5.脅されているようです(2)
占いは当たっている。ならば、次の占いをするだけだ。
ルーカス様の気をすぐに楽にしてあげましょう。
そう思いながら、カリナはカードをシャッフルした。
(きっと、幼馴染か幼い頃に遊んだ女性が何人もいるのよ。ルーカス様はその中から誤った女性を選んだのだわ。占い途中で先走るからよ)
カードのシャッフルを終え、カリナは再びカードを山のようにまとめた。
「次はいつ、どこで出会えるかを占います。これで探すのが簡単になります。前にみえた際にこれも占うつもりでしたが、帰ってしまわれましたので」
目を閉じ、「出会うのはいつどこで」と心の中で唱える。
そして今度は、カードを二枚引いた。
カードは、直近の過去を表すカードにパーティの絵のカード。
最近、ルーカスと同じパーティに出た女性だろう。
カリナは一瞬、背筋が寒くなった。
(前の婚約者とはパーティで出会ったとオリビアが言っていたけど、まさか‥‥‥ね?)
その不安をルーカスの言葉は確実なものにした。
ルーカスはまだ二度も同じカードが出たことに感心している様子である。
「いや、本当に凄いな。二度も同じカードだなんて。‥‥‥前の婚約者が子どもの頃に遊んだ唯一の女性なんだ。母や昔の使用人に確認をしている」
「えっ?」
「私はわけあって、外へはあまり出ないようにと育てられた。5歳の時、子どもらしい遊びをしない私を心配して乳母が連れて来たのが彼女だった。乳母は彼女の母親と知り合いだったらしい。その一度だけだ。私が異性と遊んだと言えるのは」
「そんな‥‥‥」
「彼女とは二週間前、あるパーティで再会した。それで、その場でプロポーズしたんだ。占いの通り、低位貴族の子爵家の令嬢で18歳、私より年下だった」
カリナは思わず、引いた二枚のカードを伏せた。
彼の言葉に動揺したのだ。
(嘘でしょう? 婚約破棄された女性が運命の花嫁? 占いは外れてしまったの?)
ルーカスはそんなカリナの様子に自分が占いを中断したと思ったようだ。
「すまない。占い途中だったな。驚いて、つい。さぁ、続けて。カード占いはいくつも方法も解釈もあるから、私の相手も別の女性が次の占いでは出ることもあるのかな?」
「は、はい‥‥‥」
占いが外れるなんて初めてのこと。
カリナは思い切って口を開いた。
最後の確認のつもりだった。
「あの、失礼ですが。前婚約者様とはもう、復縁はないでしょうか? つ、次の占いの為にお教えください」
「ないな。彼女はもう結婚相手がいる。自分は夢を見ていた。現実に戻ってずっと好きだと言ってくれていた幼馴染と婚約するつもりだと手紙が届いたよ」
ルーカスは淡々と答えた。
「そうですか‥‥‥」
どうやら、占いは本当に外れたようだ。
(おかしいわ。さっき来た女性は、占いが当たったお礼に来たのよ。昨日だってお礼に来た人がいた。皆、彼の後に占った人達よ)
彼だけ占いが外れたというのだろうか。
当たる占いは、妖精に分けてもらった力。今までこんなことはなかったのだ。
初めてのことにカリナは泣きたい気分になった。
(こうなったら、素直に謝るしかないわ)
兄に教えられたクレーム対処法。
その最後に兄は言った「どうしようもなくなったら、ひたすら謝れ。何度でもだ」。
(パーティではあんなに大勢の前で‥‥‥。ルーカス様に余計な注目をさせてしまったわ。でも自分がしたこと。仕方がない。許してもらえるまで謝るしかない)
心を決めて、「あの、実は‥‥‥」とカリナは切り出した。
その言葉にルーカスがかぶせるように言った言葉。
それが、「ところで、カリナ嬢はオランジア公爵家が商業組合と深いつながりがあるのは知っているかな?」という言葉である。
戸惑うカリナはルーカスをチラリと見る。だが、彼の表情からは当然、何も分からない。
(どうしよう。占いは外れてしまったというのに。あぁ、あんなことを言わなければよかった。あれが宣伝文句だなんて。ルーカス様がこんなことを言うだなんて思ってもいなかった)
この時、カリナは自分の違和感の正体が分かった。
(いくら商業組合の相談役が家族にいるとしても、公爵で宰相候補という人なら忙しいはず。営業許可の取り消しを受けた店の宣伝文句にまでやたらと詳しかったのは、もしかして‥‥‥)
先ほど聞いた営業許可の取り消しを受けた店。
それはきっと、彼を占い、占いを外した店。
彼自らが組合にクレームを出したのに違いない。もちろん、彼を占った店の全てではないだろうが。
とにかく、彼から話を聞いた相談役が動き、営業許可を取り消したのだろう。
(なんて恐ろしい人‥‥‥。営業許可の取り消しを材料に占いが当たっていると言うのなら、自分の結婚相手を絶対に探せと脅すだなんて)
そして占いが外れ、つまり、結婚相手が探せなかった場合。
最悪の場合は彼の逆鱗に触れることになり、店の営業許可が取り消されるというわけだ。
(私、あんな大勢の前で、運命の花嫁を探すと大口を叩いたのよ。外れたから探せない。そんなことは口が裂けても言えないわ。そう口にした瞬間、どうなるの?)
膝に置いた手がブルブルと震えだしそうになる。
カリナは慌ててぎゅっと握りこぶしを作って震えを静めた。
数秒黙った後、カリナは答えた。
「‥‥‥偽りはございません。占いは当たっているはずです。私がルーカス様の運命の花嫁をお探しいたします。この店は、占いの結果に責任を持つ店ですから」
これが、店の営業許可を取り消されない為のたった一つの答えだった。
(今までも、「当たる」と宣伝文句を書いているような占い師をこうして脅して、結婚相手を探させてきたのね。私は「当たる」以外にも「探す」と言ってしまったのだから最悪ね)
ルーカスはカリナの答えを聞き、ふうっと息を吐いた。
ため息なのか、安堵の息なのか。
「それでいい」
安堵の息だ。
カリナはそう感じた。
彼の声には明るく、喜んでいるようにも聞こえた。
脅しの成功にほっとして、喜んでいるのだろう。
(何故、そんなに喜んでいるの? ‥‥‥わかった。オリビアの言う通り、この店が国で最も新しい占い店。私は彼が頼ることのできる最後の占い師なのね)
彼は最後の頼みの綱に期待をしているのに違いない。
「もうこんな時間か。今日は帰るとしよう。今の答えと同じことを誰にでも言えるね? 同じようにしか答えてはいけないよ。‥‥‥では、次はゆっくりと話そう」
「は、はい」
カリナは、ルーカスの言葉にビクッと体を震わせた。
「今の答えと同じことを誰にでも言えるね? 同じようにしか答えてはいけないよ」
それはつまり、他の誰に聞かれても「占いは当たっている。自分がルーカスの運命の花嫁を見つける」と答えろということ。
要は、それ以外はこの件については答えた内容以外何も言うな、脅されたとは言うなよということだ。
そして、脅した後に「ゆっくり話そう」と言われたら、その話は一つ。
運命の花嫁についてだけだ。
占いは途中なのだから、彼としてはさっさと運命の花嫁を探しておけということなのかもしれない。
(どうしたらいいの? 運命の花嫁を探すだなんて。でも、外れている以上、もう占いに頼ることはできない。きっと、何度占っても正しいカードは引けないもの)
占い以外に自分にできることがあるだろうか。
考えてみてもカリナには分からない。
ただ、確実に分かっていることは一つ。
占いを当てなければ、つまり、ルーカスの運命の花嫁を見つけなければ、店の営業許可が取り消されるということだ。
彼を見送り、扉を閉めたカリナは深いため息をついた。
お読みいただきありがとうございました。