20話「なんだこのカオスな状況」
超一流冒険者パーティー『雪姫騎士団』
女性だけで構成されたそのパーティーは、いくつもの大きな偉業を成し遂げた。
ドラゴンの巣の殲滅、海の流通の発展、野外用魔導具の小型化などなど。
あらゆる方面で活躍している、正に生きる伝説だ。
その中の一人。氷魔法と回復魔法を操り、空を舞うドラゴンを単独で討伐したと言われている人物。
ジュレ・ブランシュ。英雄より送られた二つ名は『氷の歌姫』
英雄を除けば世界最強の一人である。
……はずなんだが。
「あら。このお茶美味しいですねー」
安宿の一室で呑気にお茶を飲んでるこの人は、本当に同一人物なんだろうか。
服装変えたら近所の優しいお姉さんにしか見えねぇんだけど。
「えぇと。ジュレ・ブランシュさんだよな?」
「はい。ジュレ・ブランシュです」
「『絶氷の歌姫』の?」
「そうですねー」
「……あんなとこで何してたんだ?」
て言うかなんでこんな所に居るんだ。
超一流冒険者パーティーなら船なんて乗らずに飛龍便使えるだろ。
「それがですねぇ。『雪姫騎士団』が解散してしまいまして」
「……はぁ? え、マジで?」
「マジです。結婚とか引退とか転職とか、色んな理由で仲間が冒険者を辞めてしまったんですよねぇ」
「あー……なるほど?」
まぁ、そんなこともあるか。安定した職業でもねぇし、危険もあるしな。
有名どころとは言え、誰にも止める権利なんてない訳だし。
「それで、取り残された私はどうしたらいい良いか分からなくて……」
「え? 普通に冒険者やれば良いんじゃないか?」
一人でドラゴン倒せるなら何も問題ないように思うけど。
「恥ずかしながら……戦闘以外、何も出来ないんですよ、私」
「……なるほど」
まぁ、屋台で金貨出すくらいだしなぁ。
家名があるって事は元々貴族なんだろうし、庶民的な事が分からなくても仕方無いかもしれない。
「ん? じゃあ実家に戻ればいいんじゃないか?」
「冒険者になる時に勘当されましてるんですよねぇ。家名を名乗るのだけは許されているんですけど」
「……うーん。まぁ、何となく把握した」
つまりアレか。常識も行く宛てもない訳だ。
それでこんな港町に滞在していたと。
「冒険者ギルドでも誰も誘ってくれなくて、困ってたんです」
「……まぁ、その格好だからなぁ」
胸元が大きく開いた白い貴族風のドレス姿。
それに、この整った顔立ちと優雅な立ち振る舞い。
知らない人から見たら貴族の令嬢にしか見えんわな。
俺も名前を聞くまで『絶氷の歌姫』だなんて思わなかったし。
「でもそれ、冒険者ギルドで名乗ってパーティー募集かければ済む話じゃね?」
「あぁなるほど。その手がありましたねぇ」
「んじゃそうしたら良い。で、だ。何で俺を知ってるんだ?」
「あら、有名人ですもの。それに、あなたのお母様とも面識がありますし」
「……なるほど」
血の繋がりは無いが、教会で俺を育ててくれた人。
俺の尊敬している人でもあり、俺たちの母親。
ナリア・サカード。通称、シスター・ナリア。
昔は冒険者をやってたって聞いてたけど。
「え、てかまさか、シスター・ナリアって……」
「はい。私の仲間でしたね」
「うっそだろ、おい」
二つ名持ちってのは知ってたけど、そんなに凄い人だったのか、あの人。
道理で強い訳だわ。
……今度実家に帰ったら問い詰めよう。他にも色々隠してそうだし。
「先程の屋台での言葉。ナリアさんにそっくりでしたから」
「あー……まぁ、受け売りなもんでね」
「私は素敵だと思います。ナリアさんも、あなたも」
「……そりゃどうも」
何だか気恥ずかしくて、額を掻いた。
こうもストレートに言われると何て返していいか分かんねぇな。
「さて、それより。お礼の件ですが」
「礼ならさっきの言葉で十分だぞ?」
「いえ、宿に連れ込んだと言うことは……そういう事ですよね?」
ゆっくりと優雅に立ち上がり。
自分の服に手を掛けた。
「は!? え、何してんだあんた!?」
「大丈夫です。初めてですが、痛みには強いので」
「待て待て待て! 脱ごうとすんな!」
「覚悟は出来ています。遠慮しないでください」
「違うから! いいから話を聞け!」
咄嗟に目をつぶって両手を前に突き出す。
何考えてんだこの人!?
「そういうのマジでいらないから!」
「あらぁ。でも私、スタイルには自信があるんですよ。ほら」
むにゅっと。手が柔らくて暖かい何かに埋もれた。
何かと言うか、ジュレさんの胸の谷間に。
手首まですっぽりと埋まっている。
「うぎゃあ!? なにしてんだアンタ!?」
「あら? 思ってた反応と違いますね。普通はこう……喜ぶものでは?」
「嬉しくねぇよ! いいから手ぇ離せ!」
ちくしょう、ピクリとも動かねぇ!
どんだけ力強ぇんだこの人!
「残念です。この身を捧げるのに相応しい方だと思ったのですが」
「や、め、ろ! は、な、せ!」
「こうも嫌がられると……なんだかイケない気持ちになってきますね」
「お前も変態かよ!?」
アルとかサウレとか、なんで俺の周りには変な奴しか寄って来ねぇんだ!
「うふふ。ほら、こっちにいらっしゃって」
「いーやーだー! だれかー!」
「あぁ、ゾクゾクしてきました……」
かつてない程俺の貞操がピンチなんだが!?
怖ぇわ! やめれ、まじで!
「おかされるー!? アル! サウレ! 助けてくれー!?」
全力で抵抗しながらも引きずり込まれつつあった時。
ずどんっ、と。部屋のドアが吹き飛んだ。
「ライさん! 私の出番ですか!?」
「……ライ、大丈夫?」
マジで来てくれた!? てかドア吹っ飛んだけど大丈夫かアレ!?
「あぁもう何でもいいから助け……あれ?」
いつの間にか手が離されていた。
当の本人はと言うと、何事も無かったかのように着衣を整えて優雅に座ってお茶を飲んでいる。
「あら、初めまして。セイさんのお仲間ですか?」
「ライさん! この人をカチ割ったらいいんですね!?」
「いやごめんやっぱ待てお前! 嬉々として襲いかかろうとするな!」
「え、だって絶好の機会ですよね?」
「お前は居てくれるだけでいいから!」
助かったのは事実だけど、やっぱこいつやべぇわ。
一秒の迷いもなくジュレさん襲おうとしやがった。
つぅかサウレも止めて……うん? 何か固まってんな。
「サウレ? どうした?」
「……セイ?」
「あぁ、言ってなかったっけ。ライは偽名で、本名はセイだ」
「……あなたはセイ? 『龍の牙』の?」
「元だけどなー。今はただの冒険者のライだよ」
「……そう。あなたが、セイ。やっぱり私たちは、運命で結ばれていた」
可憐に微笑むサウレ。そして次の瞬間、目にも止まらぬ早さで抱き着かれていた。
「え、ちょ……どうした?」
「……セイをずっと探していた。私の命の恩人だから。それがライだった。これは、運命」
「いやすまん、全く意味が分かんねぇわ」
椅子に腰掛けて優雅にお茶を飲むジュレさん。
目をランランと輝かせているアル。
俺にしがみついて離れようとしないサウレ。
そして吹き飛ばされたドアの破片。
なんだこのカオスな状況。