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6.優良物件かもしれない

(11/21)前話を部分的に書き直しています。

ルーカスが占いは外れたと気付いていないと変えています。

再度お読みいただかなくても、今後の話に大きく関係は無い予定です。

ブックマークしていただいている方、お読みいただいている方、大変申し訳ありません。


 焼きたてのアップルパイの匂いが漂う店内。

 クスクス、キャアキャアと響く女性達の声。


 ここは王都で人気のカフェだ。

 アップルパイが名物で、今日も多くの女性達が訪れている。


 店内を見渡したカリナは、体中の空気を全て吐き出すかのような深い深いため息をついた。


「ち、ちょっと、どうしたのよ。アップルパイ好きだったわよね? 私、店の選択を間違えたかしら?」


 何事かとオリビアは、持ったばかりのティーカップを慌てて置く。

 

 今日はオリビアがおごってくれると言う。

 だから、自分の稼ぎだけで節約生活を送るカリナは、滅多に来ることがないカフェへとやって来たのだった。

 

「ごめんなさい。考えごとをしていたの。アップルパイは大好物よ。‥‥‥ねぇ、世の中にはこんなに女性がいるというのにどうして鉄仮面公爵は結婚相手がいないの?」


 カリナの考えごと。それはもちろん、ルーカスの運命の花嫁をどう探すかである。


 ルーカスが店に来たのは昨日。

 一晩中考えたが、何も浮かばない。

 そもそも、外れている占いを当たりにすることなんて不可能なのだ。


「そりゃあ、鉄仮面なのが理由でしょ。この前、何を考えているか分からないと婚約破棄されたのを見たじゃない。あ、もしかして、ルーカス様と会ったの? いいわねぇ。私も近くで彼を見たいわ」


 興奮している様子のオリビアを見て、カリナは口籠る。

 

「会うには会ったけど‥‥‥」

 

 占いが外れて脅されたなんて、オリビアには言えない。


 オリビアは、ほとんどの親族がそうであるようにカリナの占いは良く当たるだけだと思っている。

 占い店を開くにあたり、実は妖精に会ったことがあると説明をしたのだが、オリビアは信じず、どうやらカリナの兄が考えた宣伝文句だと思っているようだ。


 だから、占いが外れたとだけ伝えるとしたら、オリビアは「あら、外れたの」ぐらいの反応だろう。


 しかし、カリナが怖いのはあの場で「占いは当たるはず」と断言したのに占いが外れたという事実が広がることだった。

 本当に外れているのだから、店の悪評は我慢するしかない。それで売り上げが下がるなら、回復できるように努力をするしかないと思ってはいる。


 でも、そんな話がルーカスの耳に入ればどうなるのか考えるだけで恐ろしいのだ。

 

「わかってる。占い店の仕事は秘密厳守よね。聞かないわよ」


 そう、例えどんな客であれ、客の秘密を厳守するのも占い師の仕事だ。


 カリナは、「知ってます? 鉄仮面公爵は占いが外れた店を潰す心の狭い人なんですよ」とそこら中の人に言いたい気分だが、ぐっと堪えねばならない。

 

 オリビアは口をつぐんでお茶を飲んでいたが、やっぱり我慢できないというように口を開いた。 

 

「詳しく聞く気はないけど‥‥‥。やっぱり、カリナが最後の頼みの綱だったでしょう?」


「えぇ。オリビアの言った通りだったわ」


「じゃあ、ルーカス様の運命の花嫁を探すのね。占いである程度わかるといっても、沢山の人の中から探すのも大変よね、きっと。」


「そうね」

 

 普段なら簡単なことなのだけど。

 心の中でカリナは呟く。


「見つかることを祈っているわ。でも、目の保養をする男性がいなくなると思うと少し寂しいわね。流石に奥様といるところをジロジロと見るわけにもいかないし」


「何よ、それ」


「まぁ、私は家柄とお金はそこそこ、顔は普通、性格は温厚。これで良しとするわ。浮気はする勇気もなさそうだし」


 これはオリビアの婚約者のことだ。

 オリビアはカリナの母の姉の娘、カーディフ男爵家の娘だ。カリナと同じ男爵令嬢であるが、カーディフ男爵家は裕福な家。


 彼女は、1年前に親族の紹介でお見合いをした子爵家の男性と婚約した。

 始めは乗り気ではなかったそうだが、打ち解けた今は仲良くやっているそうだ。


「ねぇ、思ったのだけど‥‥‥。ルーカス様は良い結婚相手、俗に言う優良物件じゃないの? 痛い目に合っているから浮気はしない、見た目もいい、お金も地位もある。何がダメなの? ただ、無表情なだけじゃない」


 恐ろしいけど口調は穏やかで優しそうよ。とは、カリナはオリビアに言わなかった。

 あの様子なら、結婚相手や周囲の人には優しいのではないかとは思ったが。


「確かに優良物件ではあるけれど‥‥‥。わかってないわね。カリナは耳年増なだけ、経験値が足りないのよ。鉄仮面が理由、つまり無表情で何を考えてるかわからない。それだけが婚約破棄の原因だと思っているでしょう?」


「違うの?」


「ポイントは一目惚れよ。今までの婚約者は全て彼に一目惚れしているの。高位貴族の箱入り娘と低位貴族の田舎者が彼の別名も知らず、彼の美しさに心を奪われたのよ」


「一目惚れ? それが何なのよ」


「何も無いところから始まる結婚なら努力で愛を育めばいいでしょ。でも、彼の場合は、相手が最初に抱くのは彼の容姿に対する恋心よ。スタートが違う。その状態で、婚約したらどうなると思う?」


 オリビアの最初の言葉にそうね、とカリナは心で同意する。

 努力で愛を育む。

 それは、妖精の言った未来を変える努力なのだと思う。


 運命の相手を占ってもルーカスのように本当にその相手を探す人はまれ。

 運命の相手と結婚しなくても、幸せな結婚生活を築く人もいるのだから。

    

 しかし、オリビアの質問はさっぱり分からない。


「想像がつかないわ」

 

 経験もなければ興味がない。そんなことを想像するのはなかなか難しいものだ。


「自分が思うような男性でなければ、恋心は消える。消えたらそれはもう戻らない。努力で得たものじゃないのだから」


「‥‥‥なるほど」


 と相槌を打ってみたものの、カリナにはよくわからない。


「だから彼の容姿に恋して、その容姿にいつも優しく微笑みかけてくれるような理想の男性を夢見ても、彼は鉄仮面。で、婚約破棄に至る。カリナの考えているような単純なものではないのよ」


 オリビアは、カリナよりも経験値が随分と上のようだ。

 

「ふーん」


 一目惚れをしたことが無いカリナにはやっぱり分からない。

 恋もしたことがないのだから、仕方が無いだろう。


「そう言う私も実は彼に初めて見た時、一目惚れしそうになったの。でも、友達がその場で彼のことを教えてくれたお陰で我に返ったわ。さぁ、彼が婚約破棄される理由は分かったかしら?」


「分かったには分かったけれど‥‥‥。うーん。顔がいい男性ほど浮気する。でも顔がいい鉄仮面公爵は浮気しない。だけど普通の男性も浮気する‥‥‥」


「何言ってるの? 浮気する人なんてそんなにいないわよ。占い店なんて開くから恋もしたことがないのに余計な知識ばっかり増えちゃって」


「仕事だもの、ある程度は必要な知識よ。多分。とにかく、一目惚れが厄介なのはわかったわ」


「一目惚れから恋心が冷めずに愛に変わればいいけれど、それがなかなか難しいのよ」

 

 そういえば、「一目惚れした人が思っていた人と違ったのです。このまま結婚して幸せになれるか知りたい」と占いの依頼されたことがあった。

 そういうことかと、カリナはようやく納得した。


「つまり、今の話をまとめると、確かに彼は優良物件。だけど、美しすぎる顔のせいで一目惚れされる。顔から勝手に想像した彼の理想像と無表情の彼のギャップが大きすぎて女性は我慢できない。で、最終的には恋心が冷めて婚約破棄される。そういうこと?」


「だいたい合っているわ。ちなみに今は、鉄仮面という別名も婚約破棄にまつわる噂も広がっているから、それを分かっていてルーカス様に一目惚れも恋もするような女性はいない。もう、彼は恋愛結婚も無理だと思うわ」


 カリナは自分はなんて困難な状況に置かれているのだろうと、改めて思った。

 優良物件であっても結婚できない男の運命の花嫁を見つけなくてはならない。

 一体、どう探したらいいと言うのだろうか。


 悩んでいるカリナをよそにオリビアはおどけたように言葉を続けた。


「まぁ、今でも彼に笑いかけられでもしたら、誰でも恋に落ちると思うけどね。婚約破棄の回数も吹き飛ぶくらいの美しい笑顔のはず。あぁ、私も彼に笑いかけられたどうしよう。婚約破棄が上手くいくかカリナに占ってもらおうかしら」


「オリビアったら」


 フフフフ、とオリビアは笑っている。


(笑いかけられたら恋に落ちる、か。そもそも、無表情が理由で婚約破棄されているわけだから、無表情で無くなればルーカス様は無事に結婚できるはずよね? 鉄仮面をはずした彼の笑顔に恋に落ちる女性がいれば‥‥‥)


 占いに頼ってまで結婚相手を探しているということは、ルーカスは家の為に結婚したいだけだろう。特に相手にこだわりもなさそうである。


 だから、一方的でいいから、彼に恋に落ちた女性が恋心を冷まさずに彼と結婚してくれれば。

 そうなれば、運命の花嫁を探すというカリナの悩みはたちまち解決する。

 その為には、ルーカスが鉄仮面をはずす、つまり無表情で無くなるしかないのだが。

 

(でも、それでは占いが外れたことになって、店の営業許可を取り消されるか。あぁ、ややこしい)


 カリナは、今日二度目のため息をついた。


(それにしても、あの無表情は生まれつき? それとも何か理由があってのこと?)


 その疑問はすぐにカリナの頭から消え去った。


「あ、アップルパイが来たわよ。あぁ、いい匂い。さぁ、食べましょう」


 とりあえず、甘い物を食べて頭を休ませようと、焼きたてのアップルパイに夢中になってしまったからである。

お読みいただきありがとうございました。

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