40話「後悔は残るが、最善の選択には違いなかった」
「とりあえず話を聞くから頭を上げてくれ。何があった?」
膝を着く男の前に座り込み、肩に手を乗せる。
「俺たちの村が……見たことも無いくらいたくさんのオークの群れがに、いきなり村を襲われたんだ!」
……ふむ。何となく事情は分かったが。
この場にいるのは、奥に隠れている気配を合わせておよそ五十人程。
しかし、武装している奴は数える程しかいない。
そうなればオークの群れ相手に戦えるはずもない。
それに、見たことも無いほどの大群となると。
「おい、数は分かるか?」
「ハッキリとは分からないが、五十匹はいた! あんなもん見たこともねぇ!」
「五十匹も……そうか」
魔物の群れの規模はボスの強さによって変わる。
通常種なら七匹程度、上位種だと二十匹程度。
そして、さらにその上になると、最上位種という分類の魔物がボスとなっている。
総合戦力はドラゴンにも勝ると言われる大災害の統率者。
オークキング。ロードを上回る、最高クラスの危険度を持つ魔物。
それが恐らく、ここに居る。
「さて、どうするか……」
思い出し、考える。
まず、俺たちだけではどうすることも出来ない。
そもそも単独パーティーでどうにかなる相手ではからだ。
オークキングの魔法によって強化されたオーク達は、一匹で一流冒険者と同等の戦力を持つ。
それが五十匹。勝ち目などない。
では王都に急いで救援を求めるか。
これも、ダメだ。どれだけ急いでもまだ一週間はかかる。
それをしたら、この村人たちは無事ではすまない。
打つ手無し。彼らが逃げるまでの時間を稼ぐことすら不可能。
例えここに「竜の牙」のメンツがいてもどうしようも無いレベルだ。
アル以外の仲間たちも事の次第を把握しているようで、息を飲んでじっと俺を見つめている。
無駄死にか、見捨てるか。
その決断をするのは、俺だ。
だからこそ、彼女たちは口を挟むことなく、不安げな表情でじっと黙っている。
「…………これはもう、仕方ないか」
どう考えても他に方法が無い。ならば。
導き出される答えは一つしかないだろう。
忌避感は、ある。
これが最適解だと自信を持って言えるが、それでも。
出来れば取りたくない選択肢でしかない。
『守りたいものがあって、戦うための力があって、けれど戦う義務はない。
そんな時、あんたはどうする?』
昔、オウカに聞かれた言葉。
その時に俺は、何と返したんだったか。
今となっては思い出すこともできない。
胸が締め付けられる程に苦しい。
身が張り裂けそうな程に辛い。
それでも、守りたいものがあるのだから。
「……なぁ、皆に頼みがあるんだが」
作戦と呼べるほど大した考えではないが、俺の方針を仲間たちに話した後。
俺は一人、村人に聞いた方向へと駆けていた。
全員で立ち向かっても勝てない。見捨てることも出来ない。それならば。
三つ目の選択肢を取るしかない。
アイツらはみんな俺に着いてくると言っていたが、強く断ってきた。
こんな面倒事は、俺一人だけで十分だ。
やがて見えてきた、既に村とは言えない程にズタボロになった集落。
オーク共で溢れかえった場所に、そいつは居た。
最上位種。
禍々しい黒い魔力を身にまとった、災害級の怪物。
身の丈十メートルは超えるであろう巨体を誇り、しかしその眼には知性が宿っている。
その姿を見ただけで、ぶるりと身震いした。
怖い。あれはヤバい。戦って勝てるような相手ではない。
今すぐにでも逃げ出したい。まだ死にたくなんてない。
ああ、いつかこうなると思っていたから冒険者なんて辞めたかったんだ。
俺みたいに誰かを見捨てる勇気がない奴は、さっさと辺境にでも引きこもるべきだった。
だが、嘆いても仕方ない。
目の前にいる以上、対策を取るしかない。
その為に、一人で来たのだから。
守りたいものがあって、戦うための力があって、けれど戦う義務はない。
そんな時、俺ならどうするか。
アイテムボックスから、それを取り出す。
筒型の魔導具で、魔力を通すと盛大に破裂する魔力弾を打ち出せる代物だ。
これだけは使いたくなかったが、仕方ない。
「俺なら……そうだよな。出来る奴に任せる」
その魔導具を空に向けて起動した。
中に込められた玉が遥か高空まで打ち上がり、破裂する。
王都の祭りで上げられるような赤い花火。
その意味は。
「……あーもう、嫌だなぁ。絶対怒られるからなぁ」
「だーれーにーかなっ!!」
「うわっ!?」
前触れも無く突如として現れた人影に、心の準備をしていたにも関わらず驚いた。
遅れて、ふわりと風が舞い上がり、地に落ちていた木の葉が巻き上がった。
長い黒髪。強い意志を感じる黒瞳。
子どものように小さな体躯を包むのは王国騎士団の制服。そして腰に下げられた刀。
何年経とうとも変わりのない様子の彼女に、安堵と恐怖が湧き出てくる。
「久しぶりだねっ!! 元気そうで何よりっ!!」
救国の英雄。ユークリア王国騎士団長。
御伽噺に語られる最強の片割れ。
『韋駄天』の加護を持つ、世界最速の剣士。
「はは……お久しぶりです、レンジュさん」
コダマレンジュ。俺の師匠の姿は、別れた時と何ら変わっておらず、ニコニコと笑っていた。
「久しぶり過ぎてかなり怒ってるんだけどねっ!? なーんで連絡のひとつも寄越さないかなこの馬鹿弟子はっ!?」
相変わらずのハイテンションで叫ばれる。
いや、まぁ。連絡するのを忘れていた俺が悪いんだけど。
そして、そんなやり取りをしていたら、当然オークキングに気づかれる訳で。
「グルゥゥゥアァァアアッ!!!!」
咆哮。体の奥底にまで届き、震えが混み上がるような雄叫びは、しかし。
「あれっ!? なんか珍しいのがいるねっ!?」
彼女には通用しない。
「いや、だから呼んだんですよ。お願いできます?」
「もちろんっ!! 任されたっ!! げほっ!?」
自身の胸を力強く叩き、むせる英雄。
その姿に苦笑いを浮かべた時。
「じゃあ、やろうか……『韋駄天』」
今までとは裏腹に冷えきったレンジュさんの呟きと共に、風がひとすじ流れた。
――――瞬きをする間もない程の、正に刹那の瞬間。
遠間に見えていたオークキングの率いる群れは、一匹残らず首を跳ねられていた。
遅れて耳に届く、シャランと響く鈴のような音色の抜刀音。
「はーい終わりっと!!」
いつの間にか俺の背後にいたレンジュさんに声をかけられて振り返る。
その何事も無かったかのような姿に、再び苦笑いを零した。
見えはしないが、何が起こったのかは理解できた。
簡単な話で、目に見えない速さで敵に接近し、抵抗を許さぬ速さで首を跳ね、音を置き去りにして戻ってきただけだ。
相変わらず理不尽な存在だな、この人。
「ほらっ!! 何か言うことはないのかなっ!?」
胸の前で腕を組み俺を睨みつける小柄な英雄に、深々と頭を下げる。
「すみませんでした! それと、ありがとうございます!」
「よしっ!! 礼はいらないけど謝罪は受け取ったっ!!」
いつもの軽い調子に安心するも。
「ちゃんと謝れたから修行は一時間だけにしてあげようねっ!!」
そんな地獄のような言葉をかけられ、俺は大きく肩を落とした。
だから嫌だったんだよ、マジで。
……でもまぁ、俺の取った行動は。
後悔は残るが、最善の選択には違いなかった。