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78話「きっとそんな機会も巡って来るだろう」


 ようやく案内された席で各々が好きな料理を頼み、待つこと十分ほど。

 今までに無いほど豪華な食事が運ばれてきた。

 高級なムーンレタスのサラダに始まり、白マグロのムニエル、雷鳥の蒸し焼きに、雪牛のステーキ。

 更にはここでしか食べられないほどに貴重な、タイラントウルフの香草包み焼き。

 テーブル上を埋め尽くすほどの高級料理にアルが目を煌めかせている。


「皆の物、飲み物は手に渡ったか?」


 両手でブランデーグラスを持ったラインハルトが周りを見渡す。

 それぞれグラスやジョッキを掲げると、満足げに頷いた。


「では、再会と出会いを祝して。乾杯」


 声に合わせてジョッキをあおる。こんな時でも麦酒(エール)を頼んでしまう自分の貧乏性に苦笑が漏れそうになるが、しかしそこは高級店。

 キンキンに冷やしてある麦酒はのど越しが良く、後味がすっと引いていった。


「んじゃ、頂きます」


 手を合わせ、まずは雷鳥の蒸し焼きに手を伸ばした。

 一口大に切り分けられたそれを皿に盛り、甘いごまダレを垂らす。

 まだ湯気の出ているところを口の中に放り込むと、濃いめのタレに負けないほどに鮮烈な肉の風味が広がった。

 ユークリア王国内でも決められた店でしか取り扱うことの出来ない雷鳥は旨味と風味が強いが、肉が帯電しているので下処理を誤ると軽く感電する事もある。

 しかしこの蒸し焼きはしっかりと処理されていて、程よく痺れる舌に余すことなく美味さを伝えてくる。

 肉はほろりと柔らかく、噛まずに呑み込めそうなほどだ。

 隣を見るとサウレも同じ料理を口にしていて、そこはかとなく幸せそうな顔をしていた。

 口の端にタレが付いていたので拭き取ってやるとさらに嬉しそうな顔をしてきたので、つい頭を撫でてしまった。

 最近はサウレの表情を読めるようになってきたので、こうして向かい合っているとなかなかに面白い。


 次に手を伸ばしたのは雪牛のステーキだ。

 北国にしか生息していない貴重な魔物だが、通常の牛と比べて脂が多く、それでいてさっぱりとしている。

 余計な味付けは無し。塩コショウのみの真っ向勝負を仕掛けてきたが、これが逆に素材の良さを十分に引き出していた。

 旨い。その一言に尽きる。

 柔らかいながらも確かな歯ごたえと噛む度にあふれる肉汁が、肉を食っているという充足感をもたらしてくれる。


 その満足感をエールで流し込むと、逆隣のクレアから小皿を渡された。

 タイラントウルフの香草包み焼き。

 これは名前通りの料理で、おそらくこの店でしか味わうことができない希少な魔物の肉を様々な香草と共に包み焼きにした一品だ。

 先着順の数量制なのでさすがに無理かと思っていたが、ラインハルトが先に予約してくれていたらしい。

 口に入れると、雪牛に比べて硬く、そして比べ物にならないほどの旨味があふれ出てくる。

 狼特有の独特な臭みは香草によって中和され、残された素材の美味さがより際立っていた。

 さすが特級食材。一流冒険者でしか狩ることが出来ない程に凶悪な魔物だが、食材になってしまえばだれにでも愛される物になるのは皮肉な話だろう。

 そこにブラックなユーモアを感じて、つい苦笑いをこぼした。


 気を取り直して、お次は白マグロのムニエルだ。

 元々脂の多い食材だが、調理する際に余分な脂を落としているようで、思いのほかあっさりとした風味になっている。

 白身の淡泊な味、次いで追ってくるバターの香り。

 ムニエルにすることで風味を閉じ込めたこの料理は飽きが来ることが無く、気をつけなけれ一気に食べ終えてしまいそうだ。

 さっぱりとしたレモン仕立てのソースがまた相性が良い。

 やはりこの店の料理人は腕が良いなと改めて感心する。


 箸休めにムーンレタスのサラダをかじりながら見ると、ヘクターはへにゃりとした笑顔で美味そうに食っていて、ラインハルトはその様を見ながら上機嫌に酒を飲んでいた。

 使い魔はそもそも食事を必要としない。それでもこの店に立ち寄ったのは、ヘクターの為なのだろう。

 その事に気付きながらも言及はしない。俺も似たようなもんだしな。


 実の所、俺一人なら別に携帯食と水だけでも構わない。

 元々粗食だし、安い食い物の方が似合っている。

 だがやはり、仲間の笑顔が見れると言うだけでもこうした店に来る意味はあると思う訳で。

 こうしてみんなと一緒に飯を食う時間というものは、良いものだなと。

 そんな事を思い、麦酒の入ったジョッキをあおいだ。



 飯を食い終え、デザートのアイスクリームまで堪能したあと、ラインハルト達に店の前で見送ってもらった。


「じゃあな、ラインハルト。また明日の朝に」

「あぁ、ではな。楽しい時間だった」


 互いに手を上げて軽い挨拶を交わすと、酒を飲みすぎて若干ふらついているジュレを支えて宿へと向かった。

 アルは上機嫌で鼻歌を歌っているし、クレアはそれに合わせてハミングしている。

 サウレはいつも通りに見えて、その実かなり満足しているようだ。


 良い夜だな、と。

 軽く酒の回った頭でそんな事を思いつつ歩く道のりは、短いながらも充足していた。

 明日からはまた慌ただしい日々になるだろうが、良い思い出ができた。

 また今度、みんなと思い出話として語り合うとしよう。

 ずっと一緒にいられるのならば。


 きっとそんな機会も巡って来るだろう。

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