7.ダメ押しされました
目の前のルーカスは今日も美しい。
そして今日も、その顔に似合わない恐ろしいことをさらりと言った。
「それならば、もう一度言っておこう。いいかい、会場では余計なことは言ってはいけないよ。カリナ嬢が先日の答えを忘れなければクレームは出されないはずだけど」
この言葉にカリナははっとした。
(先日の答えと言えば、占いは当たっている、運命の花嫁を見つけると答えたこと。それを持ち出すということは‥‥‥?)
ルーカスは言葉を続ける。
「わかるだろう? クレームが出されると困るのは君なんだよ」
(これは‥‥‥。ダメ押しだわ。運命の花嫁を見つけろという。営業許可の取り消しだけでなく、仕事の報酬までも貰えなくなる‥‥‥)
カリナは今更、気が付いた。
(さっきまでの世間話は、私の気を緩ませる為のものだったのね)
彼はたった一度言っただけの宣伝文句を材料に営業許可の取り消しをチラつかせる恐ろしい人。
そして、自らクレームを出して占いを外した占い店の営業許可の取り消しをさせるような人。
クレームなんて彼には慣れたもの。
カリナはそれをすっかり忘れていたのだ。
カリナの気は先程までの世間話で、すっかり緩んでしまっていたのだ。
カリナがオリビアとカフェに行った翌日のこと。
ルーカスは再び、突然に店へとやって来た。
「どうぞ、おかけください」
予想しなかったことにカリナは困惑した。
来るのが早すぎやしないだろうか。
運命の花嫁はまだ探し始めてもいないのに。
(前に言っていた運命の花嫁の話‥‥‥。答えた通り、運命の花嫁を探しているか確認しに来たのね)
昨日、オリビアと別れた後も必死で考えたが、どうにもこうにも運命の花嫁なんて見つけられるはずがない。
しかし、彼に占いが外れているなんて知られるわけにはいかない。
不安を隠しながらカリナはルーカスを笑顔で迎えた。
「今日はちゃんとパーティの‥‥‥」
椅子に座ったルーカスの声は何故だか上ずっている。
何故だか緊張している様子である。
しかし、なんとか運命の花嫁を捜していないことを誤魔化さなくては。
そう頭がいっぱいのカリナは、その様子を気に留めることはなかった。
「わかっています。ちゃんとパーティでの宣伝文句に責任を持ちます。しっかり考えていますから」
カリナはルーカスが言い終える前に言葉を発した。
ルーカスの言いそうなことには想像がつく。
「今日はちゃんとパーティでの宣伝文句通り、運命の花嫁を探しているか確認しに来た」なんて言おうとしたのに違いない。
相手の出鼻をくじく。これは、相手のやる気をそぐ作戦のはずだ。
以前、兄に聞いたのだ。
「そうか。それは安心だ」
どうか、効果がありますように。
そう願っていたカリナは、この言葉に作戦が成功したと喜んだ。
その作戦にそれほどの効果があるとは思えなかったが、今日のルーカスは妙だった。
彼は、他愛のない世間話をし始めたのだ。
天気の話、王都の店の話、そして好きな食べ物の話。
(この前とは全然違うじゃない? 時間つぶしにでも寄ったのかしら?)
彼の口調は穏やかだ。
それは、一昨日と同じ。
一昨日もそうだったが、声色で驚きや喜んでいる様子が伝わってくる。だから、無表情とは言っても、感情が分からないということもさほどないとカリナは感じていた。
(やっぱり優良物件だと思うけど。まぁ、私は彼に一目惚れをしていないから、無表情の彼と向き合っても何とも思わないとは当然よね)
世間話は20分ほど続き、好きな食べ物の話で意外にも盛り上がってしまった。
なんと、2人の好きな食べ物は同じ。
アップルパイだったのだ。
ひとしきり、お互いのお薦めのアップルパイを売る店の話をした後、カリナは言った。
「お店のアップルパイもいいですが、家で焼くアップルパイも美味しいですよね。素朴で」
「そうなのか。亡くなった父がアップルパイが苦手でね。今もアップルパイが食卓に上がることはない」
「それは‥‥‥。もし、機会があればお作りしましょう。こう見えても私、アップルパイ作りは得意なんです。好きこそ物の上手なれと言うじゃないですか」
もちろん、社交辞令である。
世間話で打ち解けはしたが、一昨日の彼の恐ろしさはまだ脳裏に焼き付いている。
「楽しみにしている」
彼の答えも社交辞令だろうとカリナは思う。
「またお会いできることを楽しみにしています」なんて別れ際にいうけれど、本当に会う人は少ないものだ。
そこで突然、ゴホン、とルーカスはわざとらしく咳払いをした。
「‥‥‥ところでこのパーティを知っているかな?」
ルーカスは胸から1枚の招待状を取り出した。
そこには、『レオナルド商会100周年記念パーティ』の文字。
来週の木曜日に開催されるものだ。
「えぇ。目抜き通りに店を構える大きな店ですね。衣料品が主だったかと。貴族の方も利用する有名な店ですね」
「その通り。このパーティはかなり盛大なもので、いろいろな余興もあるそうだ。会場内に手品や出張占いのブースなど余興専用の場所を設けると聞いた。なかなか面白そうなパーティだよ。なんでも、余興の報酬もなかなか良いとか」
何故かルーカスは早口だ。
帰る時間が迫り、焦っているのだろうか。
なら、さっさと帰ればいいのに‥‥‥なんて思ってはいけない。
占い師たる者、愛想も商売道具なのだ。カリナはすぐに反省した。
「よくご存じですね。出張占いや報酬のことまで。私もそのパーティに参加しますよ」
「‥‥‥誰と参加するのか聞いても?」
「えっ? ご存じなかったのですか? 当然、一人でですよ。占い師として行くのですから。出張占いのブースを設置するので占い師として参加して欲しいとレオナルド商会から今朝、依頼がありました」
しまったとカリナは思った。
(うっかり口を滑らせてしまったわ。報酬の件も出張占いが余興にあることも知っていたから、てっきり私の参加も知っていると思ったのに。しかし、さすが商業組合とつながりがあるだけあって耳が早いわね)
このパーティの出張占いへの参加は、今朝、依頼を受けたばかり。
しかも、余興の詳細は招待客には明かしていないから参加は内密に。そう口止めされた依頼だった。
念のために自分が参加することは、ルーカスに口止めをお願いしたほうがよいだろうか。
カリナがそう思った時のこと。
ルーカスが冒頭の通り、口を開いたのである。
(私、バカね。彼が世間話をしにここに来るわけないじゃない。私が出張占いに参加するか聞き出して、ダメ押ししようと来たのよ。つまり、世間話は私の気を緩ませて、参加を聞き出す為のもの)
レオナルド商会100周年記念パーティの報酬はかなりいい。
だが、よっぽど大切なパーティらしく支払いには少々厳しい条件がある。
前払い金はある。しかし、パーティでつつがなく仕事を終え、客から大きなクレームがこないか確認した1か月後、報酬を全額払するというものである。
だが、条件が厳しい分良い報酬なのだ。
金額を担当者から話を聞いた時、カリナは目が飛び出そうになった。
(クレームを出されたら、報酬は全額もらえない。それは困るわ)
カリナはルーカスの言葉を頭の中でこう置き換えた。
「いいかい、会場では余計なこと、つまり脅されているなんて言ってはいけない。先日の答えを忘れずに運命の花嫁を探してくれれば、私はクレームを出さない」
「わかるだろう? クレームが出されると報酬が貰えないのは君なんだよ」
クレームを出されれば、出張占いの報酬は貰えない。
運命の花嫁を見つけられずに店の営業許可の取り消しされるのも恐ろしい。
だけど、今の生活でこのパーティの報酬がもらえないのも恐ろしい。
「ご忠告、ありがとうございます」
「私も出張占いの場所に行くよ。時間があれば話をしよう。では、今日は帰ろう」
「はい。ではパーティで」
話などしたくないと思いつつ、カリナは作り笑いをした。
カリナにとって、ルーカスかカリナ話すことは運命の花嫁についてしか想像できないのだから。
(あぁ、どうしたら。次こそ運命の花嫁を見つけたかと聞かれるかも。‥‥‥はっ! 現状を打破するには彼が鉄仮面を外せばいいのじゃない? 彼に恋に落ちた女性が恋心を冷まさずに彼と結婚してくれれば‥‥‥)
オリビアと行ったカフェでの考えが、再びカリナの心をよぎった。
「今でも、彼に笑いかけられでもしたら、誰でも恋に落ちると思う」というオリビアの言葉が、頭の中に響く。
(彼に恋した女性を運命の花嫁に仕立てるとか? 私が次のパーティで彼を笑わせれば、もしかしたら、誰かが恋に落ちるかも)
カリナはこの名案に目の前が一瞬、明るくなったように感じた。
(そうだわ! カードの解釈を少し変えて、話を合わせてもらえば何とかなるわよね? 幼い頃の思い出のカードは幼い頃に共通の場所に行ったことがあるとかに変えてしまえば‥‥‥)
でも、彼を笑わすなんてどうやって?
そもそも、そんなの占い師らしからぬ行為だ。
そんな無理な考えは捨てて、とにかく、確実な方法を探さないと。
カリナは慌ててその考えを打ち消し、ルーカスを見送る為に立ち上がった。
お読みいただきありがとうございました。