64話:「未だに良く分からん奴だな」
魔導列車。
それは大きな街を繋ぐようにして走っているゴーレム式の馬車だ。
馬車を引くのは、世界一のゴーレム製作者であるイグニス・フォレスターによって作られた長距離移動用の専用ゴーレム。
対物対魔障壁が施され、魔物避けの魔法陣が刻まれており、更には海中走行すら可能という意味が分からない代物である。
この魔導列車の大きな利点は三つ。
通常の馬車とは比べ物にならない程の大量の荷物を運べる事、引手がゴーレムなので日夜問わず走り続けることが出来る事。
そして一番の利点はその速度だ。
普通なら二ヶ月程かかる距離を一日で進むことが出来る。
明らかに異常な速度だが、まあ魔導具なんてみんなそんなものだしな。
一番のデメリットは、オウカ食堂関係の人や物しか運べない事だろう。
そもそも各街に展開しているオウカ食堂の食材や人員を移動させる為に作られた経緯があり、一般人は乗ることが出来ない。
普通なら、だけどな。
「うっひゃあー! 早い早い! すっごいねコレ!!」
「窓の外が吹っ飛んでます!」
客室の窓から見える、高速で流れていく景色。
森の木々は吹っ飛んで行くし、空の雲すら置いてけぼりだ。
その非日常的な光景に、クレアとアルが凄くはしゃいでいる。
普段のほほんとしているジュレですら、物珍しそうに外を眺めながら微笑みを浮かべている状態だ。
そんな中、サウレはいつも通り俺の膝の上でじっと俺を見上げている。
まあ、たぶん世界最速の乗り物だしな。
テンションが上がるのも仕方ない。
俺も最初は物珍しさがあったもんな。
……あの時はまだ子どもだった気がするが。
「サウレは見なくて良いのか?」
「……いつもライだけを見ていたい」
「お、おう。いつもか」
「……いつも」
うーん。なんかいつもより距離感が近いと言うか。
物理的な距離は大して変わらないんだけど、心の距離が最接近してる気がする。
あれより更に上があったとは驚きだ。
「あとお前らは少し落ち着け。他の乗客もいるんだからな」
「いや無理だよっ! だって凄いじゃん!」
「そうですよ! すっごく速いですよ!」
いや詰め寄るな。顔が近いわ。
眼をキラキラさせて熱弁してるところ悪いが、もう少し離れて欲しい。
何か良い匂いするし、特にアルは今朝の件もあってちょっと意識してしまう。
ていうかアル、胸を押し付けるな。サウレの頭が埋まってるだろ。
「……その不愉快な肉塊をどけて。今すぐに」
「わわっ! ごめんなさいっ!」
サウレの殺気混じりの言葉にぱっと離れる。
しかしアルの眼はキラキラしたままだ。
「魔導列車って速いですねっ! 馬車とは大違いですっ!」
「ああ、たぶん世界一速い乗り物だろうな」
「しかもこれ、海の中を走るんですよねっ!?」
「走るな。まあ、アレは中々な光景だぞ」
王都から北、海を挟んだ魔大陸にある氷の都フリドール。
アルの件が終わったら、次の目的地はそこだ。
そちらに向かう時も魔導列車の世話になるだろうし、実は俺も少しだけ楽しみにしている。
あの光景は中々お目にかかれないからな。
さて、朝イチで列車に乗り込んだ訳だが、そろそろ昼間になる。
列車内に飯屋なんてある訳が無いので、昼食は持ってきた物を食べることになる訳だ。
昨日買い込んでおいたオウカ弁当をアイテムボックスから取り出し、備え付けのテーブルに広げる。
これも普通の馬車なら出来ない芸当だな。
魔導列車は揺れが少ないから問題ない訳だけど。
「さてと。俺は先に巡回に行ってくるからな。お前らは好きにしてろ」
「あら。巡回ですか?」
「俺たちは名目上は護衛になってるからな。最低限の仕事はしておかないと」
これが魔導列車に乗ることができる裏技だ。
長距離間での運行になる為、冒険者の護衛を雇う必要がある。
ただし戦闘力のある従業員が乗っていれば必要ない上に、オウカ食堂の関係者はほぼ全員が上級の戦闘用魔法が使用できる。
なので通常であれば護衛など必要ない。
のだが。まあ、身内特権的なものを利用して無理やりねじ込んでいる状態だ。
少しだけ申し訳ない気はするが、背に腹はかえられないしな。
「……私は着いていく」
「おう。お前らはどうする?」
「あ、じゃあボクも着いていこうかな!」
しゅびっと右手と兎耳を伸ばしてクレアが立ち上がる。
「珍しいな。のんびりしてても構わないぞ?」
「たまにはいいかなって! 先に行ってるよ!」
にんまり笑うと、そのまま客室を出ていった。
元気だな、あいつ。
苦笑いしながらも、アル達に釘を刺すのは忘れない。
「すぐ戻るからトラブルは控えてくれよ?」
「きっと大丈夫です!」
「流石に問題ないかと思いますよ」
「……おい、頼んだからな?」
若干の不安を残しつつ通路に出る。
その間、僅か三十秒ほど。
だったのだが。
「それじゃ行こうか!」
クレアはその短時間の内に着替えを済ませていた。
今回は……なんだコレ。
全身を覆う着ぐるみなんだが、モチーフが分からん。
大きな角が生えていて、体毛はフカフカした白。
小さなしっぽが付いていて、両手は蹄のようになっている。
「……ああ、なるほど。ヤギか?」
「惜しい! 顎髭が無いから羊さんだよ!」
「そうか……まあ、何でも構わないけど、暑くないか?」
「氷の魔石を埋め込んであるから問題なし!」
「いや、無駄遣いにも程があるだろ」
魔石って小さくても銀貨一枚は必要なんだが。
二十個も買えば一般人の一ヶ月の稼ぎが吹っ飛ぶような代物を使うくらいなら着なきゃいいのに。
「でも可愛いでしょ!?」
「そこに関しては異論はない」
可愛いの方向性は違う気もするけど。
「んじゃ、行こっか!」
「あーはいはい。分かったから押すな」
背中をぐいぐい押されながら、俺たちは先頭車両へと向かった。
うーん。こいつとも中々に濃い日々を過ごしてるんだが。
未だに良く分からん奴だな。




