72話:「はたして俺の心臓はもつんだろうか」
宿に戻ってすぐに白熱したジャンケン大会が開催された。
魔力を用いて強化された身体能力をフル活用した勝負は接戦を繰り広げ、高度な知的戦略の末にクレアが一抜けした。
その後にジュレ、サウレ、アルの順番だ。
俺を置いてけぼりにして話し合いが行われた結果、制限時間内は一人二十分で審判は俺になるらしい。
宿の部屋の前には常に残り三人が待機し、不正が無いかチェックするとの事。
なんの競技だよ。
ちなみに全員とジャンケン勝負をしてみた所、四十戦全勝という記録を作ってしまった。
手を抜きすぎだろアイツら。せめて相手の行動心理くらい読めよと言いたい。
〇〇〇〇〇〇〇〇
「じゃあさっそくボクのターンだよ!」
部屋に入るなりクレアが元気よく飛び跳ねた。
いつも思うけどテンション高いなこいつ。
しかし改めて見ると、こいつも見た目は美少女なんだよなー。
健康的に日に焼けた肌、短めに切り揃えられたワインの様な赤い髪。
頭からぴょこんと伸びたウサギ耳は今日も忙しなく動いている。
顔立ちは綺麗と言うよりは可愛いと言った方が良いだろう。
前衛職の割には華奢な体付きで、いつものへそ出しミニスカート姿と合わせて活発な美少女にしか見えない。
自称、男らしいが。
色々と怖くてそこは確認できて無いんだよなぁ。
「さてさて! さっそくやっていこう!」
くるりと一回転。髪とスカートの裾をふわりとさせた後、ビシッと右手を真上に突き上げた。
「普通のハグは大丈夫だからその先を試そう! いざ実験開始!」
「いきなり不安を煽るなよ……」
何されるんだろう俺。怖いんだけど。
「まずはそうだなー……よし! 両手を出して!」
「こうか?」
言われた通りに両手を伸ばすと、ぴたりと手の平同士を合わせてきた。
なんだ? ハイタッチくらいならいつもやってるとおもうんだが。
「おい、本当にこれで良いのか?」
「あ、うん……ライってさ。手、おっきいね」
「そうか?」
「そうだよ。やっぱり男の人なんだなぁ……」
なんかしみじみと言われた。
確かにクレアの手は俺より一回りほど小さいけど。
……なんだろう。手を合わせてるだけなのに、むず痒いと言うか。
何となく気恥しい。
「ねぇ、ライ。手はそのままね」
手を離してそのままするりと。
クレアが懐に入り込んで来た。
俺の背中に両手を回し、耳を胸に押し当てて。
そのまま静かに抱きしめてきた。
「……えへへ。今はボクだけのものだね」
はにかむような小さな声。
普段の様子とはかけ離れていて、不覚にも胸が高鳴った。
その事はクレアも気がついているはずだが、特に何かを言う訳でもなく。
ただこの時間を愛おしむように、優しく俺を抱きしめたままで。
つい、その小さな体を抱き締め返した。
「あっ……動いちゃダメだよ」
「ん。すまん」
「あはは。何か……照れるね、これ」
「……そうだな」
確かに妙に照れくさい感じがする。
ハグくらいはいつもやってるのに、なんだか特別な気がする。
仲間としてでは無く、クレア個人として接して来るのは初めてかもしれない。
「なぁクレア。この際言っておきたいんだけどさ」
「なぁに?」
「前から言ってるが俺は田舎町で残りの人生を送るつもりだ。地位も名誉も、ましてや金も無い」
「うん、そうだね」
「だからお前が俺に執着する理由は無いと思うんだが、その辺はどうなんだ?」
「あはは、そういう事か。うーん……ちょっとさ、話を聞いてくれる?」
俺を抱きしめたまま、いつものように笑う。
「ボクはね、地位とか名誉とかすっごく欲しいんだよね。生活が安定するし、お金もたくさんあった方が良いと思うんだ」
「全くもってその通りだな」
「うん。ライに近付いたのもそれが理由」
それは知っている。クレアは純粋な好意から俺と一緒にいる訳じゃない。
打算的であざとく、計算高い。それがクレアだ。
「ボクの家は貧乏でさ。お父さんは戦死したし、お母さんは病気で死んじゃった。残されたのはたくさんの借金で、だからお金を稼げる冒険者をやってるんだよね」
「……そうなのか」
「あ、それに関してはそろそろ払い終わるから良いんだけどね。ライと一緒にかなり稼いだから」
とくん、とくん。
聞こえる心音。それが俺とクレア、どちらのものか分からない。
あるいは両方なんだろうか。
物音一つ無い部屋の中、鼓動がやけに煩く感じる。
「ねぇライ。ボク、可愛いでしょ?」
「いきなりだな。確かに可愛いと思うけど」
「可愛い方が人に好かれるからね。誰かと一緒の方が死ぬ確率は減るから、その為に必要な事だったんだよ」
こいつは今、どんな顔をしているんだろうか。
楽しそうに語るその声には違う感情が乗せられているように聞こえる。
「なんだ、趣味じゃなかったのか」
「いやまぁ、趣味でもあるんだけど」
やっぱりか。俺たちの中で一番服持ってるしな、こいつ。
服と言えばあの早着替えをどうやってるのかも気にはなるが、それは今聞くべきじゃないだろうな。
「でもね、今はちょっと違うんだ。ライ達と居ると毎日楽しくって……だから一緒に居るんだよ」
「……そうか」
「あとね、これは何度も言ってるんだけどさ」
俺に抱きつく腕にぎゅっと力が入る。
まるで縋り付くように、胸に顔を押し当てながら。
「ボクさ、やっぱりライが好きなんだよね。見た目も中身も何もかも、全部まとめて好きなんだ」
「お、おう……改めて言われると反応に困るな」
「ずっと一緒に居たいんだ。ライと、みんなと。ボクはそんな未来を選びたい」
少し離れて、俺の胸に手を当ててはにかむ。
そしてイタズラを思い付いたような、小悪魔的な表情で。
「それにね、ボクはライとマニアックなセックスをしたいと心から思ってるんだよ?」
「……反応に困るからやめろ」
何を求められてるんだろうか。
聞きたいような聞きたくないような。
「あはは! 楽しみだね! その時が待ち遠しいよ!」
「いや、出来ればノーマルなやつから頼むわ」
俺はそういった知識には疎いからな。
初心者だから優しくして欲しい。
「とにかくさ、ボクはまだ答えを求めないよ。まずは用事を終わらせちゃおう!」
「……そうだな。まずはそこからだ」
にんまりと笑うクレアに苦笑を返す。
待たせてしまっているのは申し訳無いが、中途半端な答えは出したくない。
しっかり向かい合って、俺の本心を伝えるべきだと思う。
ただ今は色々やらなきゃならない事がある。
まずはそれを終わらせてからだ。
「さてさて、そろそろ時間かな? ジュレが待ってるからボクは行くね!」
くるりとこちらに背を向けて、小さな声で一言。
「……大好きだよ、ライ」
そう言い残し、クレアは部屋を出て行った。
すぐにジュレが部屋に入ってくるだろう。だからそれまでに。
クレアの言葉で乱れた鼓動を落ち着かせておこう。
まだ一人目なのにこれだ。
はたして俺の心臓はもつんだろうか。