっと退けると、ぶわりと血液が溢れ出た。傷は盲貫もうかん。動脈はやられてないみたいだけど、動かそうとすると腕がビクンと跳ねるし、弾が骨か関節に当たる嫌な音もします。僕には手が出せない。息を荒げる魁人の額に脂汗が滲んでいる。


「僕の番だ。魁人は少し休んでて」

「どうする気だ?」


 僕は立ち上がると、魁人を庇うような恰好でそれと向き合った。いえ、それ(・・)などと呼ぶのはもうめにしましょう。

 本に落としていたの眼がゆっくりと僕に向けられ、その焦点が僕の眼にピタリと合う。その目がスっと細まった時……

 何とか堪えましたよ、卒倒しそうになるのをね。


「お尋ねしたいことがあります」

「何かね?」

「貴方ほどの人が何故?」

「……ん?」

「下っ端ならともかく、幹部クラスを生かしたまま捕える。そんな力を協会が持っているとは思えません」

「……嬉しいね。君は理論派のようだ」


 満足気にほほ笑えむその仕草に見覚えがあるような無いような。でも思い出せません。過去に取り逃がした個体のひとつでしょうか?


「では論理的思考(logical thinking)の鍛錬と行こう。如何にして協会が私を飼育・・する事となったのか、君なりに推察してみたまえ」

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