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9.出張占い(2)

「えっ、それは」


 メイソンは口ごもる。


(それはそうよね。知っていても、ただの占い師には言わないわよね。運命の花嫁を探させていたとしても、雇用関係のようなものだけの繋がりだし。でも、運命の花嫁を探す為だと言ったらどうかしら? 確かに、そうだもの。それでルーカス様が結婚すれば‥‥‥)


 カリナは立ち上がり、深々と頭を下げた。


「お願いします。これは彼の為なのです。私、ルーカス様の運命を占う為にいろいろな情報がどうしても必要なのです。ただ、彼には聞きづらくて」

 

「彼の為か。あいつのことを気にかけて‥‥‥。占い? 運命? 自分があいつの相手か占うのか? それとも相性占いか? いや、どちらにしても、カリナちゃんもルーカスを」


 メイソンは小声でブツブツと何かを言っている。

 そして、急に大きな声を出した。


「よし、あいつの為だ。一肌脱ごう!」


「ありがとうございます」


 上手く行ったとカリナはほっとした。

 

「僕は親同士の繋がりで7歳の頃からあいつを知っているんだ。昔から穏やかで優しい奴だよ。ただ、9歳の時に誘拐されかけてね」


「そんなことが」


「あぁ。幼い時に二度も連れ去られそうになったことがあって、家族はずっと警戒をしていたそうだ。そのせいで幼い頃は領地の屋敷に籠もりっきりたっだらしい。もう大丈夫だろうと、王都に戻ったのが8歳の時だ」


 カリナはルーカスの話を思い出した。

 ルーカスは、他の子どもとの交流を避けるように育てられた、外にはほとんど出なかったと言っていた。

 メイソンの話から考えるに、おそらく、家族が誘拐を警戒して領地の屋敷からほぼ出ずに生活をしていたのだろう。

 

 メイソンの話は続く。


「でも、9歳の誕生日に事件が起きた。ルーカスは信頼していた侍女に祖父が倒れたから病院に行くと、屋敷から連れ出された。遠くに連れて行かれ、殺されるところだったたらしい」


「そんな状況でよくご無事で」


「偶然、予定外の時間に帰った彼の祖父が、怪しげな馬車が屋敷の裏から走り去ったところを見た。嫌な予感がして、そのまま馬車を追ったそうだ。で、追いついて中を見ると縛られ、口をふさがれたルーカスがいた」


「連れ去れる前で、本当に良かった」


「命は助かったが、酷い状況だったらしい。企みに気が付き、必死で抵抗する彼を何度も叩いた跡があり、脅しで使ったのかナイフで顔や手に傷を負っていた。髪も引っ張られてかなり抜け落ちていたそうだ」


「酷い‥‥‥」

  

「首謀者はすぐに分かった。でも、分かった時には逃げた後でね。家族は念の為、彼を誰にも分からないような場所に匿って、首謀者を見つけようと躍起になった。見つかったのは一年後だった」


「首謀者は誰だったのですか?」


「ルーカスの叔父だ。彼の兄、つまりルーカスの父は亡くなっている。その為、オランジア公爵家はたった一人の男児、ルーカスが成人の16歳を迎えたら継ぐ、そう決まっていた。妹は生まれてすぐに第一王子の婚約者に決まっていて、もう撤回はできない状況だった」


「当主の座を狙ったのですね?」


「その通り。叔父は彼が死ねば、自分にオランジア公爵家を継ぐ権利が回ってくると考え、ルーカスが幼い頃から命を狙っていたらしい。金遣いが荒く、ほとんど勘当状態だったそうだが。ちなみに侍女は叔父の恋人。公爵夫人にしてやると言われていたそうだ」


「そんな近い親族が‥‥‥。彼もですが、家族にもお辛い事件でしたね」


「あぁ。その事件以降、あいつの顔は無表情さ。よっぽど怖かったし、ショックだったんだろう」


 彼が笑えば誰かが恋に落ちる。そんなことを考えていた自分をカリナは責めた。

 

 彼の笑顔はそんな事の為に無理やり取り戻すものではない。

 彼自身の傷が癒えた時に取り戻されるものだ。だけど、その傷はどうしたら癒えるのだろう。


(私では無理ね。誰かがゆっくり時間をかけて‥‥‥)


 カリナは、自分のポケットに入っていた紙をくしゃりと握りしめた。


 それは昨日の夜、何とか彼を笑わすことができないかと考えて書いたもの。

 彼を笑わせる方法が書かれたメモ、いや落書きのようなものだ。


(こんなもので、解決できる問題ではなかったわ)


 その時、低い声がした。


「おい、余計なことを彼女に言っていないだろうな?」


 カリナが顔を上げると、そこにはルーカスが立っていた。 


 カリナはその無表情な顔を見て、心が痛んだ。

 

(メイソン様に話を聞かなければよかった。私が浅はかだったわ。ルーカス様に申し訳ない)


 そんなカリナをよそにメイソンは素っ頓狂な声を上げる。


「げっ、ルーカス。思ったより早かったな。あんなにビュッフェ台に人が並んでいたのに」


 見ると、ルーカスは手に一枚の皿を持っている。


「アップルパイ‥‥‥」


 思わず、カリナは呟いた。

 先ほどの心の痛みを忘れてしまうほど、それは妙な光景だった。


 美しい男が、アップルパイが小さな山に見えるほど乗った皿を持っている‥‥‥。


(一体、何個、乗せてあるのかしら? よく、持ってこられたわね。わざわざビュッフェ台に並んで持ってきたのね)


 大好物だと言っていたから、沢山取ったのかしら?

 カリナは意外と可愛らしいところがあるのね、なんて思ってしまった。


 だが、すぐに可愛いだなんて思うんじゃなかったと、その気持ちは覆された。

 それほど、次のルーカスの声は低く厳しいものだったのだ。


「メイソン、さっさとあっちへ行け!」


「ひえっ。わかったよ。ルーカス、次の休みは絶対に‥‥‥」


「メイソン!」


「ひぇっ‥‥‥」


 メイソンは驚くほどの素早さで立ち去った。

 次の休みの約束を二人はしているのねとカリナが思った時には、彼はもう、見えなくなっていた。






(どうしよう。この状況じゃ、「今は忙しい」なんて言えないわ。それにしてもこのアップルパイは何?)


 カリナはルーカスが机に置いたアップルパイを気まずそうに見ている。


 ルーカスは皿を置き、カリナの前へと座ったのだった。


「よかった。客がいない時間帯で。仕事中だけど、客がいない時は休憩してもいいだろう?」


「えっ? もしかして、私の為に?」


「あぁ。アップルパイが好きだと言っていたから」


 そう言った彼の声はとても優しい声で。

 カリナは、今まで感じたことがない体がふわりと浮くような気持ちになった。


(あれ、今、彼が微笑みながら私に話しかけた気がしたわ。‥‥‥幻覚?)


 優しく、君の為だけに持って来たんだ。なんて甘い言葉を続けて囁きそうな声。


(騙されてはいけない。これは彼の手よ。無表情になった理由を聞いたからといっても、彼が恐ろしい人なのには変わりはない。この前だって気を緩ませられて、今日の余興へ参加をうっかりと話してしまったじゃない)

 

 カリナは耳に残る声を吹き飛ばすようにブンブンと頭を振った。

 きっと、アップルパイも気を緩ませる為のもの。

 次には、運命の花嫁を早く探せとまたダメ押しか脅すかするに違いない。


「さぁ、食べて」


「では、お言葉に甘えて‥‥‥」


 カリナはアップルパイを頬張る。


「お、美味しいです」


 と言ってみたものの、美味しいというのは嘘だ。

 焦りのあまり、味わう余裕もなくゴクリゴクリとアップルパイを飲み込んでいたのだから。


 ルーカスはゆっくり口を開いた。


「よかった。そうだ、う‥‥‥」


 「そうだ、運命の花嫁は見つかったか」とでも言うのだろうか?

 カリナはビクッと体を震わせた。


 しかし、次の瞬間、ほっとした。

 

(忙しいと言えそうだわ)


 ルーカスの後ろに客らしき男女が見えたのだ。

 ただ、二人は酔っぱらっているようで、ヨロヨロとカリナの机へと近づいて来る。

 男性はワインがなみなみと注がれたグラスを持っているようだ。


(酔っぱらいだろうが、助け船には変わりないわ)


「ルーカス様。申し訳ありません。お客様です。忙しいので今日はこれで」


「わかった」


 ルーカスは立ち上がった。

 カリナは、アップルパイの皿をどけようと机に目を落としていた。


 その時。パシャリ、と液体がこぼれる音がした。 


「ルーカス様! 大丈夫ですか!」


 カリナが駆け寄ると、彼の上着はワインで濡れていた。顔にも髪にも、ワインがかかったようだ。


 ルーカスとすれ違う時にワイングラスを持っていた男性が、ルーカスにぶつかったのだ。


「あぁ、すみません。なんてことを!」

「どうしましょう」


 男性と女性が交互に言う。

 二人は酔いが冷めたようだ。


 二人はオロオロとルーカスの後ろでただ謝っている。


「ルーカス様、これを」


 カリナは咄嗟にハンカチをポケットから取り出した。


「ありがとう」


「とりあえず、こんなものしかなくて申し訳ありませんが、これで服を隠しておいてください」


 着ていたローブを脱ぎ、カリナはルーカスに手渡した。


(流石にこれはかわいそうだわ。女性にワインをかけられたとか変な噂になるかもしれないし、ワインをこぼしたと思われても恥ずかしいだろうし)


「私、タオルを借りて濡らしてきます」


 カリナはそう言うと、駆け出した。


「ありがとう」


 そう言いながらルーカスは、カリナがハンカチを出した時に落とした紙切れを拾い上げた。

お読みいただきありがとうございました。

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