95話「俺は主人公なんてガラじゃないからな」
やがて宴会が終わりかけた頃。
真剣な顔のカエデさんに捕まった俺は、無抵抗のまま路地裏に引っ張り込まれてしまった。
お説教はさっき終わってるし、他に何かをやらかした覚えもない。となれば。
「カエデさん、何か分かったんですか?」
「うん。仮説でしかないけど、もし事実ならとても大変なことが分かったよ」
いつもの口調ではなく、流暢に話すカエデさん。
これは何かに熱中している時や真剣に考察している時の彼女の話し方だ。
それだけで事態の重要性が分かる。
「結論から言えばルミィちゃんのあれは普通の魔法じゃないよ」
「普通の魔法じゃない?」
「とても強力な魔導具か、あるいは未知の魔法を用いた強制暗示かな。魔王のカケラに関しても何らかの改変が施された跡が残っていた」
「と言うことは、犯人は魔法に詳しい奴ってことですか?」
「そうだね。これ程までに古代言語に詳しい人は稀なはず。探してはみるけど魔力探知に反応しない可能性の方が高いかな」
なるほど。つまりまだ話は終わってないって事か。
「魔王のカケラは摘出してあるけど、気をつけて見ていてあげて。暗示のフラッシュバックが怖いから」
「あー。まぁ、了解です」
はい、気をつけて見てますよ、えぇ。
サウレはアルの監視で手一杯だろうし、ルミィは俺が見るしかないんだろうなぁ。
あいつの場合、暗示とか関係なしに病んでるから怖い。
いきなり凶行に走ったりはしないと思うけど。たぶん。しないといいなぁ。
「この事は他言無用だからね。私が解析できない魔法があるって知られたら一大事になるから」
「了解です。カエデさんは世界最高の魔法使いですからね」
「世界最高かぁ。確かに私以上に努力している人は見た事ないけどね」
この人にしては珍しく苦笑を浮かべてそんなことを言われた。
なるほど、努力に裏打ちされた自信は強いな。
「こんなところか、な。とにかく、気をつけて、ね」
あ、口調が戻った。お開きって事だな。
「はい。ところでカエデさん」
「な、に?」
「アレイさんとは最近どうなんですか? 少しは進展しました?」
カエデさんが英雄たちのリーダーであるアレイさんを好きなのは周知の事実である。
さっさと結婚したら良いのに、アレイさんはまだ誰とも結婚していない。
まぁ候補者が実妹のカノンさんと実妹に似た位置のカエデさんだから思う所はあるのかもしれないけど。
「……何か、アドバイスがあれば、教えて欲しいか、も」
「そんな事だろうと思って、今回のお礼を兼ねてこんな物を用意してあります」
アイテムボックスから一冊の本を取り出す。
サウレの件が終わって王都に戻ったら渡そうと思い、道中で書いていた本だ。
「なに、これ」
「俺の知りうる限りの恋愛テクニックをまとめた渾身の一冊です」
「セイ君のっ!?」
おっと。通常時のカエデさんが大きな声を上げるところなんて初めて見たな。
ちなみにこの人、魔法使用時は非常に喧しい。そして意味の分からない言葉を連発する。
他の英雄曰く『チュウニビョウ』というものらしい。
それはさておき。
「俺が学んで実践してきたテクニックを余すことなく記載してあります。特に男性心理を知るには最適だと思いますよ」
これに関しては昔の訓練の賜物というか、うん。
まぁ、色々とあった訳で。
感情が伴わない行為なら過去に嫌というほど経験済みだ。
……まぁ、初めて人を好きになったのって本当に最近なんだけど。
「あのセイ君の、渾身の、一冊って……国宝級じゃないか、な」
俺ってどういう評価を下されているんだろうか。
大体想像はつくけども。
「これって、他の人に見せて、も?」
「構いませんよ。ご自由にどうぞ」
「ふふ、これなら、私たちにも、勝ち目、が……」
ふむ。ややうつむき気味で怪しく笑う様はただの不審人物だな。
いやまぁ、恋する乙女ってのはこういうモノかもしれないけど。
……うちの奴らも大概だからなぁ。
「じゃあそろそろ戻りましょうか。早くしないと心配かけちゃいますし」
ていうかものすごい勢いで探されそうで怖い。
サウレとか、ルミィとか。
「あ、うん。私は一度、王城に戻ろうか、な」
「了解です。みんなにも伝えておきますね」
「うん、ありがと、う。じゃあまた、後で、ね」
カエデさんは俺の渡した本を大切そうに抱えたまま、にっこり笑って手を振った。
そして白い魔法陣が足元に広がったかと思うと、パシュンと高い音を立てて姿を消してしまった。
改めて思うけど、無詠唱の転移魔法とか見るとさすが英雄って思うな。
さてさて。
ぐるりと、視界を空に向ける。
宵闇に紛れるような黒色をしているが、その程度では俺の目は誤魔化せやしない。
球体の魔導具。形状からして、おそらく遠方に音や映像を伝えるための魔導具だろう。
オウカがフリドールに表れてしばらくした後、上空から視線を感じ始めた。
何が目的か分からなかったけど、この場に居るということは狙いは俺なのだろう。
視線を固定したまま。左肩を触り、親指を下に向けて右に引く。
首を掻っ切るような動作。普段は仕事が完了した時に行う癖だが、今は違う。
これ以上余計なことをしたら、ただじゃおかない。
そんな意図を乗せた仕草は相手に伝わったようで、黒球はふよふよとどこかへ飛び去って行った。
追うつもりは無い。消えてくれるならそれで構わない。
ルミィの巻き起こした被害は小さかったにせよ、大事には変わらない。
何せ、魔王の復活に近しい事態なのだ。
下手に動いて事態を広めたくない。
厄介事は身内だけで充分だ。
懸念事項も全て終わった事だし、あとは英雄たちに任せて田舎でのんびりさせてもらうとしよう。
俺は主人公なんてガラじゃないからな。