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75話:「この時が終わらなければ良いのに」


「とりあえずハグからです。さぁ!」


 部屋に入ってきて早々、アルは両手を広げながら言った。

 先程までのシリアスは何処へ行ったんだろうか。

 まぁ、アルだから仕方ないか。


 既に見慣れた相手ではあるが、今日は少し装いが違っている。

 長い金髪はゆるやかに編み込んであり、服装はニット生地のノースリーブにふわりとしたロングスカート。

 一見して清楚な格好をしているが、胸元が普段より強調されているのはわざとなのだろう。

 その証拠にアルの顔は真っ赤になっている。

 恥ずかしさはあるけどそれよりも俺とスキンシップを取りたいのだろうと思うと、何となく微笑ましくもくすぐったい。

 

「とりあえずの割にはハードルが高いな」

「時間が無いんですから早くしてください!」

「……はいよ」


 苦笑しながら近寄り、アルの体をゆっくりと抱き締めた。

 むにゅりと潰れる大質量の胸の感触を意識しないように気をつけながらも、彼女の様子を観察する。


「あっ……えへへぇ」


 アルが緊張で固まっていたのも数秒程度で、それからゆっくりと抱き締めた返してきた。

 全身が柔らかくて、良い匂いがする。

 これは香水だろうか。珍しいと言うか、グレイの家に行った時はこんな香りはしなかったと思うんだけど。

 まぁそれを言うなら髪も服も変わっている訳だが。

 俺と二人で過ごすために準備をしてきたのかと考えるとちょっと嬉しい。


「ライさん。私はいま幸せです」

「あぁ、俺もだよ」


 誰かと触れ合うのがこんなにも心地よいだなんて、ずいぶん昔に忘れていた。

 アルは真っ直ぐに俺に好意を向けてくれていて、その彼女と抱き合っている。

 そう考えただけで、鼓動が速まる。


「……ライさん?」

「なんだ?」

「何かこう、雰囲気が変わったと言うか」

「そうか? なら、そうなんだろうな」


 俺が変わったとしたら、それはこいつらのおかげなのだろう。

 サウレの言葉に心の枷が解かれた。

 たがそれは、みんなが枷を弛めてくれていたからだ。

 いつからか、愛しいと感じていた。

 俺の中でそれは拒絶すべき感情だと思っていたが、どうやらそうでは無かったらしい。


「長い間すまなかったな。俺もようやく受け入れる準備ができた」

「そうなんですか……私は何番目でも良いですからね?」

「いや、すまんが順番なんて付けられそうに無いな」


 幸いな事にこの国は数年前に多夫多妻になっているし、誰かを選ぶ必要なんてない。

 俺には四人全員が必要なんだ。

 ……いや、違うか。


 一緒に生きて行きたい。

 共に日々を過ごしたい。

 必要だからとか、そんな言い訳は必要ない。

 ただ、俺が彼女達を愛しているだけだ。


 だから、気持ちを言葉にして表そう。


「アル。こんな事を言うのは生まれて初めてだから上手く伝えられる自身は無いけど、聞いてくれないか」


 かつてない程に穏やかで、けれど同時に緊張もしている。

 無いとは思うが受け入れられなかったらどうしようかと、やはり不安になる。

 彼女もこんな気持ちだったのだろうか。

 それでも俺は、誠意を持って伝えたい。

 

「……はい。ちゃんと聞きます」

「……最初はな。とんでもない奴と知り合ったなと思っていたんだ」


 砂の都エッセルでアルと出会った時。

 ぶっ飛んだ発言にかなりドン引きしたのは今でも鮮明に覚えている。

 その辺はかなり改善されて来ているが、根本的はところはあの時のままだ。

 有り余る殺意のままに行動する彼女を放っておくと、何をするか分かったものじゃない。


「けど一緒に過ごすうちに、アルの前向きな行動力と純粋さに惹かれて行った」


 アルはいつでも真っ直ぐだ。

 巨大な両手剣を毎日素振りし、戦闘技術を磨き上げている。

 元々才能に溢れていた彼女は一時的にではあるが、一流冒険者のサウレとジュレを圧倒する程に成長している。

 短期間でこの成長速度は凄まじいものがある。


「まぁ、あの告白は違う意味で凄かったけどな」


 殺し愛、だったか。その辺りの価値観はよく分からない所ではある。

 しかしそれでも、俺を求めている事に変わりはない。

 あれから積極的にアプローチしてきて少し戸惑いはしたものの、嬉しかったのは事実だ。


「だけど、俺はもうお前から目を離せない。離すつもりも無い」


 何をしでかすか分からないし、何より。

 アルの魅力に惹かれてしまっているから。

 それはとてもシンプルで、だからこそ受け入れる事が出来なかったものだ。

 けれどもう、拒絶する事はしない。

 みんなが俺を守ってくれているように、俺もみんなを守りたいと思う。

 その覚悟は決まっているのだから。


「アル……アルテミス・オリオーン」


 耳元で名前を呼ぶと、腕の中でアルが小さく跳ねた。

 俺を抱きしめる手に力が入っていて、緊張しているのは俺だけじゃないんだと伝わってくる。

 それが何だか嬉しくて、自然と勇気が湧いてきた。


「俺はお前が好きだ。これからも俺の傍に居てくれ」

「……もちろんですっ!」


 強く、強く抱きしめられた。

 喜びからの行動なのだろう。それは嬉しい、のだが。

 巨大な両手剣を自在に振り回すアルの全力で抱きしめられている訳で。


「アル……すまん、ちょっ……折れる折れるっ!」

「ああっ⁉ ご、ごめんなさいっ!」


 アルが慌てて手を離す。そして。


 視線が絡み合った。


 薄桃色に赤くなった肌、潤んだ瞳、瑞々しいくちびる。

 彼女の愛らしい姿に惹き込まれ、無意識に手を伸ばす。

 柔らかな頬に右手を当てると、背の小さいアルは少し顔をあげ、そっと目を閉じた。

 距離が縮まっていく。ゆっくり、優しく。

 この胸の中にある愛情を伝える為に。


「……んッ」


 触れたくちびるは柔らかく湿っていて、ほんのり甘く感じた。

 俺の胸元を掴む小さな手に左手を重ね、包み込む。

 数秒か、数時間か。時間の感覚が分からないけれど。


 ただ今は、アルだけを感じて居たかった。


「……ぷはぁっ!」


 不意にアルが口を離した。

 どうやら息を止めていたようで、名残惜しさを感じながらもつい笑ってしまう。


「あの、ライさん。その……」

「ん? どうした?」

「えっと……もう一回、良いですか?」


 首筋まで赤くして、勇気を振り絞って。

 健気に告げるアルを愛おしく思う。

 そんな彼女に返す答えなんて、決まりきっていた。


「あぁ、何度でも」


 俺の首に手を回してアルがゆっくり背伸びをする。

 火照った手のひら。大きく柔らかな胸が当たり、そして。

 二度目のキスは、やはり甘く感じた。


 アルを強く抱き締めながら、思う。

 この時が終わらなければ良いのに。


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