38話「俺たちは家族みたいなもんだからな」
陽の光を浴びて、意識が覚醒してきた。
どうやら温かく柔らかな何かを抱えているようで、心地良さに二度寝しそうになりながらも何とか眼を開ける。
そこにはいつも通りのサウレの白髪……ではなく。
ジュレのサラサラした髪が広がっていた。
水色が陽の光でキラキラしていて綺麗だ。
……けども。何だ、これ。
馬車の幌の中を見渡すと、アルとクレアが横になっている。
振り返ると、サウレは御者台に座っていた。
うーん。なるほど?
抱き抱えた俺の腕を、ジュレがしっかり掴んでいる状態。
両腕とも体の前でしっかりと抱き抱えられていてビクともしない。
ただ、ふにゃりとした温かく柔らかな感触が返ってきただけだった。
この甘い香りは香水かなにかだろうか。
ぼんやりした頭で、どうしたものかと考え。
状況を把握し、全身に鳥肌が立った。
「――――ッ!?」
声にならない悲鳴を上げる。
慌てて離れようとするが、やはり腕はビクともしない。
「おい、ジュレ! 起きろ、離れろ!」
「……くすっ」
「あ、テメェ起きてやがるな! 早く離れろ!!」
うわぁ! むにゅって! むにゅってした!
「いーやーでーすー。あぁ、焦っているライさんの声、素敵ですねぇ」
「はーなーれーろー!」
て言うかこの体勢、身動き取れないんだが!?
「おいこらド変態! さっさと離れねぇか!」
「はあぁんっ! ありがとうございますぅ!!」
身震いして力が緩んだ隙に何とか脱出し、幌の隅に避難した。
「おま……何してんだ!?」
「御者を交代する時に、サウレさんに場所を譲ってもらっただけですよ」
「サウレ!?」
なんてことしてんだお前!
「……私はジュレ達なら構わない」
「俺が構うんだよ!」
流石にサウレ以外はまだ無理だから!
てか俺も俺で何で気付かなかったんだよ!
普段なら誰か近付いただけでも目が覚めるのに!
「うふふ。ライさんは私を身内だと思ってくれてるようですねぇ。嬉しいです」
ジュレがニンマリと意地が悪い顔で笑う。
ナチュラルに人の心を読むな!
……あー、でも、うん。確かにそれはあるかもしれん。
ジュレだけじゃなく、アルもサウレもクレアも。
みんな身内みたいなもんだ。
最近は触れる程度なら問題も無くなってたし。
「ただ今回はやり過ぎだからな? やめてくれ、マジで」
まだ鳥肌立ってんだが。
「あらあら。こんな美女に抱きついておいて酷い言い方ですね」
「確かに美女だが自分で言うか……?」
「……えぇと。そこはその、否定しないんですね」
「ジュレが美人なのは事実だからな」
実際のところ、ジュレはまるで美術品のような美しさを持っている。
サラリとした水色の髪、氷の彫刻のように整った顔立ちと、海を思わせる蒼い瞳。
スタイルもよく、胸元を開いたドレスのような鎧姿なのもあって、男女問わずに周りの目を引く奴だ。
これで性格さえマトモならなぁ。
ドSでドMとか救いようが無いんだが。
「……ジュレ。ライは天然たらしだから諦めた方が良い」
「そうですねぇ。恐ろしい人です……」
「いや、何の話だお前ら」
「ライは知らなくていい。どんなライでも私は愛しているから」
「どんな誤魔化し方だよそれ」
誰がたらしだ。こちとら女性恐怖症だぞ。
風評被害にも程がある。
「……ライ。そろそろ交代したいからクレアを起こしてほしい」
「はいよ。ほらクレア、起きてくれ」
近寄って肩を揺すると、寝ぼけた様子で起き上がった。
大きく背伸びをして、改めてこちらに笑顔を向ける。
「おはよ、ライ!」
「おはようさん。御者やれるか?」
「大丈夫! 任せてよ!」
クレアは寝起きなのに朗らかな調子で、サウレとハイタッチをするとそのまま御者台に座り手綱を持った。
冒険者歴が長いやつは大体馬車を運転できる。
多芸で無いとやって行けない訳ではないが、色々な事をできた方が依頼を受けやすくなるからだ。
俺たちのパーティーもアル以外は全員運転出来るので、昨日からこうしてローテーションで馬車を走らせ続けている。
しかし、馬車に乗ってるだけでも疲れは溜まっていくものだし、回復魔法を使っているとは言えそろそろ馬も限界だろう。
もうしばらくしたらちゃんとした休憩を挟む必要があるな。
「……ライ。御者を頑張った。撫でて」
「構わんが、最近頻度が増えてないか?」
「……スキンシップは大事。愛は育むものだから」
「またよく分からんことを……」
まぁ別に嫌じゃないし、いいんだけどな。
仲間内の中でもサウレだけは抱き着かれても平気なくらい気を許している。
アルに次いで付き合いが長いのもあるが、向こうが積極的にスキンシップを取ってくるのが大きな理由の一つだろう。
そう考えると夜中にベッドに忍び込んできた事も許せるような気が……しないな、うん。
アレは本当にビビるからやめて欲しい。
ふと目を開けたらサウレの顔が目の前にあって悲鳴を上げたこともあるし。
ちなみにアルは撫でたり触れられたりするのは問題ないが、抱き着かれても大丈夫かどうかは未検証だ。
あいつ、何気に恥ずかしがりなところあるしな。
俺もすすんで試そうとは思わないし。
「……ライ?」
「ん、どした?」
「……私は幸せ」
「そうかい。そりゃ良かった」
身内が幸せなのは良い事だと思い、更に頭を撫でてやった。
猫みたいにぐりぐりと押し返して来るのが面白くて、苦笑いを返す。
全員癖が強くて。でも良い奴らで。揃いも揃っておかしな奴ばかりだが、それでも。
俺たちは家族みたいなもんだからな。