59話「秘密を暴かれた子どものように動揺していた」
アル達三人を見送ったあと、サウレと二人で改めて王都の大通りにやって来た。
相変わらず人通りが多く、何かの祭りでもあるのかと思うほどだ。
人種も服装も多種多様。さすがは国の中心だな。
「……ライ。どこに行くの?」
「とりあえずは行きつけの雑貨屋だな。いい加減道具の補充をしたい」
まだストックはあるけどかなり使ったしな。
あの店なら何でも揃うし、食料も一緒に買い込んでおくか。
少し大通りを進み、途中で脇道に逸れる。
その途端に人の数は減り、ガラリとした印象に変わった。
路地裏の通路はギリギリすれ違える程度の広さで、置き去りにされた樽の上では猫が呑気に伸びている。
そんな道を進んでいくと、一つの小さな店に辿り着いた。
看板なんてものは無く、薄汚れたそれは知らない人には店だと分からないだろう。
相変わらずだな、と苦笑いしながらドアを開ける。
中は薄暗く、光源は小さなランタンのみ。
そこら中にガラクタが転がっているが、これら全てが貴重な魔導具だったりする。
ちゃんと管理しろと何度も言っているのだが、店主にはいつも聞き流されてしまっている。
そして、そのガラクタ達の奥。
ぼんやりと浮かび上がる小柄な人影。
「よう。元気にしてるか?」
「私はいつでも元気じゃないよ。知っているだろう?」
店の様子とは違い、小綺麗な黒いスーツを着こなす銀縁メガネの美少女。
髪と瞳は暗がりに溶けるような紫で、その顔は不健康に見える程に青白い。
そんな彼女は、こちらと目を合わさずに穏やかに笑う。
相変わらず、目を合わせるのが苦手なようだ。
「喜べ、買い出しに来たぞ」
「それ自体は嬉しいのだけれどね。また無茶を言うつもりだろう?」
「でも応えてくれるんだろ?」
「仕方の無い奴だな、君は」
言葉とは裏腹に嬉しそうに微笑む。
このやり取りも恒例のもので、俺たちにとっては挨拶のようなものだ。
「ところでセイ。そちらの子は誰だい?」
「サウレだ。今の旅の仲間だよ」
「おや。私という者がありながら、また違う女を侍らせてるのか」
「アホか。さっさと品物を出せ」
「連れない男だね、まったく」
くすくすと笑いながら皮袋――アイテムボックスを手渡してくる。
「各種材料に保存食、それにワインだ。確認するかい?」
「そんな仲でも無いだろ」
何を注文する訳でもなく、しかし必要な物は全て揃えてくれている。
こいつはそういう奴だ。その辺は信用できる。
受け取ったアイテムボックスを腰に提げた後、さて、と頭をかいた。
買い物に来ている以上、対価を支払わなければならないのだが。
「なあ、相談があるんだが」
「おや? まさかとは思うが踏み倒すつもりかい?」
「いや、それなんだがな。今回は支払い方法を変えたいんだ」
「……ほう。どういう意味かな?」
静かに言い放つと同時、彼女の目の色が変わる。
例えでは無く実際に、紫から血のような真紅へと。
同時に舞い上がる炎の様な紅色の魔力光。
それは正に、彼女の怒りの感情を表していた。
あー……まあ、うん。そりゃ怒るよなあ。
だってそういう契約だし。
「私は品物を用意した。それならば、君はその身を差し出すべきじゃないかい?」
「待てって。払い方を変えたいだけだ」
「へえ? まさか金銭を差し出すなんて野暮な事をするつもりかい?」
「それこそまさかだ。対価は変えないが、首から直接はやめて欲しいって話だよ」
袖を捲りあげ、鳥肌の立った腕を見せる。
ぶっちゃけ想像しただけでそこそこ怖い訳で。
実際やるとなるとかなり無理がある。
「色々あってな。触れられると拒否反応が出るんだ」
「……なるほど。しかし私としては無理矢理でも構わないんだけどね?」
妖艶に笑う彼女に、更に鳥肌が立つ。
何とか苦笑いを返すと、同時にサウレが俺の前にすっと出て来た。
その手にはいつの間にか短剣が握られていて、いつでも戦える状態だ。
俺を守ろうとしてくれているのが分かる。
「おや。お嬢さんは私の邪魔をするつもりかい?」
「サウレ、待て。大丈夫だから」
頭にぽふりと手を乗せ、そのまま後ろに下がらせる。
気持ちは嬉しいが、話せば分かる相手だ。
荒事にするつもりはないし、そもそも。
サウレじゃ彼女に勝てないし。
「契約は守るさ。今回は妥協してほしいってだけだ」
「妥協ね。出来ないと言ったらどうするんだい?」
「その時は二度とここには来ない。て言うかまあ、来れなくなるな」
「君をここで飼うという選択肢もあるんだが?」
「いいや、お前はそこまでしない。俺に嫌われる事は避けたいはずだ。味が落ちるからな」
これに関しては断言出来る。
こいつはかなりの美食家だ。だからこそ、俺と契約をした訳だし。
「……なるほど? それで、君はどうしたいのかな?」
「腕からで頼む。それならまだ、大丈夫だ」
「そうか。じゃあ貸し一つにしておいてあげよう」
「すまんな。ほら、対価だ」
袖をまくった腕を彼女の目の前に差し出す。
その腕を愛おしそうに見つめ、つぃ、と指をなぞらせた後。
チロ、と舌なめずりをして、思い切り噛み付いてきた。
尖った歯が突き刺さる感触。溢れ出る血液。
不思議と痛みはなく、それを舐めとるようにして味わう舌の感触に怖気が走るが、そこは拳を握りしめて我慢する。
蕩けるような瞳、赤く染る頬。
とても色っぽい表情で俺の血を啜る彼女に申し訳無さを感じながらも、舐めるのは勘弁して欲しいと思った。
「……ライ、何をしてるの?」
「商品の対価を支払って……って、そうか。まだ紹介してなかったな」
心配げなサウレの頭を撫でてやるが、右腕を噛まれたままでは安心できないらしい。
無理もない話だけど。
「こいつはリリシーア・ヴラド。こんな見た目で千歳を超える魔族だ。『宵闇の吸血姫』って言えば分かりやすいか?」
夜の種族、ヴァンパイア。膨大な魔力と怪力を誇る不死の魔族。
他者の血を飲み、陽の光を嫌う者。
そして、女神クラウディアより烙印を押された咎人。らしい。
俺からしたら面倒臭い性格のグルメな友人だ。
ついでに色々な要望に応えてくれる代わりに、俺の血を代価にする契約を交わした相手でもある。
はぐはぐと嬉しそうに腕に噛み付いている様からは想像できないが、かつては魔王とも対等に渡り合った存在らしい。
そんなリリーシアの様子に小さく驚き、サウレは俺の袖をくいっと引いてきた。
「……『宵闇の吸血姫』って実在してたの?」
「魔王とやりあうのに嫌気が差して王都で引きこもり生活してたらしいな。て言うかいつまで飲んでんだお前」
「たまの贅沢だ。このくらいは許容してくれ」
「飲みすぎて酔うなよ。面倒臭いから」
実際の所、ヴァンパイアにとって他者の血は嗜好品に似ていて、別に飲まなくても生きていけるらしい。
なんか飲んだら力が増すとか言っていたが、それよりも血を飲みすぎて酔っ払い状態になられる方が怖い。
俺の血は他に比べて格段に美味いらしく、ヴァンパイアにとっては美酒のようなものらしい。
実際に何度か襲われかけたからな。性的な意味で。
「ぷはぁ。うん、今日はこのくらいにしておこうか」
たっぷり十分程血を吸われたあと、リリーシアは満足気に顔を上げた。
青白かった顔にうっすらと赤みが差し、ここだけ見ると普通の美少女にしか見えない。
口は血まみれだけど。
「へいよ。ほら、顔出せ」
濡れた布巾で口元を拭ってやる。
腕を見ると既に血が止まっていたので、こっちも軽く拭いておいた。
尚、いつもは首筋から直飲みされている。
抱き着かれて身動きが取れない状態になるから今は無理だけど。
そんなことされたら真面目に悲鳴を上げるかもしれない。
「相変わらず君の血は格別だね」
「その感想は困るからやめてくれ」
「また来ておくれよ。色々と話を聞きたいからね」
「ああ、近いうちに寄るわ。王都に長居は出来ないけどな」
苦笑いを返し、店を出ようとした時。
「ところでサウレ君だったか。一つ聞きたいのだが」
軽い調子で呼び止められた。
おっと。リリーシアが俺以外に興味を持つなんて珍しいな。
基本的に誰が居ても反応しないんだけど。
「……なに?」
「君は、享年何歳だったのかな?」
にやりと。リリーシアは意地の悪い笑みを浮かべて問いかけて来た。
その言葉に、サウレがぴたりと動きを止め、ゆっくりと振り返る。
無言。しかし、明らかに見てわかる程に。
その姿はまるで、秘密を暴かれた子どものように動揺していた。