49話「相変わらず素直じゃない奴だ」
治療院での仕事を終える頃には、既に日が沈みかけていた。
キョウスケさんに報酬を貰ったあと、俺たちはその足でオウカ食堂の職員寮、と言うか冒険者ギルドの職員寮に向かった。
元々身寄りの無い孤児の住む場所としてギルドの寮を何部屋か借りていたらしいが、今ではギルド職員より数が多くなっている。
何せ百人近くいるからな、オウカ食堂の店員。
ちなみにこの建物の最上階は元々オウカの部屋だったらしい。
今でもたまに王城と行き来しているらしく、稀に空から出入りする姿を見ることが出来るんだとか。
オウカ食堂に現れる『魔法使い』と合わせて王都の名物扱いになっているようだ。
それはさておき。
王都の中で王城の次に巨大な職員寮に入ると、そこは子ども達で溢れかえっていた。
容姿も種族も様々だが、みんな笑顔で忙しそうにしているのが特徴的だ。
その中で一人、見覚えのある顔を見つけたので手を上げて挨拶する。
鮮やかな緑色の髪をした少女はすぐにこちらに気付き。
「……はぁっ!? え、セイ!? あんた今まで何処に居たのよっ!?」
絶叫しながら駆け寄ってきた。
あ、やっぱり怒られるのか。
予想通りではあったけど、やっぱり怖ぇな。
「て言うか本物!? ちゃんと生きてる!?」
「おう。本物だし生きてるぞ」
「良かったぁ……」
彼女は胸を撫で下ろし、そして次の瞬間。
「どっせぇい!!」
「ぐはぁっ!?」
彼女の華麗なドロップキックによって俺は吹っ飛ばされた。
見た目によらず肉体派なのは相変わらずで何よりだが、せめて加減はしてほしかった。
「……ライ。敵?」
「げほ……いや、身内だよ。大丈夫だ」
かなりダメージを負ったが、心配かけたからなー。
これは仕方ないと言うか、俺が悪いし。
「あら? セイ、こっちはお客さん?」
「今の仲間だよ。で、こいつがフローラ。食堂ギルドの統括ギルド長で、オウカ食堂王都本店の店長だ」
「オウカさんに押し付けられただけなんだけどね……」
俺の紹介にフローラは苦笑いを返す。
昔はオウカが店の管理を全くやらなかったから、仕方なく店長代理をやってたんだけどな。
あいつが女王になったせいで、食堂ギルドもオウカ食堂も責任者の肩書きをぶん投げられた形である。
不幸なのが、フローラが優秀すぎた事だろう。
誰の目から見ても膨大すぎる仕事量なのに、彼女はそれを軽々とこなしてしまっているのだ。
そのせいで周りからは現状で問題無いと判断されている。
百年に一人と言われるほどの天才少女。
それがこのフローラだ。
「でさ。みんな元気でやってるか?」
「元気すぎて困ってるわよ。未だに悪い風習が抜けないし」
「まーた自主的な時間外労働してんのか」
オウカ食堂の店員はみんな、元孤児だ。
王都どころか国中から集められた孤児達は仕事がもらえた事に感謝しており、より恩返しが出来るようにと夜な夜な自主的に勉強会を行っている。
厄介な事に、オウカやフローラにはバレないように。
「してんのよ。一応現行犯には罰則を与えてるんだけどね」
「罰則? なんだ?」
「一週間デザート禁止」
「それはまた……」
オウカ直伝のレシピだからなあ。
王都の高級菓子店で売られているのと同じレシピで作られたデザート、美味いもんな。
ちなみにこの店、ネーヴェ菓子店だが、これもオウカの店だったりする。
どこまで行ってもオウカの手が伸びてる状態だからな、この国。
「で、夕飯はどうすんの? 食べていく?」
「いや、今日は家に戻るわ。あっちの家も掃除してくれてんだろ?」
「一応、定期的にはね。感謝しなさいよ?」
「してるしてる。マジで助かるわ」
家主がいない間にチビ達が掃除やら草むしりやらしてくれてるからな。
急に帰ってきてもそのまま使えるのはありがたい話だ。
また今度、土産に何か持ってこなきゃな。
「あ、でもさー」
「どうした?」
「夕飯。今日はオウカさんが新作出すらしいわよ」
「食っていくわ」
その情報を聞いて即答する。
あいつの料理腕前は王都一だからな。
美味いものを食い逃す手は無い。
「という訳なんだが……」
「私は美味しいものが食べたいです!」
「……私はいつでもライの傍に居る」
「私もご一緒出来るのなら、是非お願いします」
「もちろんボクは食べていく! 何ならお手伝いする!」
「……だそうだ。五人分追加で頼む」
手を開いて突き出すと、フローラはそこにぺちっと軽くパンチを当ててきた。
「自分で言いなさいよ。私は忙しいんだから」
「それもそうだな。て言うかもうギルドの厨房にいるのか?」
「いると思うわよ。オウカさんだし」
「……だろうなあ。オウカだし」
二人して苦笑い。
あいつ、一応この国の女王陛下なんだがなあ。
食堂の厨房で飯作ってる方が自然に思えるのは何なんだろうか。
どうせ今も楽しそうに炒め鍋振ってるんだろうなー。
「んじゃ、引き止めて悪かったな。仕事頑張ってくれ」
「あーもう……あんたさ、いい加減私と変わってくんない?」
「やだよ、めんどくさい」
俺は悠々自適なスローライフを送りたいんだよ。
そんな大層な肩書きなんていらんわ。
「まあ、手伝いくらいはしてやるから。頑張れ」
「うう……なんで私がー」
「さっさと諦めた方が楽だぞー」
ぽふんと頭を撫でてやり、そのまますれ違う。
その時、かすれた小さな呟き声。
「……おかえり」
「……おう。ただいま」
誰にも聞こえないようなやり取りを残して、俺たちはそのまま厨房へ向かった。
相変わらず素直じゃない奴だ。