44話「マジで心臓に悪いからやめて欲しいわ」
王都ユークリア、王城。
街の中心で威光を放つ巨大な建築物は、その壁面を全て白く塗られているのが特徴的だ。
ここには先代の王、ユークリア・ミルドセイヴァンと王立騎士団が居を構えており、毎日のように訓練を行っている。
騎士団とは王城務めの先鋭舞台の事で、一人一人が中堅冒険者ほどの実力をもった集団だ。
特にその連携力は凄まじく、通常規模のモンスターの軍団すら圧倒する戦力となっている。
その王立騎士団のトップ。騎士団長。
精強な騎士団員たちの中でも異常なほどの戦力を持ち、ドラゴンの巣を一人で殲滅した実績を持つ最強の一人。
英雄譚にも語られる、俺の師匠でもあるレンジュさんは、何故か巨大な門の前、門兵の横で正座していた。
何やら首から木のプレートを下げており、そこには「お酒に酔ったフリをして女王にセクハラした罪」と書かれている。
またやったのか、この人。
「どうもです。懲りないですね、レンジュさん」
たじろぐ仲間たちを背に、アホな事をしている師匠に声を掛けた。
「おやっ!? セイじゃんっ!! 挨拶しに来たのかなっ!?」
「そんなところです。未だにヘタレてるんですか?」
「ふぐぅ!? いや、そんなことはっ!!」
この人、普段から同性にセクハラしてる癖に、本命相手だと奥手になるからなー。
酒飲んで酔ったフリしないと口説けないらしい。
まぁ、本命ってオウカの事なんだけど。
本人がいない所では婚約者とか名乗ってるんだがなあ。
「で、今日はみんな居ます?」
「カエデちゃん以外はみんな居たと思うよっ!!」
「んじゃ丁度良いですね。正座、頑張ってください」
皆に目をやり、横を通り過ぎようとした時。
「ーー待った」
ピリ、と。一瞬にしてその場が凍りついた。
身動き一つ許さないほどの殺気。息が苦しくなり、背中を汗が伝うのが分かる。
訓練されているはずの門兵は腰を抜かし、恐怖に満ちた表情でレンジュさんを見詰めていた。
「セイはともかく、他の四人。素性も分からない戦力を城の中に入れる訳にはいかないかな」
正に刀のように研ぎ澄まされた、温度を感じさせない言葉。
普段とは異なる様に焦りを覚えながらも弁明する。
「レンジュさん。こいつらは俺の仲間です」
「それは何の証明にもならないよ。分かってるでしょ?」
「……冒険者タグを、見せたら良いですか?」
「いや。もっと分かりやすい方法があるでしょ?」
背筋を伸ばし、凛とした正座したまま刀の鞘を手に取ると、黒く冷たい眼をこちらに向ける。
「立ち会えば分かる」
死を体感した。それ程までに強烈な殺気を浴び、一歩退く。
その代わりと言わんばかりに、皆が俺を庇うように前に出てきた。
「ライさん! つまりこの人をぶち殺したら良いんですよね!?」
「……ライは、私が守る」
「あぁっ……この感じ、興奮しますっ!」
「あははー。これ死んだな、ボク」
いつも通りに能天気なアル、真剣な表情のサウレ、違う意味で身を震わせるジュレに、絶望し切った顔のクレア。
互いの力量差が分かっていながら俺を守ろうとしてくれる仲間たちの姿に励まされ、俺も覚悟を決める。
相手は座ったままで、こちらは五人。サウレとジュレは一流の冒険者だ。
それでも尚、勝ち筋が見当たらない。
間合いに入った刹那に斬り飛ばされる。その事実に心底怯えながらも、俺は勇気を振り絞ってその一言を口にした。
「オウカにチクりますよ」
「それだけは勘弁してくれないかなっ!?」
一瞬にして素に戻ったレンジュさんに、クレアが盛大にずっこけた。
何が起こったか理解できない様子のサウレとジュレ、そして殺る気満々のアル。
マジでぶれないな、お前。
「だいたいこいつら、オウカに会ってますからね。その時点で問題ないでしょう?」
「それなら大丈夫だねっ!! 通って良いよっ!!」
くるりと手のひらを返す師匠の姿に安堵しながら、やはりか、とも思う。
ユークリア王国女王オウカ・サカードの周りには、善人しかいない。
何故かは知らないし例外もあるかも知れないが、少なくとも俺はオウカの知り合いで悪人を見たことがない。
つまり、オウカの知り合いである四人もまた、善人であると判断できる訳だ。
……まぁ、多分だが。
周囲の人達の手によって、オウカに害を成す奴は「オウカに出会う前に」居なくなってるんだろうな、とは思う。
オウカは純粋で、人を信じすぎる。
だからこそ、周りが守ってやっているんだろう。
ここに正座している師匠のように。
「全く……シャレにならないからやめてくださいよ」
「にゃははっ!! これでも一応騎士団長だからねっ!! たまには仕事しないとっ!!」
たまにって言い切ったなおい。
いや、正しいけども。
基本的にサボり魔だからな、レンジュさん。
但し、必要なことだけは最速で終わらせてるらしいけど。
「……ま、そういう事にしておきます。みんなは広間ですか?」
「多分バラバラじゃないかなっ!!」
「了解。じゃあまた後で」
「またねっ!!」
ぶんぶんと大きく手を振るレンジュさんの横を抜け、門兵さんを起こしてやってから、俺たちは王城に足を踏み入れた。
しかしあの人も、分かってやってるんだろうけど……
マジで心臓に悪いからやめて欲しいわ。