ACT101 仲間割れか?【如月 魁人】
鳴り響いてた銃声が唐突に止んだ。音の余韻がウワーンと耳ん中で木霊してやがる。俺ぁアタマ振ってその音を追い出した。見りゃあ拓斗も同じことしてら。
「いいか拓斗、奴らの動きは速ぇ。最初は瞬間移動にしか見えねぇ。足音も立てねぇ」
「え、じゃどうやって狙いを?」
「そうだな。自分を見失わねぇうちは何とかなるかもな」
「自分、ですか」
「とにかく焦るな。眼、耳、鼻、そして肌の感覚を研ぎ澄ませろ」
「……眼と耳は解りますが、はだ?」
「ハンターなりの空気を読めってこった。慣れりゃあ離れた相手でも先が読めるようになるぜ」
「へぇ! すごいっすね!」
「俺ぁガキん頃から野山で鍛えてっからな。中学ん時ぁ出くわしたヒグマとか相手にしたっけな。あん時ぁ流石に死ぬかと――」
真面目くさって聞いてた拓斗が、バッと眼ぇ見開いた。俺の武勇伝に驚いたんかと思ったら違ったね。
「魁人さん! 道民だったんですね!」
「あ?」
「ヒグマって北海道にしか居ないじゃないすか!」
「へ? そうなの?」
「俺もなんすよ! 俺も道民っす!」
「ほほほんとか!? 何処だ?」
「道北っす」
「マジか? 俺もだ! 何処だよ?」
「豊富町、魁人さんは?」
「うおお! どんぴしゃで同郷かよ! 俺んチはサロベツで競走馬の牧場よ、爺ちゃん死んで今は細々、だけどな?」
「マジすか!? 俺んとこも牧場っすよ!」
「まさかおま……ウナヤマって、あの宇南山牧場か!?」
拓斗が顔輝かして頷いた。宇南山って名乗られた時にピンと来るべきだったぜ。あの辺りにゃ多いがこっちじゃ珍しい苗字だしな。
宇南山牧場はみんなが勝手にウナ牧と呼ぶほどのメジャーな酪農牧場だ。姫走らせるコースはウナ牧の牧草地の近辺でな? 白いラップ(牧草をラップみてぇなシートでびっちり包んだデッけぇ塊)がポンポンっと転がってたっけな。
――あ?
こんな時にハシャいじまってだらしねぇって思うか?
……東京もんにゃあ解んねぇかもな。俺らに取っちゃあ内地、まして東京つったらそらもう異国みてぇなもんでよ。最初は言葉通じねぇ、夜は夜で明るいわ騒がしいわで寝付けねぇ、田舎もんってバカにする奴も居る。
恐らく拓斗も同じ苦労してきたはずだ。それが同郷、しかも超ローカルだってんだ。ちったぁ浮ついても許されると思うぜ?
「もしも、の話だ。カタぁ付いて生きて帰れたそん時ぁ……いっぺん帰って飲もうや。駅裏に真ゾイの美味い店があんだよ」
「……はい。楽しみにしてます」
「涙ぐむなよ。まるで何かのフラグみてぇじゃねぇか」
「だって俺、生きて帰る自信なんかこれっぽっちも」
「バカ。要は集中だ。余計な事考えるんじゃねぇ。つかヒヨッコは前出んな。とりあえず援護」
「は……はい!」
「その意気だ。行くぜ?」
俺は壁伝いに煙幕の中に飛び込んだ。間ぁ置かねぇで付いてきた拓斗が息呑む音がしてな。そうだ。コトはやっぱり終わっちゃ居ねぇ。田中先生、きっちり生きてた。いつも通りのご立派な羽織袴で、向こう端にどっしり構えてらっしゃるぜ。
このまえ見た時とはなんか雰囲気違ぇけどな。あん時ぁこう……何見ても動じねぇみてぇな、こう……老舗の大旦那みてぇな貫禄あったけど、なんか余裕ねぇっつーか、如何にもヴァンプな赤ぇ眼ぇして対面の相手を睨みつけてんの。
その相手ってのが、なんと伯爵。……と、司令!
伯爵は床に手ぇついて、辛そうに眼ぇつぶったまんま動かねぇ。沢口の言った通り、もろに高周波にやられた格好だ。それ支えるカッコで片膝立ちしてんのは記者の服着たまんまの司令。伯爵の騎士は伊達じゃねぇ。
こっちに気づいた田中が一瞬だけ俺に視線を合わせ。がすぐに視線を戻しやがった。(へっ! 俺らは眼中に無ぇってよ!)
田中の後ろ、衆議院側の廊下に山と築かれたヴァンプの残骸。ハンターの奴ら、ちゃんと仕事してくれたぜ?
うおっ……隅っこで倒れてんの、総理とあの女医じゃね? マジか。ピクリとも動かねぇ。息もしてねぇ。……馬鹿な奴らだ。とっとと逃げねぇから、流れ弾にでも当たったに違ぇねぇ。
「魁人さん!」
田中を遠巻きに散らばってたクロイツ達がこっちに気づいた。
「助かりました! 俺達、弾切れで」
「いんや、あの軍団やってくれただけでも有難ぇ。それよりこりゃどういうこった?」
ガン飛ばしあう田中と司令をちょいっと指さしたら、クロイツの隊長、
「ヴァンプの代表格同士が対立した模様です」なんて分かりきった事を真面目腐って報告しやがる。
「んなこた見りゃ解るぜ。理由を聞いてんだ」
「事情はよく解りませんが、伯爵が奴らを裏切った、と田中が見たようです」
「裏切った? 伯爵が?」
「あの装置を作らせたのは元帥でもある伯爵に違いないと。彼らの会話からそのように読み取りました」
「なるほどそっか。俺らに取っちゃあ有難てぇ展開だぜ」
「それからその――」
隊長の視線の先ぁ……折り重なった総理と女医。
「ああ、てめぇらのドンパチの巻き添え食ったんだろ? 仕方ねぇって。ノコノコ出てくる方が悪ぃってな」
「いえ、撃ったのは麻生さんです」
「結弦が? んじゃわざわざ狙って撃ったのか?」
「佐井医師はこちら側に来る気はない、そう判断し撃ったと本人は主張しています」
「そりゃ……仕方ねぇ、織り込み済みだ。良く撃てたと褒めてやりてぇくれぇだぜ」
「ただその……とどめの一発が、突如彼女を庇った総理に当たり――」
「いいぜ。それも納得」
「……え?」
……まじぃ。総理と女医が縁者って情報はまだ俺止まりだったな。
「なんでもねぇ。結弦はどこだ?」
隊長が俺の後ろに目配せしたんで振り向けば……居たぜ、奴が。なんだよ、あんまり気配無かったんで気付かなかったぜ。さっきすれすれを通りすがったってのによ。時化たツラしやがって。総理撃っちまったのが相当ショックだったか。
俺ぁ音たてねぇように摺り足で後退った。結弦の奴、ピタッと横に並んで肩くっつけた俺に気づいて逃げようとしやがったんで、無理やり奴の肩掴んで引き寄せた。観念したんだろ、結弦は俺に体重預けて……なんだよ、やたらヒンヤリ冷てぇし、生っちろい顔して大丈夫か?
「……魁人、僕――」
「そうショゲるこたねぇ。総理も女医も『ハーフ』だとよ」
「……え?」
「総理も女医も、あの田中の実子だと」
なんも言わねぇままフーっと息ついて、もっかい壁に寄っかかった結弦から悲愴な険が取れたぜ。だが晴れ晴れっとまでは行かねぇ、しょ気返ったツラぁそのまんまだ。……だよな。女医とはちょっとした付き合いだったもんな。
俺はドンっと強めに結弦の肩ぁ叩いてやった。よろけた結弦が重心を取り返しつつ俺を見る。
「てめぇ、自分が何者んかって事忘れちまったんじゃねぇだろな?」
奴め、何か言おうとした口をパクパクさせて眼ぇ逸らしたんで言ってやったぜ。ハッキリとな。
「俺ら免状持ちにはな、てめぇ自身の行為を思い悩む権利なんかねぇんだぜ?」
そんときだ。背中向けてた司令が振り向いて、俺に笑って見せたのは。
「それは、君達だけじゃないよ、カイトくん?」
晴れた日の雲みてぇな平和顔。いつもの司令の顔だった。