8.出張占い(1)
「お2人は大きな喧嘩をすることも無く、家族からも反対を受けず、無事に結婚できますよ」
「嬉しい!でも、本当ですか? 昨日も喧嘩したばかりで」
「はい。カードがそう示しています]
ローブのフードをすっぽりとかぶり、カリナは仕事中だ。
今日は、レオナルド商会の100周年記念パーティ。
王都の郊外にあるレオナルド商会所有の豪奢な別荘で催されているパーティは、盛大なもの。
庭では立食式で食事とお酒が楽しめる。もちろん、ダンス用の場所も設けられていて、楽団が楽し気な音楽を奏でている。
余興も客を飽きさせないよう、手が込んだものだ。
手品師は食事を楽しんでいる客の間を回り、手品を披露している。
サーカス団が動物の芸を披露しているのは、庭の奥まった場所に設けられたステージだ。
庭の端には屋根だけの大きな天幕が1つある。
それは、出張占いのブースの為のもの。
なお、いずれの場所もダンスに飽きた招待客達で賑わっている。
目新しいもの好きの貴族達にとって、こういった余興の場所が設けられているパーティは新鮮なようで、人々は楽しそうに会場内を移動している。
口々に「さすがレオナルド商会、流行の最先端のパーティだ」なんて言う声が聞こえるから、主催者の目論見は成功といったところだろう。
出張占いのブースにいる占い師は5人。
それぞれの机は離して置かれ、間には仕切り板が置かれている。
(これだけの人がいる上に、広い会場だとここまで来るのも大変よね? どうか、ルーカス様がここまで辿り着けませんように)
そう祈りつつ、カリナは次の客の為にカードをシャッフルした。
ずっと、運命の花嫁を見つける方法を考えてはいるけれど、やはり方法など浮かばない。
方法が浮かばなくては探すこともできない。
ただ何度も、「今でも彼に笑いかけれられでもすれば、誰でも恋に落ちる」。オリビアの言葉が頭に浮かんだ。
その度にカリナは、誰かに彼に落ちた女性を運命の花嫁に仕立てられないか。そう考えてしまった。
実は、密かにルーカスを笑わせる方法も考えてしまったのが、それを使う機会はないだろう。
結局、カリナが今日、ルーカスが来たら実行しようと思ったのは単純なこと。
それは、彼に「今日は忙しいのでゆっくりお話はできません」と言ってみることだった。
兄は経営学の本を開きながら、こう教えてくれた。
「いいか。時には客を断る勇気も必要だ。何度も店に来る、文句や注文が多くて対応に時間がかかる客。そんな客は断った方がいい。その人一人にかかる時間で何人もの客をとれるんだからな。断る時は、物を扱う店なら納期を理由によく使う。占い店の場合は「忙しい」「次の客が来る」と言えばいいはずだ」と。
まさにルーカスはその対応に時間がかかる客。
いや、本当に断ることなんてできないのは分かっている。だが、今日のところは、運命の花嫁を探すまでの時間稼ぎをしたいのだ。
大規模なパーティだ。きっと人がひっきりなしに出張占いのブースに来るに違いない。
そう、カリナは思っていたのだ。
(あれ、気が付いたら人が減ってきたわね)
1時間ほど経っただろうか。
どうやら、メインとなっている食事会場でなにやら催しが始まったようで、出張占いのブースには人がほとんどいなくなった。
「ねぇ、君。妖精占いのお店の人だよね?」
と話しかけてきたのは隣に机がある星座占いの男性だ。
カリナより、少し年上のようだ。
机の上には「カード占い・カリナ(恋愛・結婚専門)」とか「星座占い・エド(占い全般)」などと書いた木の札が置いてある。妖精占いとは書いていない。
「えっ? どうして分かったのですか?」
「いや、最近、商業組合の名簿に新しい店が載ったなと思っていて。それで覚えていたんだ。しかし、妖精に授けられた妖精占いの店とは、良い名を考えたね。人の目を引くね」
「兄が考えてくれたのです。一応、ご説明しますが妖精に授けられた占いというのは本当ですので」
「疑ってはいないよ。占い師は霊を見ることができるも多いし。僕は星座占いの店をしているエド。目抜き通りが一本入ったところで「星座占いの店」とだけ大きく書いた看板の店をやってるよ」
きっと彼もルーカスを占ったはず。
でも、それでは看板に、宣伝文句にも、いちゃもんを付けられることもなかっただろう。
カリナは彼を羨ましそうに見た。
「そうそう。まだ新人で知らないだろうから教えてあげるよ。看板や宣伝文句には気を付けたほうがいい。厄介な人が1人いてね。あまり大げさなことを書くと目をつけられるよ」
「そうなんですね」
それはルーカスのことに違いない。
もう目をつけられています。という言葉をカリナは飲み込んだ。
「今日もこの会場にいるそうだ。綺麗な人なんだけど、とにかく宣伝文句には煩い。今日も客に自分の店の大げさに宣伝すると、クレームを出されるかも。気を付けて。ブースに来た客にチラシを配っている占い師もいるけど、今日は我慢したほうがいいかもね」
今日この会場にいる綺麗な人。やっぱりルーカスだろう。
しかし、カリナはもうクレームを出される寸前だ。
だって、占いは外れていて、運命の花嫁を探す方法も持っていないのだから。
「ご忠告、ありがとうございます」
カリナは再び、「ルーカス様が来ませんように」と祈った。
相変わらずメイン会場では何やら催しが行われているよう。
暇だなとカリナが考えていると、突然、一人の男性がカリナの前に座った。
「へぇ。君がカリナちゃんか」
「えっ? 私のことをご存じで?」
貴族の知り合いだなんて、親族くらいだ。
一体誰だろうと、カリナは彼に訝しげな目を向ける。
「僕はメイソン・コードヴェル。ルーカスの友達だよ」
「‥‥‥カリナ・グリーンティアです」
フードをとり、カリナは名乗った。
「いやね。ルーカスから話を聞いて、どんな子だろうと見に来たんだ」
クックックッとメイソンは笑う。
「ルーカス様から‥‥‥。あの、ルーカス様はどちらに?」
「後で来るよ」
ルーカスは後で来る。その言葉がカリナの気持ちを重くした。
(こんなに人がいなくなるなんて。ルーカス様が来ても、忙しいだなんてとても言えないわ)
カリナの気持ちなど知るはずもないメイソンは言葉を続ける。
「彼から君の話を聞いて安心したよ。鉄仮面公爵だなんて別名が広がってるから心配してんだ」
メイソンはルーカスとかなり親しいに違いない。
(安心? 別名が広がっていることを心配していた? この人、ルーカス様が私に運命の花嫁を探させていることを知っている。かなり親しい友人ね。別名が広がっているけど、私が結婚相手を見つけるから安心、そう言っているのね)
彼ならルーカスが無表情となった理由を知っているのかもしれない。
そう思うと、「今でも彼に笑いかけられでもしたら、誰でも恋に落ちると思う」というオリビアの言葉が、再びカリナの頭に響く。
そして、あわよくば、彼に恋した女性を運命の花嫁に仕立てられたらとという考えが、また心によぎった。
彼が無表情になった理由があるのなら。
理由が分かったら、彼を笑わせることができるのかもしれない。
(ダメで元々よ。藁にでもすがりたいとは今の状況のこと。本当にそんなことができるかも分からない。だけど、何もせずに営業許可の取り消しを受けるよりは、やるだけやったほうがいい)
「あの、もしご存じで‥‥‥差支えなければ、お教えいただけませんか? 何故、ルーカス様が無表情になってしまったのか」
カリナは思い切って、そう口にした。
お読みいただきありがとうございました。