34話「死神の仕事はこれにて完了だ」
目を見開き、鼻息を荒くして騒ぐゴブリン達。そして、その後ろに見える、俺の二倍はあろう程にデカいゴブリンロード
恐ろしい化け物共。その様子を余さず観察する。
合計で二十一匹。その全ての動きを頭に叩き込む。
行動パターンを予測する。脳内で演算を繰り返す。
その間三秒。辿り着いた答えの通り、鋼鉄玉をスリングショットでそこら中に撃ち込んで行った。
その作業を行っている途中で、痺れを切らした一匹が飛び掛って来た。だが、それは読めている。
想定通りの軌道で襲い来るゴブリン。その真下で鋼鉄玉が発動、伸びた鉄の棒の先端が無防備な腹を貫通した。
「グギャッ!?」
哀れに響く断末魔。それを切っ掛けに他の奴らもこちらへ駆け寄って来た。
その足元に粘着玉を撃ち込み、足を取られて藻掻く一匹の顔面に爆裂玉を炸裂させる。
爆風で群れが怯んだ、その次の瞬間に真横から突き出した鋼鉄の棒が数匹纏めて串刺しにする。
鋼鉄製の特注品だ。強化されていようと、ゴブリン程度の硬さなら問題なく貫ける。
足止めされたゴブリン達。その背後で更に鋼鉄玉が起動。真後ろから瞬時に伸びた一撃を避けられるはずも無く、更に数匹纏めて串刺しにした。
仲間の死骸に囲まれて群れの動きが止まる。その隙を突いて爆裂玉を連続で射出。次々と敵を仕留めて行き、徐々に数が減っていく中。
奥の方から、一匹のゴブリンが物凄い勢いで飛んできた。
「ギャアアァァ!?」
十字に伸びた鋼鉄の柵の中心に当たり、頭からひしゃげる。哀れにも捨て駒にされたゴブリンはそのまま地に落ちた。
俺の視線の先、仲間を投げ付けてきたデカブツが居た。その顔には怒りも憎しみも無い。ただ、殺気だけが色濃く浮かんでいる。
鉄錆のような臭いが立ち込める森の中、一際異様さが目立つ群れのリーダーは、静かにこちらを見定めていた。
俺達が睨み合う中、設置しておいた鋼鉄玉は的確にゴブリン達を射抜いて行く。
耳を覆いたくなるような悲鳴が続き、そしてやがて、最後の一匹の喉を貫いて罠は再び沈黙した。
さて、これでタイマンだ。
ここからが本番。
追いついてみろよ、デカブツ
「魔術式起動。展開領域確保。対象指定。略式魔法、身体強化!」
身体強化魔法を使い、くるりと奴に背を向けるとそのまま駆け出した。
一泊置いて、怒号。逃げ出した俺に腹を立て、張り巡らされた鉄の棒をなぎ払いながらゴブリンロードが駆けてくる。
「ガァァッ!! ゴギャアァァッ!!」
振り返りはしない。しかし、狂ったような雄叫びが奴の位置を鮮明に伝えてくる。
罠を張りながら、駆ける。
足が止まれば終わりだ。追いつかれたら力では勝てない。
木々がへし折られる音を聞きながらも、次々と罠を投げて設置していく。
散り積もった木の葉や泥に足を取られないように、全力で走る。
最後に鋼鉄玉を三つ前方に放ち、それを軽く飛び越え、膝を地に着いた。
好機と見たのか、飛び掛って来る巨体。
その下に、身を低くして滑り込む。
振りかざされる大木の様な腕。
直後、地面から生えて来た三本の杭に、その腕は強制的に止められた。
その隙を逃さず、滑り込んだ勢いをそのままに来た道を駆け戻る。
ちらと振り返ると、血走った目で俺を睨みつけるゴブリンロードの姿。
視線が絡み合った。次の瞬間。
「グギャラルオオォォォッ!!!!」
鼓膜を揺るがす怒りの声。
しかし、臆すること無く駆け抜ける。
すぐさま追い縋るゴブリンロードの声。
鉄錆の臭いが混じった森の匂い。
そして、発動する罠の数々。
バガンッ! と凶悪な音を立ててトラバサミが足に噛みつき。
横手からは大量のクロスボウの矢が襲い掛かる。
頭上から降ってくるのはワイヤー製の網。
そして、前方、俺の足元に埋まっていた無数の鋼鉄玉。そこから生み出された鉄槍の檻。
あらゆる方向から迫るトラップの数々。
数えるのも馬鹿らしくなる量の罠を一身に受けながら。
それでも、ゴブリンロードは止まらない。
徐々に詰まる間隔。そして、ついに。
「ゲギャハッ!!」
嬉々とした怒鳴り声。遅れて、風を斬る音。
咄嗟に鋼鉄玉を起動して盾の代わりにしたが、それごと殴り飛ばされた。
「――――カハッ!」
凄い速さで景色が流れる。
その凄まじい勢いのまま、大木に叩きつけられた。
衝撃で肺の中の空気が絞り出され、小さく呻く。
「ぐぅ……はは、痛てぇな」
大木に手を着き、支えにして立つ。
足元が覚束無い。視界がふらふらする。
耳鳴りが酷いし、肉の腐った臭いと血の匂いが混じった最悪な香りが漂っている。
先程ゴブリン達を退治した場所。ついにここまで追い詰められた。
これ以上、逃げ場は無い。
それを奴も分かって居るのだろう。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、俺をどう殺そうか考えているように見える。
「……ははっ! あはははは!」
恐怖に耐えきれずに、笑う。
追いかけっこの結末は此処だ。これでお終い。
ただの人間が、ゴブリンロードなら逃げ切れる訳が無い。
そんな事は最初から分かりきっていた事だ。
だからこそ、アルと少女を逃がし。
身体強化魔法や罠を使って逃げ回った。
その結果が、これだ。情けない話だが、俺にはこれが限界だ。
「――スリィ」
左手を木に着いたまま、右手で左肩を触る。
「――トゥ」
そのまま親指を下に向け、真っ直ぐ右へ。
「――ワン」
死神が首を掻っ切るかのような仕草を。
勝ち誇るデカブツに見せ付けた。
「チェックメイトだ」
そう。初めから。
こうなる事は読めていた。
刹那、空から数多の鉄槍が豪雨のように降り注ぎ、ゴブリンロードを貫いた。
「ゲギュアァァッ!?」
吠えたけるゴブリンロードから視線を外さず、ゆっくりと木に背を預ける。
腹が痛む。アバラが折れたかな、これ。
鋼鉄玉は、起動すると瞬時に鉄の棒へと戻る。
無理矢理圧縮していた物が元の姿に戻る時、片方が貫けない程硬い場合、棒状となった鋼鉄玉は反動で弾き飛ばされる訳だ。
既に伸ばした後の鋼鉄の棒に設置した鋼鉄玉。それを起動させることにより、高空に跳ね飛ばした。
その結果、空から鉄の棒が落ちてきた、と言う訳だ。
タネを明かせば簡単な話で、誰にでも出来る手品でしかない。
後は鋼鉄の棒の落下地点まで、敵を誘導してやるだけだ。
しかし、殴られる必要があったとはいえ、覚悟していても痛いものは痛い。
あぁくそ。息をするだけでギシギシ来やがる。
だから戦うのは嫌なんだ。損ばかりして、何も得がない。
ふぅ、とため息をついて空を仰ぐ。
木々が覆い茂っているせいで太陽は見えないが、その先には晴れた青空が広がっていることだろう。
だが、俺にはこの薄暗さが丁度いい。陽の当たる場所は、俺には明るすぎる。
暗くて地味で目立たない、そんな場所が、俺には似合っている。
港町アスーラからサウレ達が来るまでのあと十分弱。
弱々しい鳴き声を上げるゴブリンロードと共に、木漏れ日も差さない森の奥で血生臭い空気を吸い込みながら。
何だかこの場所が自分の生き方そのものに思えて、痛みを堪えながら小さく笑っていた。
後は陽の当たる場所の連中に任せるとしよう。
死神の仕事はこれにて完了だ。