83話「作り慣れた微笑みを浮かべていた」
「アル、デカブツを叩くぞ。他の奴らは傭兵を頼む」
「わっかりましたァ! ぶち殺してやります!」
「だからお前は援護を待て……って、聞こえてないか」
飛び出したアルの周りに爆裂玉を放って周りを牽制しつつ、ミスリルゴーレムに粘着玉を撃ち込む。
少しは牽制になると良いが、と思いながら周りを見渡すと、サウレは既に敵集団に紛れ込んでいた。
短剣を振るい鮮やかに舞う姿はさながら猫科の猛獣のようで、軽やかに立ち回っては敵を翻弄している。
クレアは鋭く繰り出される攻撃を全て盾で逸らし、その隙を逃すこと無くジュレがダメージを与えていく。
強力な一撃は無いものの、安定感のある戦い方だ。
数箇所に罠をばら撒き、更に敵の動きを制限。改めてミスリルゴーレムに向き直り鋼鉄玉を仕掛けていく。
「どっせぇいっ!」
アルの空間ごと断ち斬るかのような一撃。
しかし、さすがに世界一硬いミスリルで作られたゴーレムを倒すことは出来ず、両手剣が腕に少し食い込むだけに終わった。
反撃しようとするゴーレムに爆裂玉を撃ち込んで阻害し、更に足元に粘着玉を放り込んで動きを止める。
アルは攻撃力は高いけど防御面が脆いところがある。
そこをカバーしてやれば簡単にはやられないだろう。
「……貴女は私が倒す」
「あら、いつかの馬鹿なお嬢ちゃんじゃない。生きてたのね」
サウレの呟きを嘲る様に笑うベルベット。
疾風の如き短剣の連撃を上手く躱しながら距離を取ろうとしている所を見るに、あいつは魔法が主力のようだ。
それならばサウレの方に分がある。詠唱させる暇を与えなければ良いだけの話だ。
さすがに全体を予測するのは困難だが、俺だけ弱音を吐く訳にもいかない。
全員のフォローを行いつつ、こちらに来た傭兵達は目潰し玉で返り討ちにしてやった。
倒す必要はない。時間さえ稼げばジュレが止めを刺してくれる。
そう考えながら七個目の粘着玉をミスリルゴーレムに放つ。
既に足元は床に固定されており、アルの攻撃をひたすら受け続けている状態だ。
これならば、と思った時。
「ちっ……面倒だこと。ゴーレム、薙ぎ払いなさい!」
ベルベットの命令を受け、ミスリルゴーレムの動きが変わる。
奴は背中を見せるように身をひねると、暴風を巻き起こしながら腕を振り回した。
傭兵諸共クレアとジュレが吹き飛ばされ、壁に激突して動きを止める。
「ジュレ! クレア!」
見たところダメージは少ないが、気絶しているようだ。
急いで二人の元に向かいながら牽制を続ける。だが。
その隙を敵は見逃さなかった。
「――魔導式展開。領域確保。対象指定。地に満ちる力よ、その姿を変え敵を討て!」
足元から生えた土の壁にサウレが囲まれ、身動き出来なくなった所へミスリルゴーレムの拳が迫る。
ギリギリのところで鋼鉄玉を発動して動きを阻害するが完全には防ぎきれずに、その拳は土壁ごとサウレを殴り飛ばした。
次いで突き出された逆側の拳がアルを真正面から捉え、両手剣のガードなんてお構い無しに殴り飛ばす。
金属同士が衝突した音。ガードしたとはいえ巨大なゴーレムの攻撃を防ぎ切る事は出来ず、壁まで飛ばされてしまった。
くそ、一瞬で戦況を覆された。
これは少し不味いかもしれない。
「あははは! 口ほどにも無い奴らね!」
ベルベットの高笑いを聞きながら打開策を考える。
四人とも大きなダメージを負っていてすぐには復帰できそうに無い。
ゴーレムの攻撃で敵の数は減っているけど、魔族のベルベットとミスリルゴーレムが残っている。
いくら何でも俺一人で捌ける数じゃない。
仲間の復帰までの時間を稼ぐ。今の俺に出来るのはそれしかない。
「この程度まで私な挑もうなんて無謀だったわね。すぐに全員殺してやるわ!」
ベルベットが嗤う。ニヤニヤと、悪意を込めて。
「貴方たちのような弱者は死んで当然。でも命乞いをするならそこの男だけは見逃してあげるわよ?」
その言葉に、絶望した。それは明らかな嘘だ。
こいつは俺たちを逃がすつもりは無い。
全員この場で殺すつもりだ。
再度確認してみたが、やはり皆が起きる気配は無い。
あの巨大なミスリルゴーレムの一撃を受けたのだ、そう簡単には復帰出来そうにもない。
かと言って俺一人で守りきるには敵が多すぎる。
絶体絶命。
「……分かった。認めよう」
スリングショットをアイテムボックスに収納する。
今の俺には皆を守る力は、無い。
だからこそ、諦めるしかない。
分かっていた。けれども、認めたくなくて、悪足掻きをしていた。
それももう、辞めてしまおう。
「……魔導式展開。領域確保。対象指定」
今の俺には皆を守ることが出来ない。それならば。
人間で居ることは、諦めよう。
「我は闇。我は毒。我は一振りの刃なり」
言葉を連ねる。体内の魔力が荒れ狂う。
俺に使える魔法は身体強化だけだ。
そんな才能が無い俺に使える、唯一の切り札。
それは、俺が夢見ていた「人間になる」事を捨てる魔法。
「月は消え。夜が深まり。我は世界と同化する」
詠唱完了。後は魔法名を告げるだけ。
マジックキャンセラーが使用されている部屋での詠唱。
そんな意図の読めないであろう行為に訝しげな表情を浮かべるベルベットを気にも留めず。
意図的に作り上げた笑みを張り付かせて、魔法のトリガーワードを口にする。
「封印術式解放……『黒の刻印』」
魔法を発動した瞬間、俺の全身から黒い魔力光が立ち上った。
おぞましいそれは、しかし見慣れてしまった光景で。
所詮、俺はただの人形でしか無いのだと、突き付けられたように思えた。
しかし、それでも。
仲間を失うよりは余程良い。
例えその後に皆が離れてしまったとしても、俺は。
仲間を、守りたいから。
「なんだその魔法は!? 何故マジックキャンセラーが効かない!?」
予想外の事態に荒ぶるベルベット。
そんな彼女にニッコリと、作り物の笑顔を向ける。
「なに、ただの身体強化だ。そう怯えることはない」
才能の無い俺に使える魔法は一つだけしかない。
身体強化。小さな子どもにも使える初級魔法だ。
これはその応用。弱くて惨めな人形が編み出した、世界に抗うための術式。
俺にしか使えない訳では無い。
ただ、俺以外ではなんの意味もない魔法。
魔力量で収納量が変わるアイテムボックス。
それを限度無く使用出来るほどに魔力量が多い俺でないと、意味は無い。
「馬鹿な! 何故、何故お前が……!」
胸に大きな穴が空いたような感覚。
あれだけ忌み嫌っていた力を使っている。
人間になりたいと切望した俺が、自分から人間である事を辞めてしまった。
しかし、それでも。
仲間を失うより怖いことなんて無い。
だから。
「教えてやるよ。これが『死神』の正体だ」
ゆらりと一歩、前に出る。それと同時に。
身体から溢れ出す夜色がその勢いを増す。
倉庫内を闇が満たしていく中、ベルベットが叫ぶ。
「なぜお前が魔王様と同じ黒色の魔力を持っているんだ⁉」
闇色の魔力光を纏い、歩く。
いつの間にか溢れた涙が頬を伝う。
しかし、俺はそれでも。
作り慣れた微笑みを浮かべていた。




